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山側にある村の反対側。
風に乗って潮の香りが微かに感じる港町に警察署がある。
山村と違ってこちらは商業地区が集中していて一見栄えてはいるが、実際の人口はそこまで多いわけではなく人通りは少ない。
「お世話になりました!」
警察署の入口で威勢のいい声を張り上げたのは、この町でケーキ屋を営む男性。田淵巌だった。
意中の女性が想いを伝える前に亡くなってしまい、止められない想いをぶつけるために彼女が死んだ場所に夜な夜な出向いていたところを、警察に通報されて丸一日話を聞かれていた。
結果。事件性がないことと担当した刑事である山嵐が大らかな性格であることもあって、田淵は解放されたところだった。
「田淵さん。今回はもういいけど、もう現場に行くようなことは控えなよ」
煙草に火を点けてから、山嵐が言う。
田淵と対照的に事情聴取をしていた山嵐の表情には少し疲れが見える。
山嵐に言われて田淵は申し訳なさそうに首を横に振った。
「それは難しい話ですね……彼女に会うにはどうしてもあそこにいかなくては行けないので」
「会うっつってもなぁ……」
山嵐は自分の手のひらを頭にぺたりと乗せて、困ったように撫でていた。
「まぁ、全部片づけて遺留品とかもないからな……警察の目の届かないところでなら、何も言わんがね」
山嵐は曖昧な言い方で言葉を濁す。
誰にも気づかれなければ警察も動く必要はない。
つまり、『バレないようにしてくれ』と暗に伝えたのだと田淵は解釈した。
「ありがとうございます!」
田淵は元気よく頭を下げる。
そのまま頭を上げて警察署を後にしようと考えていた時、地面に小石が飛び込んできた。
「……?」
辺りを確認してみるが、敷地の外に数人通行人が通っただけで他には誰もいない。
小指の爪にも満たないほどの小石ではあったが、だからといって風に飛ばされるなんてことはありえない。
誰かがこちらに投げつけてきたのかと思ったが、そんな人物は見当たらずに首を傾げる。
「どうかしたかね?」
田淵の動きを不思議に思った山嵐が声をかけてきた。
「小石が――いえ、何でもありません」
人を殺せるくらの大きさならともかく、小石が足元に飛んできたと言っても変に思われるだけだと思って言葉を濁す。
山嵐に会釈を交わして、警察署を後にしてから、店に向かって歩いていると今度は後頭部に何かがぶつかってきた感触がした。
「何ですか?」
声を出しながら後ろを振り向く。
叩くような感触だったから、てっきり人に呼ばれたのかと思ったが、背後には誰もいなかった。
まさかと思って足元を見てみると、さきほど見たのと似たような形の小石が落ちていた。
誰かに石を投げつけられている。
田淵はそう確信した。
大きさからしてこちらに危害を加えるつもりはなさそうだが、どうしてこんなことをするのだろうか。
「誰かいるのか?」
声をかけてみるが返事はなかった。
いよいよ気味が悪くなってきた田淵は背後に気を配りつつ急いで帰ろうと振り返る。
すると、飛んできた小石とさほど変わりない大きさの小石が浮いていた。
「……え」
呟くと同じぐらいのタイミングで、小石は慌てた様子で一度距離を取ってから、勢いよくこちらに向かって飛んでくる。
「あだっ!」
前を向いていたから眉間に直撃した小石は一番痛かった。
手で隠すように顔を覆い隠す。
今のはなんだ、幻覚か?
そう考えた田淵はすぐにかぶりを振った。
当たった感触も、痛みもある。幻覚ではない。
不自然に浮かんでいた小石が脳裏から消えない。
しかも小石は自分の存在に気付かれると慌てて助走をつけてこちらに向かって飛びかかってきた。
今はほとんど無風といっていい状態で、風で飛んできたという可能性もありえなかった。
もとより、風で飛んできたとしたら中空で停止している説明がつかない。
考えれば考えるほどパニックを起こしそうになる。
とにかく小石が飛んできたのはこれで三度目。
誰かに狙われているのは確かだ。
狼狽したまま、田淵はポケットからスマホを取り出す。
とりあえず警察に連絡を取ろうと通話画面を開くと腕が急に重くなった。
「な、なんだこれ……!?」
まるで誰かにぶら下がられているような感覚が腕にかかり、もはや平静を保っているのは限界に近かった。
追い打ちをかけるように通話画面を開いていたはずのスマホが勝手に動き出し、メモ帳を開きだすと、何も操作をしていないのに文字が打ちこまれていく。
『おちついてくだしい』
おちついて、くだしい?
