A*Iのキモチ

FEEL

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「お前の製作者ってどういう奴なんだ?」
「――禁則事項に触れています。お答えできません」
「またそれか……」

 放課後になり、俺と愛は学校内を歩き回っていた。目的はもちろん製作者を見つけることだ。
 俺とAの関係を知っている以上、関係者は学校内にいる可能性が高い。そう思った俺は垣花愛に関連がありそうな場所に移動して探しまわっていた。
 理科室、化学室、コンピューター室という学校の設備から始まり、技術研究部、自然科学部、はては人文科学同好会なんて場所まで捜し歩いたが、収穫はゼロだった。
 垣花の正体を明かせば、科学に明るい人間なら何かしらヒントをくれるかもしれないが、そうなれば彼女の目的が失敗に終わってしまう。そうなると俺にどんなしっぺ返しがくるかわからないからその手段は使えなかった。
 そして目星をつけた最後の部室。機械工学部にやってきた。ここは機械のメンテナンスや設計、それこそロボットの制作を学ぶ学部で、愛の事を調べるにはうってつけの場所だった。
 扉を開ける前から少しの熱気と、機械油の臭いが廊下まで漂ってきた。それなりに動いているということだろう。期待感が高まり、俺は扉に手を掛けた。

「失礼します」

 部室の中身は想像を遥かに超える設備の数だった。すべての壁際にはよくわからないパーツや機械がびっちりと隙間なく置かれていて、机のあるところまでは人がひとり、なんとか通れるくらいのスペースしかない。

「机が一つ……?」

 部室の奥には横に長い作業机が置かれていた。椅子も同じく一つだけで俺はおかしいと首を傾げた。
 探索を始める前、関係のありそうな部室とその場所を調べてきたのだが、そこで確認したときは機械工学部は部員が五名いたはずだ。だがこの狭さでは一人分、せいぜいが二人しか入れないだろう。おまけに机も椅子も一セットしかない。他の部員はどうやって過ごしてるんだ?

「これは……凄い設備ですね」

 垣花は周りの設備を見て感動しているようすだった。
 といっても表情は相変わらずの無表情なんだけど、漏らした声の調子が少しだけ明るいものだった。

「やっぱり、こういうものが好きなのか?」
「えぇ、彼らは私の仲間です。言葉を介することはできませんが、こうしているととても和やかな気分になります」
「へぇ……ヒューマノイドってのも和やかになったりするんだな」
「……確かに、言われてみれば、そうですね」

 柿崎は自分の胸に手を当てた。

「変な感じです……機能は正常で何も問題はないのに、なんだかいつもより状態が安定しています」
「そりゃ、仲間に囲まれて落ち着いてるからだろ。ここなら人に擬態する必要もないんだし」
「そうか……そうですね……そうなのかも知れません」

 胸に手を当てている愛はいつもと雰囲気が違う。今この瞬間、彼女は人間という演技をやめて素の自分でいるからだろうか。
 だけど俺には、そうしている彼女の姿が今までで一番人間味を帯びているように感じた。
 感傷に浸っている愛の邪魔をしないように、周辺を漁ってみるが、触っていいものなのかわからずに全く作業が進まない。

「なんで科学者ってこう荷物をぽん置きしてるんだ。お前のところもこんな感じなのか?」
「いえ、私のラボは綺麗に整頓されています。危険物が多いので管理をしないと危険ですから」
「へー、場所にもよるんだな」

 適当に相槌をうってから暫くして俺はハッとした。

「愛、お前今自分の家のこと話したか?」
「話しました」
「禁則事項ってやつじゃないのか?」
「いいえ、ラボの内装に触れるのは禁則事項に入ってはいません」
「……なるほど」

 核心に触る部分は言えないが、その周辺のことなら問題がないってことか、それなら……

「お前の製作者ってどんな人間なんだ?」
「聡明にして偉大な創造主です」
「そういう話じゃなくてさ、もっとこう、性別とか年齢とか」
「性別は女性、年齢は――禁則事項に触れています」
「女性っ」

