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どれくらいの時間ここでこうしているのだろう。
琉姫は痛む身体を刺激しないように姿勢を変える。
定期的に身体を動かして、もう何時間か経っている感覚がしていた。
痛めた場所はずきずきと痛みを発して、触るまでもなく熱を持っているのを感じる。
顔には脂汗が浮き出てきて、いよいよ意識を保っているのも大変になってきた。
「早くしてくれないかな……」
かなり長い時間放置されていたが、雫が助けに来ないという気持ちは全くなかった。
わたしの知っているあの娘はそんな奴じゃない。
だけど、急いでくれないとこちらの体力が持たない。
再び姿勢を変える。
泥のついた服がとても重く感じて、視界が霞む。
痛めた場所は熱いのに、体は冷たくなってきて、何がなんだかわからなくなってきた。
眠気が襲ってきて、霞む視界をゆっくりと閉じる。
するとガサガサと茂みを勢いよく掻き分ける音が聞こえてきた。
「おーい!」
低い男性の叫び声が聞こえる。
雫だ。
雫が助けを呼んで戻って来たんだ。
歓喜の感情で霞んでいた視界が一気に開ける。
「こ、ここです……! ここです!」
男性の声に応答するように、わたしは力の限り叫んだ。
声を張り上げるたびに身体が痛む。
だけど我慢して、出せる限りの声を出して位置を教える。
お互いに叫び続けて少しの時間が経ち、どんどんと声が近づいてきた。
そしてついに、大きな体躯をした男性がわたしの視界の前に飛び出してきた。
「見つけたぞっ。この人で間違いないですか、雫さん」
雫。という単語に周りを見渡す。
すると男性の横で、不自然に浮き上がった小石が一つある。
小石は頷くように上下を繰り返し、男性は相槌を打って私の近くにやってきた。
「凄い汗だ。熱もあるし脱水症状も出ている。急いで病院に連れていかないと危険だ」
医療の心得があるのか、わたしの状態を見てすぐに男性はスマホを取り出した。
まさか山の中で救急車でも呼ぼうというのだろうか。
「ま、待ってください……」
男性に向かって、わたしは言う。
「こんな山奥に救急車が来るとは思えません。それにこの辺り一帯は立ち入り禁止区域です。救急車両なんて呼んだら大ごとにされるに決まってます」
「そんなこと言っている状態じゃないだろう!」
男性の一喝に対して、私は「それでも……」と首を振った。
それで助かったとしても、救急隊は『どうして落下したのか』と疑問に思うだろう。
ここは立ち入り禁止区域。
わたしが馬鹿で、面白半分に入って足をすべらせたと思われたならそれでいい。
しかし、つい先日に雫が殺されてしまったのだ。
何かの事件性を疑われる可能性だってある。
そうなれば警察も動き出し、村ではその話題で大騒ぎになるだろう。慎一の耳にも騒ぎが届くはずだ。
わたしが助かったと知ってしまったら、すべてを知っているわたしの命を確実に奪いにくる。
昔から知っているわたしのことを躊躇いなく崖から突き落とす男だ、次に命を狙われたら守り切れる自信はない。
「雫ちゃん。いるんでしょ?」
痛む身体を持ち上げて雫に話しかける。
すると、捨てられた枝が動き出した。
『いるよ』
「先に断わっておくけど、わたしはこのまま泣き寝入りをしたくない。だってこんな痛い思いをさせられたもの。それに大事な親友を殺されてしまった……わたしの言ってる意味、わかるよね?」
雫は少し時間を置いてから、棒を動かした。
『わかってる。私も琉姫ちゃんをこんな目に合わせたのは許せない』
地面に書かれた雫の言葉を見て、私は笑みを作る。
「さすが親友。気が合うね」
「さっきから何の話をしてるんだい? 何の話かわからないが、それどころじゃないだろう」
男性は困ったようにこちらを見ていた。
雫との会話に驚きを見せていないところを見るに、彼女の存在を信じているのは間違いない。
「すいません。こんな時になんなんですけど、あなたは……?」
「自己紹介? そんな状況じゃないだろう」
「わかってます。でも大事なことなんです」
雫の存在に違和感を持たない人物。
霊的なものに興味があるカルトマニアでもなければ、雫と近しい存在かも知れないと思った。
それなら、彼女が殺されたということをしれば、慎一に一泡吹かせるための協力者になるかも知ってくれるかも。
そういう打算を持っていたわたしだったが、次の男性の一言に目を丸くした。
「僕は田淵巌。雫さんの恋人、いや、婚約者というべきかな……?」
「……そうなの?」
雫に対して視線を向ける。
姿は見えないが、雫が持っているはずの枝は明らかに困ったようにしていた。
色々と追及したい話題だったが、ようするにこの男性は雫に恋心を持っているわけだ。
それなら都合がいい。
「田淵さん、雫ちゃんが死んだ理由は知っていますか?」
「いや……」
「そうですか、私は知っています。雫は近しい人物に殺されたんです」
「近しい人物……?」
わたしの言葉に少しの驚きを見せた田淵は、すぐに考え込んだ。
「近しい人物といっても、僕の知る限り君と慎一君くらしか思い浮かばないな」
「そうでしょうね。この娘。友達いないから……痛っ」
私が言うと、足首を枝で叩かれた。
別に悪意があったわけではないのだが、気に障ったようだ。
「もちろん、私は犯人ではありません。なんなら犯人にこんな目にあわされたので」
見せつけるように痛んだ足を擦って見せる。
「となると……まさか」
察したように呟く田淵に、私は深く頷いた。
「雫ちゃんを殺したのは慎一。雫ちゃんは実の弟に殺されたんです」