落ち着いて下さいということか?
そうか、落ち着けと――。
「落ち着けるかああぁぁぁ!」
田淵は全身の力を使って謎の重みから抵抗する。
これだけ不可思議なことが続いて落ち着いていられるわけもなかった。
突然で驚いた重力も、店で扱っている小麦粉の袋(25kg)が二~三個ほどの重さだったようで、まだ馴染みのある重さにゆっくりとだが腕を持ち上げていける。
「ふん……お、おおおおぉぉぉぉぉ……!」
気合の雄叫びを入れて腕を胸の高さまで持ち上げる。
幸い反対の手は事由に動いた。
胸の高さでスマホを維持したまま、反対の腕で警察に電話をしようと指を伸ばす。
その時、新しい文字が画面に打ち込まれた。
『わたししずくです』
画面に触れようとしていた指がピタリと止めた。
『しずく』ひらがなだけで読み辛いが、確かに画面にはそう書かれてあった。
「しずく……さん?」
『――はい。ご無沙汰してます』
「……あ、あぁ……あああ…………」
腕の力が抜けて保持していた腕が勢いよく下に落ちる。
握っていたスマホもその勢いで地面に落としてしまった。
そんなことも気にせずに、田淵はその場に崩れ落ちた。
「まさか……まさか……雫さんの方から連絡をくれるだなんて…………っ」
感極まったせいか、瞳から止めどなく涙が溢れでてきて目を開けていられない。
拭いても拭いても溢れ出てくる涙。
次第に田淵は拭くのも諦めて周りを気にせずにただ嗚咽を上げていた。
地面に落ちたスマホが浮き上がり、田淵の眼前にやってきた。
そしてメモ帳に文章が打ちこまれる。
『驚かせてごめんなさい。どうしても頼みたい事があって』
慌てる必要がなくなったからか、しっかりと書かれた文章に田淵は目を通し、首を傾げる。
「頼みたいこと……?」
『助けて欲しい人がいるんです。今すぐに』
助けて欲しい人?
田淵の頭に真っ先に浮かんだのは慎一の顔だった。
雫と慎一は親が亡くなってから二人協力して生きている。
そんな彼に何か問題があれば、雫はどんな状態になっても助けを求めるだろうと。
だが、田淵の予想に反してスマホ画面には見知らぬ名前が表示された。
「琉……ひめ?」
『るきと読みます。私のたった一人の親友が今、山で動けなくなっているんです。どうか、助けに行ってくれませんか。お願いします田淵さん』
「し、雫さん!? どうして私の名前を!?」
『――死んでからも見てましたから、田淵さんのことを』
時間をかけて書かれた文章を見た田淵は、膝だけではなく上半身まで崩してしまい、地面に突っ伏してしまった。
し、雫さんが、ずっと僕の事を見ていた……だと。
こ、これは……もしや……。
「雫さんっ!」
上体を起こすと同時に田淵は大きな声で雫を呼んだ。
「いきなりこんなことを聞くのはおかしなことかも知れませんが、雫さんは僕のことを、どう思っているのですか!?」
僕は雫さんの事が変わらず好きだ。
だが、雫さんも同じ気持ちとは限らないということも承知している。
だから怖かった。自分の気持ちを伝えるのが。
拒否されて、彼女との縁が切れることが怖かったのだ。
その結果。想いを告げる前に彼女はこの世を去り、燻った想いは胸に残り続けていて、もうこの想いを伝えることは二度とないと思っていた。
それなのにまさか、もう一度彼女と話すことができるだなんて。
何やら差し迫った状況のようだが、こちらとしてもこの機会を逃すわけにはいかない。
「お願いします! 教えてくれませんか!?」
暫く沈黙が続き、ゆっくりとスマホに文字が打ちこまれる。
『良い人だと思います。美味しいケーキ作れるし』
「良い人……!」
なんという甘美な響きだろうか。
サントノーレよりもクリーミーで、ガレットデロアよりも品格を感じる……。
スマホに刻まれた文章をしっかりと噛みしめてから、田淵はスマホに向かって真剣な表情を見せる。
「ぼ、僕は雫さんのことが好きなんです! 僕は雫さんの恋人になるチャンスはあるのでしょうか!?」
言った。
とうとう言ってしまった。
心臓がバクバクと鼓動を強める。
一秒が何分にも感じれるくらい空気が重い。
それでも田淵は、目を逸らすことなくスマホを見つめていた。
『残念ですが、私はもう死んでいます。でも、生きていたら……もしかしたら?』
もしかしたら!?
