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 琉姫の両親が僕の家にやってきたのは山での出来事から数日経ってからだった。
 二人とも酷く顔色が悪く、重たそうに眉を垂らしている。何日もご飯を食べていないのか、頬には影がかかっていた。

「お久しぶりです。慎一君。葬儀の時以来ですね」

 母親が前に出て会釈を交わす。
 姉の葬儀の時には姿を見なかったが、どうやら来ていたようだ。

「ご無沙汰してます。どうかしましたか?」
「実は、娘が……琉姫が家に帰ってこなくて」

 見るからに心配そうな表情を見せる母親に対して、鉄仮面のような無表情を貫く父親が対照的で印象に残った。

「そうなんですか。どこかに遊びに行っているとかではないんですか?」
「私も最初はそう思っていました。でも、家から出ている間も連絡はしてくれていたんです。それが、今回は全く音沙汰が無くて」
「単純に連絡を忘れているとか、そういう可能性はないんですか?」

 母親は何度も頭を振って否定した。

「外に出ている時は毎日しっかりと連絡をしてくれていたんです。それをいきなり忘れるなんて、ありえないと思います」
「なるほど……」

 見た目から琉姫は親と連絡を取り合うとか、そういうことはしないものと思っていたから母親の言葉は意外だった。
 言われてみれば、琉姫はよくスマホを取り出していた。
 てっきりSNSやネットサーフィンをしているのかと思っていたが、親に連絡を取っていたのかもしれない。

 そう考えていると、母親が伏し目がちにこちらを伺ってるのに気づいた。

「琉姫は雫ちゃんと凄く仲が良かったでしょう。だからこちらにお邪魔してないかと思って訪ねてきたのですけど……」
「いえ、何日か前に家に来たことはありましたけど、それ以降一度も見てはいないですね」
「そう、ですか……」

 母親は落胆した様子を見せる。無理もない。
 姉と同じく琉姫はこの町での交友関係が貧しい。
 ここにいないとなると他に思い当たる場所もないだろう。
 きっと、心配になったこの二人は藁にもすがる思いでここにやってきたに違いない。

「ごめんなさい。力になれなくて」
「慎一君は何も悪くないわ。こちらこそごめんなさい、不幸があったばかりだというのにこんな話で押しかけてしまって。でも……怖くなっちゃって、いてもたってもいられなくて」
「怖い……とは?」
「琉姫は、殺されたんじゃないかって……」

 そうあって欲しくはない。といった面持ちで呟く母親に、僕の心臓は跳ねあがった。
 思わず途惑いの息を漏らしそうになったところで、父親がずっとこちらを見ているのを思い出して必死に堪えた。

 少しでも気取られる動きを見せたら、気付かれてしまう。

 何を考えているのかわからない鉄仮面にすべてを見透かされていそうな感覚で、心臓は全く落ち着いてくれない。
 悟られないように平静を装いながら、僕はわざとらしく訝しい表情を作る。

「どうしてそんな、極端な話に?」
「言いにくいのだけど……雫さん、殺されたのでしょう? 家の子は雫さんと親しかったから、もしかしたらと思って……」

 おずおずと母親は言った。
 世間的にはまだ殺人と断定されるまではいっていないはずだが。
 小さい町なこともあってこの手の話題は広がるのが早い。
 大方、誰かがそういう風に話しているのを聞きつけたのだろう。

「確かに、心配になりますね」
「気を悪くしたのならごめんなさい」

 母親は深く頭を下げた。

「いえ、そういう心配をするのは当然のことだと思うので、気になさらないでください」

 ――この様子だと、どうやら疑われているというわけではなさそうだ。

「琉姫姉ちゃんには姉に良くしてもらってたので、良ければ僕の方でも探してみますよ」
「本当ですかっ!?」

 母親の表情が明るいものに変わって、まるで神様に拝むように胸の前で両手を組む。
オーバーリアクション気味な反応に感じて僕は少し戸惑ったが、娘が音信不通でいなくなれば、世間一般の親はここまで心配するものなのかと思い直す。
 残念ながら、早くに両親を亡くした僕にはその気持ちは共感できるものではなかったが。

「あまり期待はしないでくださいよ。僕が探したって見つかるかどうかなんて、わからないんですから」
「えぇ。えぇ。わかっています。だけど探してくれる方が増えると、それだけ希望が見えますからっ」