琉姫は痛む身体を刺激しないように姿勢を変える。
定期的に身体を動かして、もう何時間か経っている感覚がしていた。
痛めた場所はずきずきと痛みを発して、触るまでもなく熱を持っているのを感じる。
顔には脂汗が浮き出てきて、いよいよ意識を保っているのも大変になってきた。
「早くしてくれないかな……」
かなり長い時間放置されていたが、雫が助けに来ないという気持ちは全くなかった。
わたしの知っているあの娘はそんな奴じゃない。
だけど、急いでくれないとこちらの体力が持たない。
再び姿勢を変える。
泥のついた服がとても重く感じて、視界が霞む。
痛めた場所は熱いのに、体は冷たくなってきて、何がなんだかわからなくなってきた。
眠気が襲ってきて、霞む視界をゆっくりと閉じる。
するとガサガサと茂みを勢いよく掻き分ける音が聞こえてきた。
「おーい!」
低い男性の叫び声が聞こえる。
雫だ。
雫が助けを呼んで戻って来たんだ。
歓喜の感情で霞んでいた視界が一気に開ける。
「こ、ここです……! ここです!」
男性の声に応答するように、わたしは力の限り叫んだ。
声を張り上げるたびに身体が痛む。
だけど我慢して、出せる限りの声を出して位置を教える。
お互いに叫び続けて少しの時間が経ち、どんどんと声が近づいてきた。
そしてついに、大きな体躯をした男性がわたしの視界の前に飛び出してきた。
「見つけたぞっ。この人で間違いないですか、雫さん」
雫。という単語に周りを見渡す。
すると男性の横で、不自然に浮き上がった小石が一つある。
小石は頷くように上下を繰り返し、男性は相槌を打って私の近くにやってきた。
「凄い汗だ。熱もあるし脱水症状も出ている。急いで病院に連れていかないと危険だ」
医療の心得があるのか、わたしの状態を見てすぐに男性はスマホを取り出した。
まさか山の中で救急車でも呼ぼうというのだろうか。
「ま、待ってください……」
男性に向かって、わたしは言う。
「こんな山奥に救急車が来るとは思えません。それにこの辺り一帯は立ち入り禁止区域です。救急車両なんて呼んだら大ごとにされるに決まってます」
「そんなこと言っている状態じゃないだろう!」
男性の一喝に対して、私は「それでも……」と首を振った。
それで助かったとしても、救急隊は『どうして落下したのか』と疑問に思うだろう。
ここは立ち入り禁止区域。
わたしが馬鹿で、面白半分に入って足をすべらせたと思われたならそれでいい。
しかし、つい先日に雫が殺されてしまったのだ。
何かの事件性を疑われる可能性だってある。
そうなれば警察も動き出し、村ではその話題で大騒ぎになるだろう。慎一の耳にも騒ぎが届くはずだ。
わたしが助かったと知ってしまったら、すべてを知っているわたしの命を確実に奪いにくる。
昔から知っているわたしのことを躊躇いなく崖から突き落とす男だ、次に命を狙われたら守り切れる自信はない。
「雫ちゃん。いるんでしょ?」
痛む身体を持ち上げて雫に話しかける。
すると、捨てられた枝が動き出した。
『いるよ』
「先に断わっておくけど、わたしはこのまま泣き寝入りをしたくない。だってこんな痛い思いをさせられたもの。それに大事な親友を殺されてしまった……わたしの言ってる意味、わかるよね?」
雫は少し時間を置いてから、棒を動かした。
『わかってる。私も琉姫ちゃんをこんな目に合わせたのは許せない』
地面に書かれた雫の言葉を見て、私は笑みを作る。
「さすが親友。気が合うね」
「さっきから何の話をしてるんだい? 何の話かわからないが、それどころじゃないだろう」
男性は困ったようにこちらを見ていた。
雫との会話に驚きを見せていないところを見るに、彼女の存在を信じているのは間違いない。
「すいません。こんな時になんなんですけど、あなたは……?」
「自己紹介? そんな状況じゃないだろう」
「わかってます。でも大事なことなんです」
雫の存在に違和感を持たない人物。
霊的なものに興味があるカルトマニアでもなければ、雫と近しい存在かも知れないと思った。
それなら、彼女が殺されたということをしれば、慎一に一泡吹かせるための協力者になるかも知ってくれるかも。
そういう打算を持っていたわたしだったが、次の男性の一言に目を丸くした。
「僕は田淵巌。雫さんの恋人、いや、婚約者というべきかな……?」
「……そうなの?」
雫に対して視線を向ける。
姿は見えないが、雫が持っているはずの枝は明らかに困ったようにしていた。
色々と追及したい話題だったが、ようするにこの男性は雫に恋心を持っているわけだ。
それなら都合がいい。
「田淵さん、雫ちゃんが死んだ理由は知っていますか?」
「いや……」
「そうですか、私は知っています。雫は近しい人物に殺されたんです」
「近しい人物……?」
わたしの言葉に少しの驚きを見せた田淵は、すぐに考え込んだ。
「近しい人物といっても、僕の知る限り君と慎一君くらしか思い浮かばないな」
「そうでしょうね。この娘。友達いないから……痛っ」
私が言うと、足首を枝で叩かれた。
別に悪意があったわけではないのだが、気に障ったようだ。
「もちろん、私は犯人ではありません。なんなら犯人にこんな目にあわされたので」
見せつけるように痛んだ足を擦って見せる。
「となると……まさか」
察したように呟く田淵に、私は深く頷いた。
「雫ちゃんを殺したのは慎一。雫ちゃんは実の弟に殺されたんです」
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