「おうふぅ……」
溜まった空気が漏れ出したような声を出して、田淵は顔だけを上げて空を見た。
頭の中で文章が反芻して、まるでミルフィールのように層になっていく。
ちゃんとした答えは受け取れなかったが、田淵は胸に引っ掛かっていたものが取れたような思いだった。
『ごめんなさい、田淵さん。わたし、親友が心配で……』
不安げな文章を見て、田淵は歯を見せて大きく笑う。
「任せてください。僕が助けにいきますよ!」
これだけ好意的な言葉を貰えたなら、もう彼女は僕の恋人のようなものだ。
そんな彼女の親友が危ない目にあっていると言う。
田淵には助けにいかない理由なんてなかった。
「それで、その親友さんとやらはどこに?」
『案内します。ついてきてください』
雫はそこまで文字を打ちこんでからスマホをこちらに渡すと、代わりに小さな石が宙に浮いた。
なるほど、スマホよりも小さい石の方で案内するほうが視認性が悪い。ちと見辛いが、不意に人が来た時でも騒ぎになることはないだろう。
幽霊として手慣れた動きに関心していると、こちらを確認するように小石が揺れて応答するように田淵は頷く。
小石が移動を始めたのを見て、後を追うように走り出した。
風に乗って潮の香りが微かに感じる港町に警察署がある。
山村と違ってこちらは商業地区が集中していて一見栄えてはいるが、実際の人口はそこまで多いわけではなく人通りは少ない。
「お世話になりました!」
警察署の入口で威勢のいい声を張り上げたのは、この町でケーキ屋を営む男性。田淵巌だった。
意中の女性が想いを伝える前に亡くなってしまい、止められない想いをぶつけるために彼女が死んだ場所に夜な夜な出向いていたところを、警察に通報されて丸一日話を聞かれていた。
結果。事件性がないことと担当した刑事である山嵐が大らかな性格であることもあって、田淵は解放されたところだった。
「田淵さん。今回はもういいけど、もう現場に行くようなことは控えなよ」
煙草に火を点けてから、山嵐が言う。
田淵と対照的に事情聴取をしていた山嵐の表情には少し疲れが見える。
山嵐に言われて田淵は申し訳なさそうに首を横に振った。
「それは難しい話ですね……彼女に会うにはどうしてもあそこにいかなくては行けないので」
「会うっつってもなぁ……」
山嵐は自分の手のひらを頭にぺたりと乗せて、困ったように撫でていた。
「まぁ、全部片づけて遺留品とかもないからな……警察の目の届かないところでなら、何も言わんがね」
山嵐は曖昧な言い方で言葉を濁す。
誰にも気づかれなければ警察も動く必要はない。
つまり、『バレないようにしてくれ』と暗に伝えたのだと田淵は解釈した。
「ありがとうございます!」
田淵は元気よく頭を下げる。
そのまま頭を上げて警察署を後にしようと考えていた時、地面に小石が飛び込んできた。
「……?」
辺りを確認してみるが、敷地の外に数人通行人が通っただけで他には誰もいない。
小指の爪にも満たないほどの小石ではあったが、だからといって風に飛ばされるなんてことはありえない。
誰かがこちらに投げつけてきたのかと思ったが、そんな人物は見当たらずに首を傾げる。
「どうかしたかね?」
田淵の動きを不思議に思った山嵐が声をかけてきた。
「小石が――いえ、何でもありません」
人を殺せるくらの大きさならともかく、小石が足元に飛んできたと言っても変に思われるだけだと思って言葉を濁す。
山嵐に会釈を交わして、警察署を後にしてから、店に向かって歩いていると今度は後頭部に何かがぶつかってきた感触がした。
「何ですか?」
声を出しながら後ろを振り向く。
叩くような感触だったから、てっきり人に呼ばれたのかと思ったが、背後には誰もいなかった。