 早速有益な情報が引き出せた。これで男性は全員対象外になるということだ。つまり幸人も愛とは無関係ということになる。

「じゃあ、製作者は学生か?」
「はい、在学中です」
「ここの生徒なのか?」
「そうです」
「何年生だっ」
「――禁則事項に触れてます」

 くそ、年齢に関係するものは全部アウトみたいだな。

「そうだな……身長は?」
「――禁則事項です」
「体重」
「――禁則事項です」
「女子かっ」

 あ、そういえばさっき女子だと言ってたな。

「髪は長いのか? ツインテールを作れるくらいに」
「えぇ、創造主は長髪です、しかし普段はポニーテールにしています」

 だったら夏凪も違うよな……? いやでも、髪型なんて変えようと思えばすぐに変えれるだろうし……。

「――お前の製作者は、小瀬夏凪か?」

 どうしても夏凪を疑いたくなかった俺は直球で質問をぶつけた。これで愛が違うと答えたならば問題はない。だが、禁則事項とやらを言われたら……。

「違います、小瀬夏凪は私の創造主ではありません」
「……だよなぁ、よかったぁ」

 これで二人の潔白は保障された。安堵のあまり体の力が抜けてしまった。
 だがまだ肝心の製作者について情報が足りていない。

「製作者は俺の知っている人間なのか?」
「はい、恐らく学校内の人間すべてが認知していると思われます」
「それって……」

 そんな知名度を持ちながら、愛みたいな精密な機械を作り上げれる人間なんて思いつく限り一人しかいない。

「製作者は俺と同じクラスにいるのか」
「――禁則事項に触れています」

 間違いない、柿崎愛の製作者は十二月晦五月だ。
 彼女が愛を作って俺のところに寄越した。目的はわからないが、それも彼女が作ったことがわかったなら後は本人に問い詰めればいいだけだ。

「職員室にいくぞ、愛」

 機械工作部を出て急いで職員室に向かった。
 あそこならクラス名簿がある、それで調べれば彼女の連絡先や住所がわかるはずだ。
 職員室につくと先生が数人残っているだけだった。挨拶をしながら担任の席に向かい、クラス名簿を探す。
 運よく立てかけられた本の中からクラス名簿を見つけた俺は、十二月晦五月の名前を探した。

「あった、これだ」

 彼女の名前を確認して、書かれている住所と連絡先をメモした。
 学校からそう遠くない場所に家があるみたいで、行こうと思えばすぐに行ける距離だった。

「何やってんだお前ら?」
「あ、先生」

 メモを終えて、そのまま十二月晦の家に向かおうとしたタイミングで、先生に呼び止められてしまった。

「クラス名簿なんか持って何してるんだ?」
「あぁ……いや、別に」
「なんだよその態度、怪しいな。何か悪さしようとしてないだろうな」
「そ、そんなわけないじゃないですか」

 どうやって言い逃れしようか困っていると、愛が俺の前に踏み出した。

「私がクラスメイトの名前を覚えていないと言ったので、翔琉君に頼んで見せてもらっていたんです」
「あ、あぁ、そうなのか。そうか、垣花はまだこっちにきて数日だもんな」
「はい、勘違いさせるようなことをして申し訳ありません。それでは失礼します」

 先生に一礼してから愛は職員室を出て行く、俺も後ろをついていった。

「ふぅ~、助かったよ愛、あのままだとどれだけ時間を取られるかわかったもんじゃない」
「いえ……彼氏を助けのは彼女の役割だと記憶されていますので。規定にのっとって行動しただけです」

 恋人というのをよくわかってないのに、そういうところはちゃんと設定されているのか。ますます製作者の意図がわからない。

「まぁいいや、早速十二月晦の家に向かうぞ」
「それなんですが、今日は止めたほうがいいかと思います」
「え、なんで?」
「もう下校時間です」

 愛が言うと同時にチャイムが鳴った。
 空はオレンジ色をしていて、探索をしている間に夕方になってしまっていたようだった。

「下校時間を過ぎたら帰宅するのが学生の規則です。移動するのは明日以降にしましょう」
「いやでも、すぐ近くだし」
「駄目です、ルールは厳守しないといけません」
「わ、わかったよ」

