A*Iのキモチ

FEEL

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「凄い……ですか」
「えっ、あぁ凄いよ」
「それは、私が褒められているという認識で合っていますか?」
「まぁ、そうだね……君という存在を称賛しているよ」

 これは間違いなく本音だった。脅威を感じているのは変わらないが、これだけ人間に見える存在が当たり前のようにコミュニケーションを取って、あまつさえこんな怪力を見せられた。俺は凄い技術力に感嘆していた。

「では、もう一つお見せしましょう」
「……もう一つ?」

 柿原は校舎裏の景色に目を通した。校舎裏に乱雑に植えられた木々、品種はわからないがそれなりに長生きしているみたいで、どれもこれも立派だ。それらをじっと見つめた垣花はその一つに向かって腕を伸ばした。
 すると腕は機械音と共にガチャガチャと音を立てて変形し、彼女の腕は穴だらけになる。今度は何をする気だ……。

「ロック解除。目標の座標を指定。充電を開始します」

 彼女の手のひらが手首から切り離されて上を向く。露出された手首からは光が漏れて、時間が経つごとにどんどん光量を増していった。そして何の前触れもなく――。

 ヂュンッ!

 手首から光の線が高速で流れ落ち、植えられた木の一つを貫いた。穿たれた部分は少量の湯気が昇り仄かに赤く光っている。そして次の瞬間。穿たれた場所はバンッ! と破裂した。

「えええっ⁉」

 周辺の幹が丸ごと消失した木はガサガサと音を立てて地面に落ちる。落下の衝撃は校舎すらも揺らして鈍い音が響いていた。
 驚きのあまり垣花を見ると、さきほど開いた穴から勢いよく蒸気が噴出していた。

「如何でしょうか?」
「怖いよっ! なんだよそれっ!!」
「レーザーです」
「それは見たらわかるよっ!」

 信じられないものを見て、俺は酷く狼狽した。凄い力を持つ程度ならまだ許容できる範囲だったが、あんなものを見せられたら動転しないほうがおかしい。敵意を向けられたら引き裂かれるどころじゃない。文字通り消し炭にされてしまう。

「……お気に召さなかったでしょうか?」

 垣花に対して距離を取ると、彼女は首を傾げた。表情は相変わらず動かないが、どことなく落ち込んでいるようにも見える。
 困った。もしも垣花が落ち込むという感覚を持っているのなら、俺の返答しだいで怒り出す可能性もある。そうなれば俺は死ぬ、間違いなく死ぬ。
 かといって機嫌を取ってしまえばこいつに懐かれることになる。そもそもこいつの目的は俺と付き合うことだ。いったい何がどうなってそんな思惑を持っているのか全く見当がつかないが、そうなってしまえば俺はこの危険物とずっと一緒にいないといけない。そうなったらいつか死ぬ。間違いなく死ぬ。あれ、詰みじゃん。

「お気に召しませんでしたか。ならば次の武装を――」
「まだあんのっ!? もういい、もういいよっ」
「了解しました。緊急回避モードを解除。日常モードに移行します」

 こいつの製作者、テロでも企ててるんじゃないだろうな。
 あれ、待てよ。嫌に素直に言う事を聞いたな。それにさっき、俺が凄いと言ったからレーザーなんてものを用意したように見えた。

「なぁ……垣花は本当に俺と付き合いたいのか?」
「えぇ、最優先事項です」
「そっか――でも俺、暴力的なタイプは嫌いなんだ。だからレーザーとか撃っちゃう子とはちょっと付き合えない」
「了承しました。レーザーは永続的に機能を停止します」

 これは、いける。なんだかわからないが、垣花は俺と付き合うということがとても大事なんだ。だから俺の気を引こうとレーザーを用意した。そして俺が嫌がれば武装を封印するしかない。俺に悪い印象を与えたら目的が達成できないからだ。だったら、これしかない。

「悪いけど、レーザーだけじゃ駄目だ。全部の武装を使わないようにして、力も女子高生相応のものにしてくれないととても付き合えないよ」
「了承しました。全武装の機能停止、及び出力を調整します。これでお付き合い頂けるのでしょうか」
「う……うん。そういうことなら、まぁ……」

 俺は渋々了承した。
 彼女をコントロールするためには恋人関係になることが必須だ。でないと何をされるかわかったもんじゃない。

「ありがとうございます。山田さん、これからよろしくお願いいたします」
「あ……うん」

 俺の思惑を知らずに垣花は頭を深く下げた。ここまで素直に礼を言われると少しだけ罪悪感で胸が痛いが、これも自分の命を守るためだ。俺はこんなところで死んでいられない。こんな意味のわからない事で死んでしまったら、Aに対して申し訳が立たない。