まさかと思って足元を見てみると、さきほど見たのと似たような形の小石が落ちていた。
誰かに石を投げつけられている。
田淵はそう確信した。
大きさからしてこちらに危害を加えるつもりはなさそうだが、どうしてこんなことをするのだろうか。
「誰かいるのか?」
声をかけてみるが返事はなかった。
いよいよ気味が悪くなってきた田淵は背後に気を配りつつ急いで帰ろうと振り返る。
すると、飛んできた小石とさほど変わりない大きさの小石が浮いていた。
「……え」
呟くと同じぐらいのタイミングで、小石は慌てた様子で一度距離を取ってから、勢いよくこちらに向かって飛んでくる。
「あだっ!」
前を向いていたから眉間に直撃した小石は一番痛かった。
手で隠すように顔を覆い隠す。
今のはなんだ、幻覚か?
そう考えた田淵はすぐにかぶりを振った。
当たった感触も、痛みもある。幻覚ではない。
不自然に浮かんでいた小石が脳裏から消えない。
しかも小石は自分の存在に気付かれると慌てて助走をつけてこちらに向かって飛びかかってきた。
今はほとんど無風といっていい状態で、風で飛んできたという可能性もありえなかった。
もとより、風で飛んできたとしたら中空で停止している説明がつかない。
考えれば考えるほどパニックを起こしそうになる。
とにかく小石が飛んできたのはこれで三度目。
誰かに狙われているのは確かだ。
狼狽したまま、田淵はポケットからスマホを取り出す。
とりあえず警察に連絡を取ろうと通話画面を開くと腕が急に重くなった。
「な、なんだこれ……!?」
まるで誰かにぶら下がられているような感覚が腕にかかり、もはや平静を保っているのは限界に近かった。
追い打ちをかけるように通話画面を開いていたはずのスマホが勝手に動き出し、メモ帳を開きだすと、何も操作をしていないのに文字が打ちこまれていく。
『おちついてくだしい』
おちついて、くだしい?
落ち着いて下さいということか?
そうか、落ち着けと――。
「落ち着けるかああぁぁぁ!」
田淵は全身の力を使って謎の重みから抵抗する。
これだけ不可思議なことが続いて落ち着いていられるわけもなかった。
突然で驚いた重力も、店で扱っている小麦粉の袋(25kg)が二~三個ほどの重さだったようで、まだ馴染みのある重さにゆっくりとだが腕を持ち上げていける。
「ふん……お、おおおおぉぉぉぉぉ……!」
気合の雄叫びを入れて腕を胸の高さまで持ち上げる。
幸い反対の手は事由に動いた。
胸の高さでスマホを維持したまま、反対の腕で警察に電話をしようと指を伸ばす。
その時、新しい文字が画面に打ち込まれた。
『わたししずくです』
画面に触れようとしていた指がピタリと止めた。
『しずく』ひらがなだけで読み辛いが、確かに画面にはそう書かれてあった。
「しずく……さん?」
『――はい。ご無沙汰してます』
「……あ、あぁ……あああ…………」
腕の力が抜けて保持していた腕が勢いよく下に落ちる。
握っていたスマホもその勢いで地面に落としてしまった。
そんなことも気にせずに、田淵はその場に崩れ落ちた。
「まさか……まさか……雫さんの方から連絡をくれるだなんて…………っ」
感極まったせいか、瞳から止めどなく涙が溢れでてきて目を開けていられない。
拭いても拭いても溢れ出てくる涙。
次第に田淵は拭くのも諦めて周りを気にせずにただ嗚咽を上げていた。
地面に落ちたスマホが浮き上がり、田淵の眼前にやってきた。
そしてメモ帳に文章が打ちこまれる。
『驚かせてごめんなさい。どうしても頼みたい事があって』
慌てる必要がなくなったからか、しっかりと書かれた文章に田淵は目を通し、首を傾げる。
「頼みたいこと……?」
『助けて欲しい人がいるんです。今すぐに』
助けて欲しい人?