 有無を言わせない物言いに頷くしかなかった。
 だけど、彼女の秘密に繋がる道は見つけた。焦らなくても大丈夫だろう。

「そうだな、それじゃあ帰るか」
「はい」

 愛と並んで下駄箱まで移動する。
 彼女は終始何も話さなかったが、そのせいか下駄箱までの道のりはAと歩いている気分にさせてくれた。
 靴を履き替えて校門に向かうと、一足先に出たはずの愛が立ち止まっていた。

「どうした?」
「翔琉君を待ってました」
「俺を? まだ何かあったっけ?」
「今日、散策する前に資料に目を通していたんです。すると恋人とは一緒に帰るものだと書いてありました」
「資料?」
「これです」

 鞄から出来たのは恋愛漫画『ラブストロベリー☆』女児向けに描かれた、表紙を見るだけで甘ったるい気分になる本だった。

「この本は大変参考になりました。では、帰りましょう翔琉君」
「はぁ……わかったよ」

 多分書かれている内容の大半は実現不可能なものだけど、それを説明するのも面倒だったので素直に従うことにした。

「それでは翔琉君、何かお話をしましょう」
「え、何で?」
「恋人というものは帰り道に談笑をするもののようです。さぁ何を話しましょうか」
「そんなに改まって話す恋人はいないと思うぞ」

 しかし、これはチャンスかも知れない。
 上手く会話を誘導できれば、十二月晦についての情報を引き出せるかも。

「そうだな……愛みたいな奴は他にもいるのか?」
「いえ、私と同型の機体はいません。ですが姉妹機ならいます」
「へぇ、どんなやつ?」
「品名は蘭丸。創造主のサポートに特化した小型人工知能です」
「小型人工知能……どこかで聞いたな。愛と蘭丸、どっちのほうが性能が高いんだ?」
「用途が違うので比較できません。しかし私の方が多機能ではあります」
「へぇ、愛は凄いんだな」
「ありがとうございます」


 愛の表情はなんだか少しだけ嬉しそうに見える。

「食事とかはどうなんだ? 人間と同じものが食えるのか?」
「いえ、エネルギー源は電気です。コネクタに接続して充電します」

 愛はうなじに手を掛けると、首の一部分がスライドして、中からコードが出てきた。

「これを使って充電します」
「へぇ、よくあるタイプのコンセントなんだな」
「はい。緊急時にどこででも充電できるよう、復旧率の高いコネクタが採用されてます。さらに補助充電として太陽光エネルギーも吸収できるようになってます」
「太陽光? ソーラーパネルみたいなものか」
「まさしくそうです。髪の繊維がソーラーパネルの役割を果たしています」
「綺麗な髪にしか見えないけど……考えられてるんだなぁ」
「私の髪、綺麗ですか?」
「ん、あぁ、綺麗だよ。艶があってしっとりしてて、髪モデルになれそうなぐらいだと思う」
「……そうですか。検討してみます」

 彼女の説明通りなら、髪も機能してるから当然なんだろうけど、よく手入れされていてはねっ毛一つ見つからない。素直に綺麗だと思った。
 話しているとあっという間に分かれ道までやってきた。俺の家と十二月晦の家は違う道で、愛の家が十二月晦と一緒ならここで別れることになる。

「では、私はこちらなので」

 思った通り、愛は十二月晦の家がある道を選んだ。やはり彼女が製作者で間違いなさそうだ。

「うん、また明日。学校で」
「はい。翔琉君、今日はお疲れさまでした」

 深くお辞儀をした愛は振り返る事無く帰っていった。
 後ろ姿を見送っていると、どこにでもいる普通の女の子だ。屋上での出来事がなければ今でもロボットだって信じられなかっただろう。あれほどの超技術を使って、いったい何をしようとしているんだ十二月晦五月って奴は。
 それもすべて、明日になればわかる。
 愛の姿が見えなくなってから、俺も帰路についた。
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