「なぁ、一つだけ質問いいか?」
「なんでしょうか?」
「どうしてそこまでして、俺と付き合いたいんだ? ほかにもいっぱい男はいるだろう」
「それは――すいません。禁則事項に触れています」
「禁則事項……言えないってことか?」
「はい」
「じゃあ、話を戻すけど。なんで俺を知ってたんだ?」
「それは、プログラムに組み込まれていたからです。学校の人間にヒューマノイドだとばれることなく溶け込み、学校生活の中で山田翔琉と恋人関係になること。これが私に課せられたメインタスクです」
「えらく具体的なタスクだな……それで、それを命じたのは誰なんだ?」
「――禁則事項に触れています」
「大事な部分は答えられないって事か」
「申し訳ありません」
「もう一つ。タスクが達成できない場合はどうなるんだ?」
「明確に設定されていませんが、恐らく廃棄されると思います。製作者の要望に応えられない機械は存在価値がありませんから」
「……そうか」

 肝心なところは何もわからないままだが、少しだけ状況が見えてきた。
 まず、製作者なる存在は明確な目的があって垣花を俺に仕向けてきた。そして容姿がAにそっくりなことから、製作者は俺とAの関係性を知っている人間だ。Aの容姿に似せたのは俺の気持ちまで熟知していたからだろう。
 そして、転校のタイミングからみてAが亡くなった事も把握している。そうじゃないとここまでタイミングよく垣花を潜り込ませることは不可能なはずだ。
 垣花愛の製作者は身近にいることは間違いない。まっさきに浮かぶのは天才科学者と言われる十二月晦五月だ。だが、彼女は長いあいだ学校に来ていない。俺とAの関係を知っていたとしても、最近に起きたAの事故まで知ってるかは疑わしい。
 となると残りは――考えたくないイメージが浮かんでかぶりを振った。
 頭の中に浮かんだのは、誰よりも付き合いの長い二人の親友。だが、そんなはずはない。彼らがこんな悪趣味なことをするなんて考えられないし、考えたくなかった。
 しかし、完全に否定することは出来ない。可能性がある以上、どうしたって疑わざるを得ないから。

 なんにしても――まずは調査が必要だ。

「柿原、一つ頼みがあるんだけど聞いてくれるか」
「なんでしょうか?」
「俺の顔を殴ってくれ、もちろん死なない程度に頼む」
「それは出来ません。人間に危害を加えることは規則に反します」
「やっぱりそうか……」

 ロボット三原則というものがる。「ロボットは人間に危害を加えてはならない」「第一原則に反しない限り、人間の命令には従わなくてはならない」「第一、第二原則に反しない限り自身の身を守らなければならない」といった三箇条だ。
 誰が作ったのかまではわからないが、内容は俺でも知ってくらいに有名なものだ。さっきの問答を見るに垣花も例外ではないようだった。このプログラムが組み込まれているということは人知を超えた何かが作ったものじゃなく、明確に人間の手に作られたという証明になる。例えば異星人がいたとして、柿原を作ったのなら人間を守る必要性はないのだから。
 ならば後は、製作者を突き止めてさえしまえば、垣花の奇行を止めることだって出来るはずだ。

「ところで、こちらからも一つ質問をしてよろしいでしょうか」
「え、あぁ、なんだ?」
「付き合う……とは何をすればいいのでしょうか?」
「えっ?」

 予想外の質問に間の抜けた返事をしてしまった。

「付き合った後のことは何も考えていなかったのか?」
「私が要求されていたタスクは山田翔琉と恋人関係になること、そしてヒューマノイドだと周りに気付かれることなく、学生生活を送ること。先に述べたとおりです」
「つまりその後は何も用意されていないということか、じゃあもう要件は終わったということで帰っていいんじゃないか?」
「それは出来ません。まだ学校生活を送るタスクが残っています」

 もしかしたら帰ってくれるかと思ったが、柿原は変わらずこの場にいるようだった。
 それにしても製作者はいったいなにを考えているのだろうか、恋人関係を構築する。なんてことのために彼女を作ったのだとしたら破天荒すぎる。しかも上手くいったその先を考えていないだなんて、どこか間の抜けている計画に余計に頭がこんがらがってきた。
 柿原を見てみると、どうしていいのかわからずにこちらをずっと見つめていた。

「……じゃあ、とりあえず名前で呼び合ってみるか」
「名前ですか?」
「うん。俺もよくわからないけど、恋人同士ってのは名前で呼び合うものなんじゃないかな、多分」
「そういうものなんですか。了承しました、翔琉君」
「う、うん……」

 Aの姿で名前を呼ばれるとまるで彼女が生き返ったような気分になる。もしかしたらこの子は本当にAで、俺を騙して遊ぶためにロボットのフリをしているだけなんじゃないかと。
 ――だが、そんなことはありえない。
 俺は目の前で彼女が死んでいくのを見た。どれだけ垣花がAに似てるとしても、この子は間違いなく別の何かなんだ。

「何かおかしかったでしょうか?」
「……え、何が?」
「悲しい顔をしていたので」

 Aを思い返して、どうやら俺は表情を変えてしまっていたようだった。「大丈夫」と言ってから顔を隠して、精神を安定させた。

「要件はそれだけか?」
「はい」
「そうか、それじゃあ戻ろうか――愛」

 少し抵抗を感じながら彼女の名前を呼ぶと、「わかりました」といつも通りの口調で愛はついてきた。
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