 何度も頭を下げて、母親は感謝を表していた。
 この時ばかりは父親もこちらに向かって浅く頭を下げていた。表情は相変わらずの仏頂面だったが、この人なりに精一杯感謝を表しているのだろう。

「それでは私たちは他を当たってみるので失礼します。どうか、どうかよろしくお願いします」

 そう言って二人は玄関から外に出る。
 家の中から見送っていると、母親の方はよく立ち止まり、こちらに振り向いては何度も何度も頭を下げていた。
 ようやく二人の姿が見えなくなってから、僕は玄関の扉を閉めた。

「希望ね」

 残念ながらおばさん。希望なんてないですよ。
 あなたの娘はどこを探したって見つからないし、見つかったとしても、もはやそれは娘ではない、ただの肉の塊。もしくは腐りきって骨しか残らないただの骨組みだろう。

 それに残念ながら予定では、姉を殺した殺人犯は貴方たちの娘さんということになる。
 これから僕が、そうなるように仕向けるのだから。

 琉姫から連絡が来なかっただけであれだけ取り乱していた人が、死んだばかりではなく殺人を犯していたと知ったらどういう反応をするのだろうか。
 責任を感じて自死してしまうのか、それとも罪を背負って社会のために生きていくのか。
 案外、何も感じずに普段通りの生活を送るという可能性もある。

 どちらにしても、僕には影響がないしそこまで興味もない。

 玄関扉の鍵を掛けてから、僕は部屋に戻った。
 机の上にそのままにしてあった紙とペンを端に寄せて、宅配で届いた段ボール箱を机の上に乗せると、包装を解いて中身を取り出す。
 段ボール箱の中に入っていたのはロングヘアのウィッグと無地の黒パーカーだ。
 商品を細部まで眺めて不良がないのを確認すると、ビニール袋を切って中身を取り出した。

 今日の夜。購入したこれらの小道具を使って、僕は琉姫という殺人犯に偽装する。
 視界の悪い夜に、ウィッグの一部分とパーカー姿を見せて人を襲う。
 標的は誰でもいい。襲い掛かって服に返り血を付ける。そして殺し損ねたという体で標的には逃げてもらう。

 重要なのは琉姫と思わしき人間が誰かを襲ったという事実なのだ。それさえあれば被害者は警察に通報するはずだ。
 事件として扱われれば犯人を捜すために、この町に捜査が入る。
 といっても、背筋の伸びた若い人間で、ツインテールを編めるほどの長髪なんてこの町に限れば一人しかいないから、疑いの目はすぐさま琉姫に向かうはずだ。

 そうなる前に僕は着込んだパーカーと凶器を琉姫の家に放り込む。
 放り込むといっても簡単なもので、適当に隠すように敷地内にでも置いておけばいい。

 僕もそうだし、誰だって捕まるのは嫌なはずだ。

 となれば当然証拠になりえるものは隠す。
 琉姫は実家暮らしで両親が家の管理をしていたはずだ。
 家の中に証拠を隠そうとすれば、親が掃除をしたり探し物をした際に見つかる可能性がある。
 僕だったらそんなリスクの高いことはしない。
 いつでも確認できて、容易に人が寄り付かない場所に隠す。つまり庭や物置などだ。

 もっとも、本当に見つかりたくないならもっと色々な方法があるだろうが、琉姫を犯人に仕立て上げるためにはこれらの証拠品が見つかってもらえないと僕が困る。
 琉姫の思考能力を想像して、見つかりたくない。
 しかし隠しきれていない。という絶妙な塩梅を考えて家の外に置くことにした。

 なによりこうすれば、部屋に忍び込んで証拠品を置くような危険な行動もとらなくていい。
 頃合いを見計らって家の敷地まで侵入してから、植木なりゴミ箱なり、それこそ地面にでも埋めておけばそのうち見つかってくれるだろう。

 黒フードの不審者がいる。という話が町に広がっている今、証拠が見つかれば自然と姉殺しの犯人は琉姫じゃないかと疑いの目がかかる。
 何かがきっかけで友達を殺した琉姫は罪悪感か、はたまた捕まりたくないだけか、その辺りの理由で家から離れて逃亡してしまった。
 それが僕の用意した筋書きだ。
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