2 / 41
1
しおりを挟む
「ごちそうさま」
朝食を食べてから席を立って玄関に向かう。いつもならAが迎えに来ている時間だった。しかし、玄関には誰もいない。少しだけ胸の辺りがざわめくのを感じて家を出た。
学校につき、教室に入るとクラス中の視線がこちらに向いてからしんと静まり返った。事故以来、毎朝こんな調子だ。俺とAの仲は皆が知るところだった。Aの愛嬌は俺だけでなくクラス中で人気のもので、彼女は皆から愛されていた。それのおこぼれみたいな感じで、俺も周りから好意的な目で受け入れられていたんだけど……。Aがいなくなってしまった状況で、みんなはどうやって俺に接したらいいのかわからない様子だった。
席について暫くすると、教室の中に喧噪が戻ってくる。しかし、視線は相変わらず感じていた。同情や戸惑い、哀れみといった負の目線を受け止めながら、俺は人のいない机に目をやった。Aが座っていた席だ。
机の上には大量の花が生けられていて、机からはみだしそうなぐらいお菓子や小物が置かれている。先生も容認して今まで放置されたままだった。Aがどれだけ愛されていたのか、机を見るだけでわかる。それと同時に言いようのない責任感が胸を締めつけていた。
これみよがしに飾られた花たちはそのまま俺へのあてつけのように感じていた。どうしてあの時、あの娘の代わりに俺が死ななかったのかと、言葉にならない重圧が視線を通して俺を責め立てている。そう感じていた。これは俺が勝手に感じている印象であって、まわりはそんなことを言ってはいないし考えてもいない。いや、もしかしたら考えているかもしれないが。少なくとも俺に対してそういうアクションを取る人間は一人もいない。でも、俺は自分を責めるのを止められなかった。
俺が先に気付いてAを助けていれば。もっと早く家を出ていれば。俺が一人で学校に向かえば。学校につくと考えるのはそんなことばかりで、どんどんと沈む気分に俺は会話もままならなくなっていた。
「おっす、翔琉」
空気に押しつぶされそうな気分になっていると、気さくな調子で俺を呼ぶ声が聞こえた。振り向いてみると髪の毛を金色に染めた男子と長い髪の毛を両サイドで二つに括った女子がこちらに笑いかけていた。
「幸人、おはよう」
「元気ねぇなぁ。そんな沈んだ顔してるとこっちも暗くなっちまう」
「あんた……ほんとデリカシーがないわね。翔琉の気持ちを少しは考えなさいよ」
「いや、いいんだ夏凪。幸人の言う通りだ」
幸人に噛みつく夏凪を止めると俺は出来る限りの笑顔を作った。みんなが遠慮して話しかけてこなくなった中で、この二人はいつもと同じ調子で話しかけてきてくれる。それが今の俺にとって、唯一に近い救いだった。
「あ、そうそう。翔琉知ってるか? 今日転校生が来るらしいぞ」
「へぇ、初耳だよ」
「どんな子だろうなぁ~。俺としては大人しめの可愛い系だと嬉しいんだけど」
「まだ女の子と決まってるわけじゃないでしょう」
くねくねと体を揺らす幸人に夏凪は鋭いツッコミを入れる。
「理想を言っただけだろうがよぉ。翔琉はどんな奴が来たら嬉しいよ?」
「え、俺か? そうだな……」
別に転校生にはなんの興味もなかったが、幸人の手前悩んだ振りをしてみせた。
「まぁ……危害が及ばないならどんな奴でもいいかな」
「危害って、どんな人を想像してるのよあんたは」
「未来からやって来た暗殺ロボットとかか? 腕が変形して銃の形になったりとか、やっべ。それ熱くねぇ?」
「テンション上がってるところを真っ先に撃たれて死ぬタイプよね、あんたは」
「ぐわああぁぁぁ」
幸人が手を上にあげて大げさに死んでみせてくれたところで、夏凪はしまった、という表情を取った。
「あ――ごめん、翔琉」
