姉が殺されたと言い出しまして

FEEL

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 それから僕は計画を練った。

 計画といってもやる事は簡単だ。
 琉姫の動向を探り、遊びに行くタイミングを探る。彼女が週末辺り良くに出かけていることは知っていたし、正確にピタリと突き止める必要はなかったのでこの部分はそこまで苦ではなかった。

 同様に、姉の殺害も苦労するものではなかった。
 前に何度かケーキを食べた食べなかったで口論をしたことがある。
 もちろん僕は食べていなかったのだが、姉の癇癪で口論は長引いて、結局一緒に買いにいくことになったのだ。

 それを覚えていた僕はその時と同じことをした。
 今度は本当に僕がケーキを食べてから、姉が文句を言ってきたタイミングで『食べてないと』口論を起こす。
 そうすると案の定、姉は泣き叫んで癇癪を起した。
 そのタイミングを見計らって、僕は一緒に買いにいこうと言って姉を外に連れ出し、納屋の近くであらかじめ持ち出していた工具で後頭部を殴りつけた。

 いきなり後ろから殴りつけられた姉は、悲鳴や断末魔を上げることもなく、驚くほどあっけなく地面に倒れた。
 震える手を動かしているのを見て、まだ生きているのだと思った僕は姉の上にのって同じところを何度も殴りつける。

 気が付けば、姉はピクリともしなくなっていた。
 想像していたよりも少ない出血が手にこびりついて、気持ち悪さを感じたのを覚えている。

 それから僕は姉の頭を隠すようにシャツを巻き上げた。
 シャツはすぐに血を吸ってじんわりと赤黒い染みを作り上げていく。
 地面に血痕を残さないように姉だったものを持ちあげて急いで納屋に運ぶと、姉が纏っている衣服をすべて剥がして適当に置き捨てた。
 衣服を剥かれて投げ捨てられた死体。これで変質者による犯行だと偽装することができるはずだ。

 それから僕は琉姫が町に帰ってきて、またどこかに遊びに行くまでの間、お婆さんたちの井戸端会議を探して声をかけることにした。
 そして世間話や昔話を語るように、黒いパーカーを羽織った人物の悪い話を何度も話した。『黒いパーカーは怪しい』という先入観を打ち込むためだった。
 もちろん話の内容は創作だ。僕自身危ない目にあったことはないし。あったとしてもそう都合よく相手が黒いパーカーなど着ているわけがない。
 だけど、悪いだけの話ならインターネットにいくらでも転がっている。

 最初は突拍子もない話や、僕がお婆さん連中と話慣れていないこともあり、半信半疑という感じだったが。回数を重ねるごとに信憑性を増していった様子だった。
 そして。姉の死体が発見されて、爺ちゃんが不審者の話をしにきたことで僕は計画通りに進んでいると安堵した。

 そう、安堵していたのだ。
 なのに、それなのに。

「どうして死んでまで僕に迷惑をかけるんだよ、姉ちゃん!」

 僕は溜めこんでいた鬱憤を晴らすように、大声で叫んだ。
 見渡す限りに生えた森林が僕の怒声を吸収してかき消してしまい、お返しとばかりに風に揺られて葉の音を鳴らす。
 鈴は既に腰にぶら下げている。
 しかし、姉からの返事はなかった。
 震えるわけでも、揺れるわけでもなく、鈴は本来そうあるように紐にぶら下がって微動だにしないままだ。

「何無視してるんだよ。僕が質問しているんだから何か返事をしろよ!」

 苛立ちが先走ってつい声を荒げてしまっていた。
 姉の性格を考えると、こういう風に怒鳴ったって余計に黙り込むだけだというのに。
 琉姫を殺してしまったからか、どうにも精神が安定しない。

 僕は深く息を吸ってゆっくりと吐く。
 深呼吸をしてなんとか平静を保とうとしていた。
 乱れた情緒は中々安定しなくて、やっと普段通りの調子で話せそうになるのには結構な時間がかかってしまった。
 しかし、その間も鈴は揺れることはなかった。

「姉ちゃんごめん。怒ってないから、返事をしてくれよ」

 努めて優しく姉に呼びかけてから鈴を見る。
 やはり鈴は揺れることはなかった。

 ……まさか。

 あまりに反応のない姉に、僕はふと思い立った。
 姉は自分を殺した犯人を捜したいと言っていた。
 この場に姉がいたとしたら、姉の願いは叶ったことになる。
 ともすれば、姉は成仏してしまったのではないだろうか?

「――姉ちゃん。ここにいるのかいないのか。教えてくれないか?」

 僕は、はい。いいえ。で答えられるように姉に呼びかけた。
 五分。
 十分。
 十五分――十分すぎるほどの時間を待ったが、鈴は鳴ることはない。
 僕は込みあげる歓喜の言葉を出さずに、拳を強く握る。

 やった。
 やったぞ。
 鬱陶しい姉がいなくなった。成仏してしまったんだ。
 これで、恐れる事も不安に思うことも何もなくなったんだ。

 霊となった姉は成仏してしまい、犯人に仕立て上げる予定だった琉姫は死んだ。
 ここは管理している人間しか立ち入る事のない立ち入り禁止の区画。
 しかも管理人は年に一回、異常がないか見回りにくるかどうかという頻度だと聞いたことがあった。
 琉姫の死体は崖の下。管理人が来ても早々見つからないだろうし、万が一見つかった時には誰か見分けがつかないぐらいに風化してしまっているだろう。
 仮に何かしらの理由で発見されてしまったとしても、身元が割れてしまったとしても、姉を殺した罪悪感でみずから命を断ったという推察もできる。
 僕に事情を聞きにくるかも知れないが、犯人だというところまでは到底たどり着けないだろう。

「……ふふふ」

 突然都合よくコトが運んでしまったことに、笑い声が溢れてきてしまった。

「うはは……っ。ぶわぁははははははは!」

 僕は我慢することなく声を荒げ、文字通り腹を抱えて笑ってやった。

 愉快だ。

 実に愉快な気分だ。

 まさに気分爽快というやつだ。

 ずっと、ずっとずっとずっと頭を悩ませていた災いの種は完全に僕の世界から消え去ったのだ。
 これが愉快と言わずしてなんというっ!

 こんなにも機嫌が良くなったのは僕の人生にとって初めてのことだった。
 なにせ、これで僕は普通の人生を取り戻すことができたのだ。
 家族に束縛されることもない。誰からも使われることのない。自分の生き方を自分で決める人生を手に入れることができたのだっ!

 ダムが決壊して鉄砲水が噴き出るように、僕の口から出る歓喜は息が続かなくなるまで溢れ続けていた。
 叫ぶように笑って、笑い続けて、喉が乾燥して咳が出てきて、やっと僕は自分の喜びを抑えることができるようになってきた。

「はぁ、はぁ……はあぁぁぁ……仕上げをしないとな」

 クラクラとした脳を回復させるために息を吸う。そして僕はミスをしないように、頭の中で何度もこれからの手順を反芻する。

 邪魔者は消えた。
 だが、まだすべてが終わったわけではない。
 知らぬ間に瞳から溢れていた涙を袖でふき取ってから、僕は山を降りた。
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