A*Iのキモチ

FEEL

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「あっ……」

 愛を捉えた車両は急いでブレーキを掛けたのか、タイヤが金切り声を上げた。しかし停止はとても間に合わない。音で車の接近に気付いた愛は車のほうを見る。こちらも避けるどころではなかった。
 目の前の光景に、頭に突き刺さるような痛みを感じた。痛みに目を閉じると、Aと別れる瞬間の記憶がフラッシュバックした。吐き気を催すほど悲惨なAの姿に、オイルと焼けた匂いが鼻の奥に感じられる。もうあんな光景は見たくない。

 そう思うと、記憶の中のAが笑った気がした。

「――愛ッ!」

 瞬間、俺は車道に飛び出して愛に抱き着く。よろめくほど弱っていた愛は、俺を受け止めきれずにそのまま倒れこんだ。車との距離は後数メートルというところだ。何をしてもどのみち間に合わない。そう思った俺は愛の身体をしっかりと抱きしめて、自分の身体を盾にした。
 今度は守れた。瞬間的にそう思い、満足感に包まれる。

「だめ……っ」

 耳の近くで愛の声が聞こえたと同時に、金属の衝突音が聞こえる。爆発音と見間違うくらいの音量と衝撃に、頭が真っ白になった。

「――う、うあ……」

 焦げたような臭いに目を覚ますと、気持ちのいい青空が広がっていた。身体の痛みは、ない。そんな馬鹿な。急いで体を起こすと、目の前にはフロント部分が潰された自動車と、金属片をぶら下げた愛の姿があった。

「……大丈夫?」

 目が合うなり愛はそう言って、笑いかけてくる。
 口の端から赤い液体を垂らした愛を見て、Aの姿と重なって見えた。しかし首から下は全く違う。付きだした腕からは手、だったものがワイヤーに繋がってぶらぶらと揺れていた。肩口から下腹部にかけて皮膚が破れていて、そこから金属が見えた。中から破裂したように飛び出した金属片には口と同じく赤い液体が付着していて、オイルの臭いが鼻に入りこむ。足先は大破した車と同化してしまい、姿が見えない。
 車がぶつかる寸前のところで、愛は俺の前に出て文字通り車を押し止めた。状況から見てそう考えるしかなかった。

「愛……おまえ……」
「良かった、生きてて……」

 愛が大きく体を揺らす。口から多量のオイルが溢れだしてきた。いくら機械といえども死んでしまうのではないか、としか思えない量に狼狽する。

「大丈夫かっ!?」

 声をかけるが愛は返事をする余裕がないようだった。彼女に近寄り体を寄せると、クタリとしてこちらに体重を預けてくる。よほど疲弊しているのだろうかのしかかる重みは相当なもので、それはそのまま愛がこちらに気を遣う余裕がないことを意味していた。
 彼女の身体を抱えながら身体を見る。酷い傷だ。仕組みがわからない俺から見ても、まだ動けているのが不思議なくらいだ。だが動けていられるのも時間の問題だろう。破損部分から流れ出るオイルは止めどなく、徐々に路面に広がっていく。鼻につく臭いを放つ液体を見て、頭がズキリと痛んだ。

「あ……ああ……」

 脳裏にはこことは違う事故の現場が浮かんでいた。腰から下を車に圧迫されたAの姿が足を無くした愛と重なって閃光のように網膜に映る。こんなひどい光景を二度も見てしまったこと。そして二度も同じ結末になったことに俺は絶望を感じていた。
 上手く呼吸が出来ない。喉が渇く。身体は末端から氷に浸けたみたいに冷たくなっていて、愛が放つ異常な温度がより生々しくさせていた。自分でもわかるくらいに精神が擦り減り、体が勝手に悲鳴を上げようとした。その時、愛の腕がゆっくりと上がった。
 彼女の手は千切れかけていて、腕を持ち上げる動きに合わせて振り子のように小さく揺れる。その姿がとても痛々しくて、彼女の腕を支えるように腕を添えた。愛の腕は俺の顔に向かってきて、頬を擦るように優しく触れた。

「翔琉……水族館……楽しかった、ね……また、来れて……よかった」
「また……?」
「約束……したじゃん……また、来よう……って」
「なんだよ……何の話だよ……っ」

 いつもと違い流暢に話す愛は記憶にないことを言う。意味がわからないまま俺は聞き返した。
 最初は記憶の混濁かと思った。想像や妄想が現実と混ざり合ってしまっているのだと。でも聞き覚えのある話し方が頭にひっかかり、違和感を覚えた。
 ズキリ。頭の痛みは存在感を増していき、違和感も比例して大きくなる。俺は、ここに来たことがある気がする。

「ゴホッ、ウッ、ゴホ、ゴホッ!」
「愛ッ!」

 愛が体を大きく揺らして口から液体を吐き出した。吐き出した量はとても多い。もう体が限界を迎えようとしているのが見てわかった。

「くそ、くそ……っ、どうすれば……!?」

 愛の身体を強く抱きしめて辺りを確認する。しかし辺りには人影はない。周りの助けはアテにできない。状況まであの時の記憶を再現しているようだった。自分で出来ることはないかと考えるが何も浮かばない。そもそも人の応急処置だって怪しいぐらいなのに、機械である愛の処置なんて出来るはずがなかった。だが諦めるわけにはいかない。まだ愛は生きている。

『山田翔琉!』

 突然、聞き覚えのある声が聞こえた。辺りを確認するが人影はなく、どこからかと思っていると羽音が聞こえてきて空を見ると、こちらに近づいてくる物体がいた。

「……蘭丸? 十二月晦か!?」

 近づいてきたのは十二月晦の小型ドローン、蘭丸だった。やはり考えていた通り、彼女はどこかから監視をしていたのだろう。蘭丸が頭上までやってくると『何があった!?』と十二月晦の声が聞こえる。

「愛が車に跳ねられたんだ。滅茶苦茶になってるけどまだ動いてる……っ」
『……っ、翔琉君。愛を持ち上げることが出来るか?』

 十二月晦の言われて俺は力を込めた。身体が金属なせいか愛の身体は中々の重量だったが、なんとか持ち上げることは出来そうだ。

「いけるっ」
『なら愛を抱えて私の家に来てくれっ。蘭丸を使って誘導するっ』
「わかった。愛……少し揺れるぞ」

 言いながら愛の身体を背中に背負う。愛からの返事はなかったが、肩に回した腕に少しだけ力が入ってしがみついてきた。蘭丸に頷いてみせると、羽音を煩くさせて移動する。その姿を見失わないように追いかけた。
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