「大丈夫、全然気にしてないから」
愛想笑いを浮かべてから夏凪に言う。死という単語にどうしてもAの姿がちらついていた。それを夏凪は感じ取ったのだろう。少しだけ申し訳なさそうにしている夏凪と比べて、幸人は全然気にした様子もなく話を続ける。
「でもさでもさ、実際ロボットとかはありえるんじゃね。ほら、うちのクラスにはあいつがいるしさ」
「あぁ、十二月凪五月ね」
「そうそう。相変わらず季節感バグった名前してるよなぁ」
「でも彼女。もう随分長いこと学校にきてないわよ」
そう言って夏凪は教室の端に目を通した。この教室にはAとは別にもうひとつ誰もいない机がある。二人が話している十二月晦五月の席だ。彼女はこの学校が誇る天才発明家であり、在学中にドローンを利用した移動ができる小型人工知能を開発したことで世界的に認められた存在になった。人工知能といえばスマホに付属しているものを連想するが、彼女のは物が違う。独自に考え行動し、自発的なコミュニケーションも可能としていた。
学校は彼女の存在を大々的に公表し、学校の広告塔に仕立て上げようとしていたようだが、人工知能を発表後にいきなり不登校になってしまった。理由は誰にもわからずに学校側も困惑していたようだが、下手に刺激して退学でもされたら困るのか、そのまま放置しているようだった。
「在学してるのに学校に来ないなんてわけわかんねぇよなぁ。このまま休んでたら留年しちまうんじゃね」
「天才なんだから進級くらいなんとでもなるでしょ、あんたと違って」
「はぁ? はぁ?? 俺が留年するって言いたいわけ? いくらなんでもそこまで馬鹿じゃねえよ」
「どうだか。この間あんただけ補習授業呼ばれてたでしょう」
夏凪が言うと、痛いところをつかれた様子で幸人はうめき声を上げた。
「勉強はちゃんとしろよ、幸人」
「翔琉まで俺を馬鹿扱いすんのかよ、俺たちの友情はどうなっちまったんだよ」
「友情故の発言だよ。幸人君」
天才科学者と違って俺たちは地道に勉強しないと進学もままならない。幸人に諭すように言うと、がっくりと肩をおとしてうなだれていた。
「ほら、チャイム鳴ったよ。席戻らないと」
教室に予鈴が響き、夏凪は幸人の背中を叩いて急かすように言った。幸人と一緒に席に戻ろうとする夏凪は立ち止まり、こちらを見る。
「ね、翔琉」
「どうした?」
「えっと、何か悩みとかあったらさ、全然相談のるから。いっぱい私のこと頼ってよ」
「あぁ、ありがとう。夏凪」
「……へへっ」
はにかんだ笑顔を見せた夏凪は足取りを弾ませて席に戻っていった。
相談なんかしなくても、二人にはかなり助けてもらっている。今だってあれほど重かった空気が嘘のように軽くなっているのを感じていた。今の俺には本当にかけがえのない存在だ。
時間割を確認しているとチャイムが鳴ってほどなくしてから担任の先生がやってきた。HRもそこそこに、担任は転校生の話題に入る。
「えー、本日からこのクラスに入る転校生を紹介する」
担任は言うと、扉に向かって手をひらひらと動かした。すると、すぐに扉が開いて女の子が教室に入ってきた。
「よっしゃぁっ! 女の子じゃん」
「うるさいぞ千葉」
手を高々と挙げてガッツポーズを作った幸人を先生が注意をすると、くすくすと笑い声が漏れる。はたして幸人が意図したかわからないが、転校生にとって自己紹介をしやすい空気になっていた。
「じゃ、簡単に自己紹介してもらえるかな?」
「自己紹介……わかりました」
転校生はうなずくと、チョークを使って黒板に何か書き始めた。でかでかと、『垣花愛』と書いてから、転校生は振り返る。
「垣花愛と申します」
「――え、それだけ?」
名前を言ったきり黙り込んだ彼女に、担任は目を丸くしていた。