田淵の頭に真っ先に浮かんだのは慎一の顔だった。
雫と慎一は親が亡くなってから二人協力して生きている。
そんな彼に何か問題があれば、雫はどんな状態になっても助けを求めるだろうと。
だが、田淵の予想に反してスマホ画面には見知らぬ名前が表示された。
「琉……ひめ?」
『るきと読みます。私のたった一人の親友が今、山で動けなくなっているんです。どうか、助けに行ってくれませんか。お願いします田淵さん』
「し、雫さん!? どうして私の名前を!?」
『――死んでからも見てましたから、田淵さんのことを』
時間をかけて書かれた文章を見た田淵は、膝だけではなく上半身まで崩してしまい、地面に突っ伏してしまった。
し、雫さんが、ずっと僕の事を見ていた……だと。
こ、これは……もしや……。
「雫さんっ!」
上体を起こすと同時に田淵は大きな声で雫を呼んだ。
「いきなりこんなことを聞くのはおかしなことかも知れませんが、雫さんは僕のことを、どう思っているのですか!?」
僕は雫さんの事が変わらず好きだ。
だが、雫さんも同じ気持ちとは限らないということも承知している。
だから怖かった。自分の気持ちを伝えるのが。
拒否されて、彼女との縁が切れることが怖かったのだ。
その結果。想いを告げる前に彼女はこの世を去り、燻った想いは胸に残り続けていて、もうこの想いを伝えることは二度とないと思っていた。
それなのにまさか、もう一度彼女と話すことができるだなんて。
何やら差し迫った状況のようだが、こちらとしてもこの機会を逃すわけにはいかない。
「お願いします! 教えてくれませんか!?」
暫く沈黙が続き、ゆっくりとスマホに文字が打ちこまれる。
『良い人だと思います。美味しいケーキ作れるし』
「良い人……!」
なんという甘美な響きだろうか。
サントノーレよりもクリーミーで、ガレットデロアよりも品格を感じる……。
スマホに刻まれた文章をしっかりと噛みしめてから、田淵はスマホに向かって真剣な表情を見せる。
「ぼ、僕は雫さんのことが好きなんです! 僕は雫さんの恋人になるチャンスはあるのでしょうか!?」
言った。
とうとう言ってしまった。
心臓がバクバクと鼓動を強める。
一秒が何分にも感じれるくらい空気が重い。
それでも田淵は、目を逸らすことなくスマホを見つめていた。
『残念ですが、私はもう死んでいます。でも、生きていたら……もしかしたら?』
もしかしたら!?
「おうふぅ……」
溜まった空気が漏れ出したような声を出して、田淵は顔だけを上げて空を見た。
頭の中で文章が反芻して、まるでミルフィールのように層になっていく。
ちゃんとした答えは受け取れなかったが、田淵は胸に引っ掛かっていたものが取れたような思いだった。
『ごめんなさい、田淵さん。わたし、親友が心配で……』
不安げな文章を見て、田淵は歯を見せて大きく笑う。
「任せてください。僕が助けにいきますよ!」
これだけ好意的な言葉を貰えたなら、もう彼女は僕の恋人のようなものだ。
そんな彼女の親友が危ない目にあっていると言う。
田淵には助けにいかない理由なんてなかった。
「それで、その親友さんとやらはどこに?」
『案内します。ついてきてください』
雫はそこまで文字を打ちこんでからスマホをこちらに渡すと、代わりに小さな石が宙に浮いた。
なるほど、スマホよりも小さい石の方で案内するほうが視認性が悪い。ちと見辛いが、不意に人が来た時でも騒ぎになることはないだろう。
幽霊として手慣れた動きに関心していると、こちらを確認するように小石が揺れて応答するように田淵は頷く。
小石が移動を始めたのを見て、後を追うように走り出した。
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