A*Iのキモチ

FEEL

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 十二月晦と話をしてから一週間が経って。愛と過ごす日々も少しは慣れてきた。

「おはようございます。貴方」
「うん、おはよう」

 家の前で俺を待つのが日課になった愛は玄関を開けるといつもそこにいた。挨拶を交わしてそのまま学校に向かう。

「いつもいつも早いな。どのぐらい前からいるんだ?」
「日の出と共に起動して、明るくなるころには待機しています」
「……それって何時くらい?」
「おおよそ6時には到着しています」
「いくらなんでも早すぎるだろう……」

 早朝6時。犬の散歩や新聞配達の人間がちらほら姿を現す時間、女子高生が制服姿で待機しているのはなんとも違和感のある光景だ。愛のことだから多分俺が出てくるまで、微動だにせずに立っているだろうし、いつか通報されるかも知れない。

「で、できれば俺が出てくる時間ぎりぎりに来てくれるとありがたいんだけど」
「そうですか。わかりました、善処します」

 良かった。これで通報される危険はなさそうだ。

「ところで愛、最近調子はどうだ?」
「どう、とはどういうことでしょう?」
「何か変わったところとかないのか?」
「いえ、特別変化は見当たりません」
「そうか……」

 一緒に学校に通うようになってから、愛の人工知能に変化が出ているかを確認してみるが、特に真新しい回答は帰ってこなかった。
 もしも愛が感情というものを認識したら、この関係は終わりになる。そこに期待をしてはいるのだが、中々上手くいかなそうだ。

「私からも貴方に質問があります」
「俺に、なんだろ」
「貴方の家は学校から距離があります。徒歩で向かうよりも自転車等の移動手段を使ったほうが効率よく通学できるのではないですか?」
「……あぁ。俺、自転車には乗れないんだ」

 元々自転車通学者だった俺は、あの日から自転車に乗ることができなくなった。乗ろうと思うだけなら問題ないが、実際に跨ると体がすくみ、足が全く動かない。簡単に言うとトラウマという奴だ。

「そうでしたか、失礼しました」
「いや、大丈夫。愛は自転車に乗れるのか?」
「えぇ、私のデーターベースには自転車をはじめ、バイクや自動車、飛行機や電車等の操縦方法がインストールされています」
「それ、使う機会あるのか……」
「今のところ使用したことはありません」
「だろうね……」

 制服姿の女子高生が電車や飛行機を乗りこなしている姿は中々興味があるが、実際に目にする機会はまずないだろう。

「あれ、翔琉?」
「ん……」

 不意に呼ばれて振り返ると、夏凪と幸人がいた。

「朝に会うなんて珍しいね……って、垣花さん?」
「おはようございます、小瀬さん、千葉さん」

 俺の横で丁寧に挨拶をする愛を見て、夏凪は表情を崩す。

「え、え、なんで? 垣花さんってこっちに家があるの?」
「いえ、方角で言うと正反対です」
「え、じゃあなんで一緒にいるのっ?」
「それは毎日一緒に登校しているからです」
「だから、それは、なんでっ⁉」
「私と……彼がお付き合いをしているからです」

 淡々と言う愛になぜか肝が冷える思いだった。同時に、とうとう知られてしまったという事実で気が重くなる。

「え、そうなのっ。翔琉お前いつのまにっ」

 先に食いついてきたのは幸人だった。さっきまで眠そうにしていたのに、すっかり目が覚めた様子でこちらを見ていた。それに対して夏凪は絶句していた。
 幸人の視線から逃げるように顔を背けるが、逃げた先で愛と目が合う。

「……」

 無言の圧。

「まぁ……そこらへんはおいおい……」

 このまま黙っていたかったが、圧力に負けて濁すように言った。

「まじかよっ、もったいぶりやがって!」
「そういうんじゃないって、いいから学校いくぞ」

 このまま続けていたらまた愛が何か言い出しそうだと思い、急かすように歩き始める。愛は何も言わずに後ろをついてきて、とりあえずほっとした。
 振り返ると夏凪はまだ魂が抜けたように動きを止めていた。



「どういうこと?」

 昼休みになり、再起動した夏凪に呼び出された俺はなぜか問い詰められていた。

「何がどうなってこんな事態になっているのよ。展開が早すぎてついていけないんですけど?」
「ね、本当にね……」

 夏凪に心底同意して、呟いた。詰められている俺の横で、愛は静かに様子をうかがう。

「で、本当なの?」
「えっ」
「垣花さんが言ったことよ」
「……本当だよ」

 渋々頷く。夏凪には本当のことを説明したかったが、きっと十二月晦はこの状況を見ている。下手に本当のことを話せば何をされるかわかったものじゃない。

「そう、本当なんだ」

 改めて答えると夏凪は大人しくなり、愛と俺を交互に見た。

「良かったね、二人とも。お似合いだよ」
「ありがとうございます」

 棘を含む言い方に、愛は素直に返事をした。だけど俺には夏凪の視線が痛くて、まともに目を合わせることもできなかった。
 きっと夏凪は、Aに似た愛の姿に絆されたと思っている。見た目が似ているのなら、誰でもいいんだと。そういう憐憫の瞳を向けている。酷く見損なっているだろう。
 もちろん、これは俺の妄想だ。夏凪は何も言わずにこちらを見ているだけで、実際は何を思っているのかなんてわからない。俺の被害妄想が夏凪にそう言わせているだけだ。そうわかっていても、彼女の視線は痛く、ただ黙り込むしかできなかった。