「他に何か必要でしょうか?」
「必要っていうか……趣味とか特技とか言うんじゃないかな、一般的には……」
「了解しました」
事務的な返事をした彼女は姿勢を正し、教卓からこちらに向かって視線を向ける。
「趣味や特技はありません」
教室内の時間が止まったのかと思った。しかし、先生の咳払いでみんな黙り込んでいただけだとわかる。
「うん、まぁそういう感じだ。みんな仲良くしてくれな~」
適当に切り上げて担任はその場を去ったが、クラス内の空気は止まったままだった。それもそのはずだ。なぜなら垣花の見た目は死んだAにそっくりなのだから。まさに生き写しといっても過言ではない。しんと静まり返った教室の中を、垣花がゆっくと歩き始める。向かったのはAの席だったからクラスの人間はざわめいた。
垣花は机の上に置いてあるお菓子や献花に目もくれず、椅子を引いて机に座る。ロボットみたいに動じる姿勢を見せない彼女に、少しだけ幸人が言った転校生ロボット説が頭をよぎった。
「……何か?」
クラス中の視線が自身に向いていることに気付いた垣花が表情をそのままに首を傾げる。その言葉が合図のように、女子連中が数名、垣花の元に歩いていく。
「ご、ごめんね。転校生が来るって知らなかったから……これ、いじめとかじゃないからさ」
あははと引きつった笑顔を浮かべて献花を慌てて回収する女子連中を垣花はただじっと見ていた。転校初日から机の上に花が飾られていたら少なからず動転するものだと思うが、そんな様子もない。ただじっと、人形のように片されていく机を見つめていた。
「ありがとうございます」
机が綺麗になったのを見届けてから、垣花は女子連中に頭を下げた。動きは機械的で表情は相変わらず動かないが、好意的な態度にクラスの空気が軽くなったのを感じた。
ほどなくして先生が教室にやってきて一限の授業が始まる。慌てて女子が席に戻るなか、垣花は淡々と教科書を取り出していた。彼女の顔面はまさしくAのそれだったが、些細な動きはやはりロボットのように機械的だ。俺にはそこが怖く感じていた。
規則正しい動きをしてAの席に座るソレは、まるで暗殺者として紛れ込んできた殺人兵器のように感じてしまう。もしくは妖怪的な何かが彼女の姿を借りて人里に下りてきたのか。どちらにしても心地いいものには感じなかった。
Aは間違いなく、俺の見ている前で死んでしまった。それは覆せない事実であり、どれだけ容姿が似ていようとも彼女は全く別の何かなのだ。そう思えるからこそ、彼女の存在に気持ち悪さを感じていた。
「……ッ」
彼女をじっと観察していると、不意に垣花はこちらを見た。あまりに突然だったから視線を逸らしそこねて目が合ってしまった。ここで急に眼を逸らすと却って不自然かと思って彼女を見つめると、彼女も同じようにこちらを見つめつづける。背中に冷や汗が伝うのを感じた。
「じゃあ、垣花さん。このページを読んでもらおうかな」
「はい」
先生が言うと、垣花は視線を教科書に向けた。
「ふぅ……」
呼吸を忘れていた俺は息を吐きだし、垣花から視線を離す。やはり彼女は何かがおかしい。Aに似た容姿、機械的でぎこちない動き、そしてこちらを見つめてきた視線。幸人の話の影響か、それらの要素が噛み合って本当に、彼女が殺人兵器のようなものじゃないのかと考えて頭を振った。馬鹿なことを考えている。
気持ちを感じさせない静かな声色で朗読する垣花をちらりと見る。見れば見るほどAにそっくりだ。そのまま喋らずに座っていたら、彼女の親でもAと間違えるだろうと思えるほどだと思った。そんな彼女がAと入れ替わるように学校にやってきて、彼女の席で授業を受けている。こんな偶然、ありえるのだろうか?
幸人の言っていた暗殺ロボットという話は行きすぎだとしても、彼女がここにいるのは何か作為的なものを感じざる得ない。垣花の横顔を眺めながら、俺はそう思っていた。
朝食を食べてから席を立って玄関に向かう。いつもならAが迎えに来ている時間だった。しかし、玄関には誰もいない。少しだけ胸の辺りがざわめくのを感じて家を出た。
学校につき、教室に入るとクラス中の視線がこちらに向いてからしんと静まり返った。事故以来、毎朝こんな調子だ。俺とAの仲は皆が知るところだった。Aの愛嬌は俺だけでなくクラス中で人気のもので、彼女は皆から愛されていた。それのおこぼれみたいな感じで、俺も周りから好意的な目で受け入れられていたんだけど……。Aがいなくなってしまった状況で、みんなはどうやって俺に接したらいいのかわからない様子だった。
席について暫くすると、教室の中に喧噪が戻ってくる。しかし、視線は相変わらず感じていた。同情や戸惑い、哀れみといった負の目線を受け止めながら、俺は人のいない机に目をやった。Aが座っていた席だ。
机の上には大量の花が生けられていて、机からはみだしそうなぐらいお菓子や小物が置かれている。先生も容認して今まで放置されたままだった。Aがどれだけ愛されていたのか、机を見るだけでわかる。それと同時に言いようのない責任感が胸を締めつけていた。
これみよがしに飾られた花たちはそのまま俺へのあてつけのように感じていた。どうしてあの時、あの娘の代わりに俺が死ななかったのかと、言葉にならない重圧が視線を通して俺を責め立てている。そう感じていた。これは俺が勝手に感じている印象であって、まわりはそんなことを言ってはいないし考えてもいない。いや、もしかしたら考えているかもしれないが。少なくとも俺に対してそういうアクションを取る人間は一人もいない。でも、俺は自分を責めるのを止められなかった。
俺が先に気付いてAを助けていれば。もっと早く家を出ていれば。俺が一人で学校に向かえば。学校につくと考えるのはそんなことばかりで、どんどんと沈む気分に俺は会話もままならなくなっていた。
「おっす、翔琉」
空気に押しつぶされそうな気分になっていると、気さくな調子で俺を呼ぶ声が聞こえた。振り向いてみると髪の毛を金色に染めた男子と長い髪の毛を両サイドで二つに括った女子がこちらに笑いかけていた。
「幸人、おはよう」
「元気ねぇなぁ。そんな沈んだ顔してるとこっちも暗くなっちまう」
「あんた……ほんとデリカシーがないわね。翔琉の気持ちを少しは考えなさいよ」
「いや、いいんだ夏凪。幸人の言う通りだ」
幸人に噛みつく夏凪を止めると俺は出来る限りの笑顔を作った。みんなが遠慮して話しかけてこなくなった中で、この二人はいつもと同じ調子で話しかけてきてくれる。それが今の俺にとって、唯一に近い救いだった。
「あ、そうそう。翔琉知ってるか? 今日転校生が来るらしいぞ」
「へぇ、初耳だよ」
「どんな子だろうなぁ~。俺としては大人しめの可愛い系だと嬉しいんだけど」
「まだ女の子と決まってるわけじゃないでしょう」
くねくねと体を揺らす幸人に夏凪は鋭いツッコミを入れる。
「理想を言っただけだろうがよぉ。翔琉はどんな奴が来たら嬉しいよ?」
「え、俺か? そうだな……」
別に転校生にはなんの興味もなかったが、幸人の手前悩んだ振りをしてみせた。
「まぁ……危害が及ばないならどんな奴でもいいかな」
「危害って、どんな人を想像してるのよあんたは」
「未来からやって来た暗殺ロボットとかか? 腕が変形して銃の形になったりとか、やっべ。それ熱くねぇ?」
「テンション上がってるところを真っ先に撃たれて死ぬタイプよね、あんたは」
「ぐわああぁぁぁ」
幸人が手を上にあげて大げさに死んでみせてくれたところで、夏凪はしまった、という表情を取った。
「あ――ごめん、翔琉」