「邪魔してごめんね。垣花さん、また」

 そうしている間に夏凪はその場を離れていった。
 彼女の後ろ姿を見て胸が痛む。どこまでも気にかけてくれていた夏凪に隠し事をした罪悪感が体にのしかかっているような気分になった。

「どうかしましたか?」
「……大丈夫」

 俺の様子を見て愛は声を掛けてきたからいつものように答えた。

「そうですか。てっきりまた貴方の気分を損ねたのかと思いました」
「また?」
「えぇ、先日。名前を呼んで怒られました」

 愛が何のことを言っているのかわからずに、少しのあいだ悩んでいると、十二月晦で取り乱した時のことが頭をよぎった。確かにあの時、制止する愛に向かってそんな感じのことを言った気がする。

「そういえば、今日は名前で呼ばれていない気がするけど……」
「はい。名前を呼ぶなと言われていたので、言わないようにしています」

 淡々と答える愛に、俺は呆れていた。

「衝動的になって言っただけだから、気にしないでよかったのに」
「いえ、彼氏の嫌がることをしないというのは彼女にとっての優先事項です。教材に書いてました」
「……あの漫画か」

 俺の想像もつかない高性能ロボットである彼女が、なんとも抜けたことを真面目に言っている。それが面白くて俺は笑ってしまった。

「名前を呼ばれたくらいじゃ怒らないから、気にしないでいいよ」
「そうですか?」
「そうです」
「……わかりました。それでは呼び方を翔琉君に戻します」
「なんだか事務的だな……」

 相変わらず無機質な態度を見せる愛だったが、心なしか少しだけ表情が和らいでいるような気がした。

「――翔琉君、提案があるのですが」
「提案?」

 弁当を食べ終わり、食休みをしていると愛が言った。

「デート、というものをしてみたいのですが」
「デ……ッ?」

 突拍子もなく言われて言葉が詰まる。愛は気にした様子もなく、持ってきていた鞄に手を伸ばした。
 鞄の中から出てきたのはパンフレットの数々、遊園地や映画館、夜景が綺麗に見える場所など、ロマンチックな場所をまとめたカップル向け情報誌ばかりだった。愛はそれらを綺麗に並べる。

「恋人というのはこういう場所に赴いて気分を高揚させ、生殖行為に及ぶと学びました。これを真似れば感情について大きく学べると思うんです」

 真面目な表情で生殖行為とか言うな。

「どうでしょうか?」
「……いいけど、拒否権もないし」

 パンフレットを手に取りながら答える。値段の大小あれど、広告にのるだけあってそれなりに値が張りそうだった。

「でも俺、そんなに金ないぞ」
「それは大丈夫です。研究資金から工面してもらえる手筈なので」
「そ、そうか」

 手回しの良さに戸惑いつつも、金銭面の心配がなさそうでホッと息を漏らす。

「それで、候補は絞ってるのか?」
「いえ、それで話し合いをしようかと」
「なるほどね。うーん、そうだな……」

 資金の心配がないのなら、せめて興味のあるところに行きたい。そう思って吟味を重ねるが、パンフレットを見ているだけだといまいちピンとこない。

「この中だと……行きたいのはここかな」

 パンフレットの中から映画館と遊園地のものを取って愛に渡した。ここなら好きなものを選べるし、会話が詰まったとしても困ることはない。しかし、愛は顔をそのままに難しい顔をする。

「なんだか、あまり恋人同士で行くところには見えませんね」
「そうか? 定番だと思うけど」
「いいえ、これを見てください」

 愛が指をさしたのは映画館のパンフレットだった。期間中に上映している映画の一覧、そのどれもが男心をくすぐるアクションものだ。

「私が知っている範囲ではカップルの気分を盛り上げるのはラブロマンスと結論が出ています。これらの映画にはその要素がない」
「じゃあ、遊園地でいいんじゃないか」
「いえ、これもあまりいいものではありません。見て下さい、このイベントを」

 パンフレットに書かれているイベントは海外で人気のキャラクターを使ったもののようで、園内に突然現れるキャラクターが出し物をしてくれるというものだった。

「面白そうだけど」
「駄目です。このキャラクターには背景に何のロマンスも見当たりません。使命感という意思を持って破壊の限りを尽くすだけのキャラクターです。これを見てカップルの気分が盛り上がる可能性は限りなく低いかと」

 正義のキャラクターを猟奇的殺戮者みたいに扱いつつ、愛は俺の意見を順番に却下していく。いったい何のために意見を求めたのか。

「じゃあ愛が決めてくれよ。なんでもいいからさ」

 何を言われても駄目だと言われそうだったので、結局俺は愛に丸投げすることにした。

「わかりました。翔琉君がそう言うのなら……」

 愛は並べられたパンフレットを眺めてから、一つを手にする。

「これです」
「……水族館?」
「えぇ、これが一番効率よく気分が盛り上がりそうでした」

 愛が選んだのは学校から比較的近くにある水族館だった。特に真新しいものがない普通の水族館みたいだが、なるほど確かに、ラブコメに水族館はよく見る光景かも知れない。
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