「大丈夫、全然気にしてないから」
愛想笑いを浮かべてから夏凪に言う。死という単語にどうしてもAの姿がちらついていた。それを夏凪は感じ取ったのだろう。少しだけ申し訳なさそうにしている夏凪と比べて、幸人は全然気にした様子もなく話を続ける。
「でもさでもさ、実際ロボットとかはありえるんじゃね。ほら、うちのクラスにはあいつがいるしさ」
「あぁ、十二月凪五月ね」
「そうそう。相変わらず季節感バグった名前してるよなぁ」
「でも彼女。もう随分長いこと学校にきてないわよ」
そう言って夏凪は教室の端に目を通した。この教室にはAとは別にもうひとつ誰もいない机がある。二人が話している十二月晦五月の席だ。彼女はこの学校が誇る天才発明家であり、在学中にドローンを利用した移動ができる小型人工知能を開発したことで世界的に認められた存在になった。人工知能といえばスマホに付属しているものを連想するが、彼女のは物が違う。独自に考え行動し、自発的なコミュニケーションも可能としていた。
学校は彼女の存在を大々的に公表し、学校の広告塔に仕立て上げようとしていたようだが、人工知能を発表後にいきなり不登校になってしまった。理由は誰にもわからずに学校側も困惑していたようだが、下手に刺激して退学でもされたら困るのか、そのまま放置しているようだった。
「在学してるのに学校に来ないなんてわけわかんねぇよなぁ。このまま休んでたら留年しちまうんじゃね」
「天才なんだから進級くらいなんとでもなるでしょ、あんたと違って」
「はぁ? はぁ?? 俺が留年するって言いたいわけ? いくらなんでもそこまで馬鹿じゃねえよ」
「どうだか。この間あんただけ補習授業呼ばれてたでしょう」
夏凪が言うと、痛いところをつかれた様子で幸人はうめき声を上げた。
「勉強はちゃんとしろよ、幸人」
「翔琉まで俺を馬鹿扱いすんのかよ、俺たちの友情はどうなっちまったんだよ」
「友情故の発言だよ。幸人君」
天才科学者と違って俺たちは地道に勉強しないと進学もままならない。幸人に諭すように言うと、がっくりと肩をおとしてうなだれていた。
「ほら、チャイム鳴ったよ。席戻らないと」
教室に予鈴が響き、夏凪は幸人の背中を叩いて急かすように言った。幸人と一緒に席に戻ろうとする夏凪は立ち止まり、こちらを見る。
「ね、翔琉」
「どうした?」
「えっと、何か悩みとかあったらさ、全然相談のるから。いっぱい私のこと頼ってよ」
「あぁ、ありがとう。夏凪」
「……へへっ」
はにかんだ笑顔を見せた夏凪は足取りを弾ませて席に戻っていった。
相談なんかしなくても、二人にはかなり助けてもらっている。今だってあれほど重かった空気が嘘のように軽くなっているのを感じていた。今の俺には本当にかけがえのない存在だ。
時間割を確認しているとチャイムが鳴ってほどなくしてから担任の先生がやってきた。HRもそこそこに、担任は転校生の話題に入る。
「えー、本日からこのクラスに入る転校生を紹介する」
担任は言うと、扉に向かって手をひらひらと動かした。すると、すぐに扉が開いて女の子が教室に入ってきた。
「よっしゃぁっ! 女の子じゃん」
「うるさいぞ千葉」
手を高々と挙げてガッツポーズを作った幸人を先生が注意をすると、くすくすと笑い声が漏れる。はたして幸人が意図したかわからないが、転校生にとって自己紹介をしやすい空気になっていた。
「じゃ、簡単に自己紹介してもらえるかな?」
「自己紹介……わかりました」
転校生はうなずくと、チョークを使って黒板に何か書き始めた。でかでかと、『垣花愛』と書いてから、転校生は振り返る。
「垣花愛と申します」
「――え、それだけ?」
名前を言ったきり黙り込んだ彼女に、担任は目を丸くしていた。
「他に何か必要でしょうか?」
「必要っていうか……趣味とか特技とか言うんじゃないかな、一般的には……」
「了解しました」
事務的な返事をした彼女は姿勢を正し、教卓からこちらに向かって視線を向ける。
「趣味や特技はありません」
教室内の時間が止まったのかと思った。しかし、先生の咳払いでみんな黙り込んでいただけだとわかる。
「うん、まぁそういう感じだ。みんな仲良くしてくれな~」
適当に切り上げて担任はその場を去ったが、クラス内の空気は止まったままだった。それもそのはずだ。なぜなら垣花の見た目は死んだAにそっくりなのだから。まさに生き写しといっても過言ではない。しんと静まり返った教室の中を、垣花がゆっくと歩き始める。向かったのはAの席だったからクラスの人間はざわめいた。
垣花は机の上に置いてあるお菓子や献花に目もくれず、椅子を引いて机に座る。ロボットみたいに動じる姿勢を見せない彼女に、少しだけ幸人が言った転校生ロボット説が頭をよぎった。
「……何か?」
クラス中の視線が自身に向いていることに気付いた垣花が表情をそのままに首を傾げる。その言葉が合図のように、女子連中が数名、垣花の元に歩いていく。
「ご、ごめんね。転校生が来るって知らなかったから……これ、いじめとかじゃないからさ」
あははと引きつった笑顔を浮かべて献花を慌てて回収する女子連中を垣花はただじっと見ていた。転校初日から机の上に花が飾られていたら少なからず動転するものだと思うが、そんな様子もない。ただじっと、人形のように片されていく机を見つめていた。
「ありがとうございます」
机が綺麗になったのを見届けてから、垣花は女子連中に頭を下げた。動きは機械的で表情は相変わらず動かないが、好意的な態度にクラスの空気が軽くなったのを感じた。
ほどなくして先生が教室にやってきて一限の授業が始まる。慌てて女子が席に戻るなか、垣花は淡々と教科書を取り出していた。彼女の顔面はまさしくAのそれだったが、些細な動きはやはりロボットのように機械的だ。俺にはそこが怖く感じていた。
規則正しい動きをしてAの席に座るソレは、まるで暗殺者として紛れ込んできた殺人兵器のように感じてしまう。もしくは妖怪的な何かが彼女の姿を借りて人里に下りてきたのか。どちらにしても心地いいものには感じなかった。
Aは間違いなく、俺の見ている前で死んでしまった。それは覆せない事実であり、どれだけ容姿が似ていようとも彼女は全く別の何かなのだ。そう思えるからこそ、彼女の存在に気持ち悪さを感じていた。
「……ッ」
彼女をじっと観察していると、不意に垣花はこちらを見た。あまりに突然だったから視線を逸らしそこねて目が合ってしまった。ここで急に眼を逸らすと却って不自然かと思って彼女を見つめると、彼女も同じようにこちらを見つめつづける。背中に冷や汗が伝うのを感じた。
「じゃあ、垣花さん。このページを読んでもらおうかな」
「はい」
先生が言うと、垣花は視線を教科書に向けた。
「ふぅ……」
呼吸を忘れていた俺は息を吐きだし、垣花から視線を離す。やはり彼女は何かがおかしい。Aに似た容姿、機械的でぎこちない動き、そしてこちらを見つめてきた視線。幸人の話の影響か、それらの要素が噛み合って本当に、彼女が殺人兵器のようなものじゃないのかと考えて頭を振った。馬鹿なことを考えている。
気持ちを感じさせない静かな声色で朗読する垣花をちらりと見る。見れば見るほどAにそっくりだ。そのまま喋らずに座っていたら、彼女の親でもAと間違えるだろうと思えるほどだと思った。そんな彼女がAと入れ替わるように学校にやってきて、彼女の席で授業を受けている。こんな偶然、ありえるのだろうか?
幸人の言っていた暗殺ロボットという話は行きすぎだとしても、彼女がここにいるのは何か作為的なものを感じざる得ない。垣花の横顔を眺めながら、俺はそう思っていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる