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僕の予想通りに彼女がここに懐かしさを求めてやってきたとしよう。
では、なんでこのタイミングで昔のことを思い出しのか、というのが心にひっかかりを感じた。
琉姫は座っていた状態から立ち上がり、スカートについた泥や枯草を払う。そうしてからゆっくりと石の社の方に振り向いた。
僕の質問の意図は理解しているようで、どう返事をしようか少し考えている様子を見せていた。
「慎ちゃん。君はやっぱり、私が雫ちゃんを殺したって考えてるんでしょう」
凛とした瞳に僕の顔は射貫かれて、言葉を詰まらせてしまった。
もちろん、彼女がフードの不審者であるという可能性が高い以上、僕は琉姫を犯人だと見立てていた。
現状では姉が殺されたのと同時に見つかった不審者の報告。誰でも不審者と姉の死に関連を持つのは不思議なことではない。
それは僕だけでなく、警察だってその可能性を考えているはずだ。
仮にも殺人事件なのだ。警察の動向は知るところではないが、僕たちが掴んでいる情報なんて既に持っているはずだと思った。
そして、そこから容疑者の一人として不審者を探しているのもまた、想像ができる範疇だった。
「……思ってるよ」
「そうだよね。普通に考えればそうなるよね」
琉姫の態度は変わらなかった。
しかし、声の調子は落ち込んだもので、どこか裏切られたというか、見捨てられた。というニュアンスを感じる。何かを諦めた時に出る言葉に近かった。
「それだと、私は雫ちゃんを殺していない。って言っても信じてくれない、よね」
「残念だけど……。きっちりを不審者ではないという証拠を見せて、潔白を証明してくれないことには僕は琉姫姉ちゃんを信用できないよ」
「それはちょっと、難しいかな」
哀愁を帯びた瞳を見せて、琉姫が笑みを作る。
「だって、フードの不審者っていうのは、私のことだもん」
ゆっくりと、しかしはっきりと、琉姫はそう言った。
「やっぱり、そうなんだね」
「あんまり驚いたりしないんだね。そこまで私が不審者だって確信があったんだ」
「まぁ……ね」
捜索をしている間、琉姫が不審者を庇うような発言はいくつもあった。その時点で僕は本当のところは不審者を探すつもりはないんだろうと考えていた。
「でもね、雫ちゃんを殺したのは私じゃないよ」
「……なにを」
僕は琉姫に怪訝な表情を見せる。
不審者イコール姉殺しの犯人。
この方程式が出来上がっている状態で、そんなことを言われてもとても信じる気にはなれなかった。
それは僕だけではない、地元の住民や警察だってそうだろう。
「じゃあ聞くけど、琉姫姉ちゃんが殺していないって証拠はあるの?」
「ないよ。そんなもの、どこにもない」
「じゃあ、何を言っても琉姫姉ちゃんを信じることはできないね」
「うん、それもわかってる……」
琉姫は茂みを抜けるように歩きだした。
またどこかに行かれてしまったら困ったことになると思った僕は琉姫に距離をあけないように後ろをついて歩く。
真っすぐと石の社に向かって歩いた琉姫は社の前で立ち止まる。
地面に打ち付けられた二つの柱。それに乗っかかるように置かれた石を琉姫は見上げていた。
「私はね、雫ちゃんを殺した犯人がいるのなら、どうしても見つけたいんだよ」
「……どうして?」
「そんなの決まってるじゃない。彼女は――雫は私の親友だから。敵を討ちたいって思うのは当然のことでしょう」
琉姫は視線を変えることはなく、当たり前のように言った。
あまりに堂々とした態度に、思わず納得しかけた頭を必死に振った。
「でも私は馬鹿だから、どれだけ考えても犯人のことなんてわかりっこない。だからここに来たの」
「どういうこと?」
「ここは黄泉比良坂。死者が住む世界に繋がる門がある場所。ここを通って直に雫ちゃんから話を聞けば、犯人を見つけることができるかも」
琉姫は門ばかりを見てこちらを見ていない。だから本気なのか冗談で言っているのか、いまいち判断できなかった。
「意外だよ。琉姫姉ちゃんがそんなよくわからない伝承を信じているなんて」
皮肉交じりに言うと、琉姫はくすくすと小さな笑い声を出す。
「もちろん私も信じてないよ。いや、信じてなかったっていうのが正しいのかな?」
「今は信じてるってこと? どうしてさ」
「……馬鹿馬鹿しい話なんだけどさ、声が聞こえたんだ」
琉姫が見上げた顔を下ろす。
相変わらずこちらを振り向かない琉姫は何かに憑りつかれているような、そんな不気味さを感じる。森に囲まれたこの環境のせいでそう見えるのだろうか。
「ここに来て雫ちゃんに会おうと決めたのもその声が原因なんだ。怖くて幻聴だと思おうとしたけど、多分声をかけたのは雫ちゃんだったから、だから試してみようと思った」
「……」
琉姫が話している間に僕は少しだけ琉姫との距離を詰めた。
気づかれないように、ゆっくりと。
「姉ちゃんは、なんて言ってたの?」
「ん~~なんていうか、正確には声というかテレパシー? みたいな感じだったんだけど。声を聞いた途端、黄泉比良坂に来ないといけないって直観的に感じたんだ」
「そうなんだ」
話している間に、僕はまた一歩琉姫に詰め寄った。
彼女の姿はもう目の前で、吐息が当たるくらいの近さに背中がある。
「もし本当に姉ちゃんが琉姫姉ちゃんを呼んだのだとしたら、姉ちゃんは犯人のことを『思い出した』のかもしれないね」
「思い出した? てか、なんか慎ちゃん近くなっ――」
顔だけこちらに振り返りそうになった琉姫の背中を、僕は勢いよく押し出した。
彼女の細い体は僕の力に負けて姿勢を崩して前に前によろめき歩く。
バランスを取ることが出来ずに琉姫は四つん這いに倒れ込んでしまった。
「慎ちゃんっ!? なにをっ」
驚きの声を上げる琉姫を無視して僕は開いた分の距離を詰める。
転んだり足をもつれたりしないように。慎重に。慎重に。
「何って、手伝ってるんだよ。要するに、琉姫姉ちゃんは姉ちゃんのいる場所に行きたいんだろう? だから連れてってあげるよ」
再び琉姫の近くに移動して手が届く距離まで近づいた時には丁度、琉姫が立ち上がったところだった。
背中に手を当ててシワになった服を握りこむ。そして力の限り前に押した。
「そんな非科学的なことはないと思うけど、僕も姉ちゃんの幽霊を見たことがあるからね。念のため喋れないようになってもらうよ」
「……まかさ、慎ちゃん……?」
僕の力に必死に抵抗しながら、琉姫は顔だけ動かしてこちらを見た。
目を見開いて、心底驚いた表情だ。信じられない。といった心境なのだろうか。
その顔がとても愉快に感じて、僕は何も知らない彼女に説明をしてあげようと思い立つ。
「そうだよ。姉ちゃんを殺したのは僕だ。死んでも生き返ってきそうなくらいふてぶてしい性格だったのに、いざ殺してみたらあっけないものだったよ」
「なんで……!? 唯一残った肉親なんだよ!?」
「……だから何?」
琉姫がどうして取り乱しているのか理解ができない。
肉親を殺すのと、全く知らない赤の他人を殺すこと。いったいなにが違うのだろうか。
「質問の意味がよくわからないけど、殺した理由は単純さ。僕の人生に重荷になってる姉ちゃんが邪魔だった。そう、単純に邪魔だったんだよ」
説明をしながらも、僕は琉姫を押す力を弱めない。
体躯が貧弱な琉姫は抵抗をしてはいるが、少しずつ門に向かって押し出されていく。
「僕にも予定があるのに、何かにつけて使い走りをさせられるし、ちょっとしたことで泣き出せば何時間も相手をしなければいけない。琉姫姉ちゃんはよく町から離れてるから知らないだろうけど、それが原因で僕は高校に登校することすらできなくなってるんだよ」
「こ、高校、に……?」
力んだ体から息が漏れ出すように、琉姫は話す。
では、なんでこのタイミングで昔のことを思い出しのか、というのが心にひっかかりを感じた。
琉姫は座っていた状態から立ち上がり、スカートについた泥や枯草を払う。そうしてからゆっくりと石の社の方に振り向いた。
僕の質問の意図は理解しているようで、どう返事をしようか少し考えている様子を見せていた。
「慎ちゃん。君はやっぱり、私が雫ちゃんを殺したって考えてるんでしょう」
凛とした瞳に僕の顔は射貫かれて、言葉を詰まらせてしまった。
もちろん、彼女がフードの不審者であるという可能性が高い以上、僕は琉姫を犯人だと見立てていた。
現状では姉が殺されたのと同時に見つかった不審者の報告。誰でも不審者と姉の死に関連を持つのは不思議なことではない。
それは僕だけでなく、警察だってその可能性を考えているはずだ。
仮にも殺人事件なのだ。警察の動向は知るところではないが、僕たちが掴んでいる情報なんて既に持っているはずだと思った。
そして、そこから容疑者の一人として不審者を探しているのもまた、想像ができる範疇だった。
「……思ってるよ」
「そうだよね。普通に考えればそうなるよね」
琉姫の態度は変わらなかった。
しかし、声の調子は落ち込んだもので、どこか裏切られたというか、見捨てられた。というニュアンスを感じる。何かを諦めた時に出る言葉に近かった。
「それだと、私は雫ちゃんを殺していない。って言っても信じてくれない、よね」
「残念だけど……。きっちりを不審者ではないという証拠を見せて、潔白を証明してくれないことには僕は琉姫姉ちゃんを信用できないよ」
「それはちょっと、難しいかな」
哀愁を帯びた瞳を見せて、琉姫が笑みを作る。
「だって、フードの不審者っていうのは、私のことだもん」
ゆっくりと、しかしはっきりと、琉姫はそう言った。
「やっぱり、そうなんだね」
「あんまり驚いたりしないんだね。そこまで私が不審者だって確信があったんだ」
「まぁ……ね」
捜索をしている間、琉姫が不審者を庇うような発言はいくつもあった。その時点で僕は本当のところは不審者を探すつもりはないんだろうと考えていた。
「でもね、雫ちゃんを殺したのは私じゃないよ」
「……なにを」
僕は琉姫に怪訝な表情を見せる。
不審者イコール姉殺しの犯人。
この方程式が出来上がっている状態で、そんなことを言われてもとても信じる気にはなれなかった。
それは僕だけではない、地元の住民や警察だってそうだろう。
「じゃあ聞くけど、琉姫姉ちゃんが殺していないって証拠はあるの?」
「ないよ。そんなもの、どこにもない」
「じゃあ、何を言っても琉姫姉ちゃんを信じることはできないね」
「うん、それもわかってる……」
琉姫は茂みを抜けるように歩きだした。
またどこかに行かれてしまったら困ったことになると思った僕は琉姫に距離をあけないように後ろをついて歩く。
真っすぐと石の社に向かって歩いた琉姫は社の前で立ち止まる。
地面に打ち付けられた二つの柱。それに乗っかかるように置かれた石を琉姫は見上げていた。
「私はね、雫ちゃんを殺した犯人がいるのなら、どうしても見つけたいんだよ」
「……どうして?」
「そんなの決まってるじゃない。彼女は――雫は私の親友だから。敵を討ちたいって思うのは当然のことでしょう」
琉姫は視線を変えることはなく、当たり前のように言った。
あまりに堂々とした態度に、思わず納得しかけた頭を必死に振った。
「でも私は馬鹿だから、どれだけ考えても犯人のことなんてわかりっこない。だからここに来たの」
「どういうこと?」
「ここは黄泉比良坂。死者が住む世界に繋がる門がある場所。ここを通って直に雫ちゃんから話を聞けば、犯人を見つけることができるかも」
琉姫は門ばかりを見てこちらを見ていない。だから本気なのか冗談で言っているのか、いまいち判断できなかった。
「意外だよ。琉姫姉ちゃんがそんなよくわからない伝承を信じているなんて」
皮肉交じりに言うと、琉姫はくすくすと小さな笑い声を出す。
「もちろん私も信じてないよ。いや、信じてなかったっていうのが正しいのかな?」
「今は信じてるってこと? どうしてさ」
「……馬鹿馬鹿しい話なんだけどさ、声が聞こえたんだ」
琉姫が見上げた顔を下ろす。
相変わらずこちらを振り向かない琉姫は何かに憑りつかれているような、そんな不気味さを感じる。森に囲まれたこの環境のせいでそう見えるのだろうか。
「ここに来て雫ちゃんに会おうと決めたのもその声が原因なんだ。怖くて幻聴だと思おうとしたけど、多分声をかけたのは雫ちゃんだったから、だから試してみようと思った」
「……」
琉姫が話している間に僕は少しだけ琉姫との距離を詰めた。
気づかれないように、ゆっくりと。
「姉ちゃんは、なんて言ってたの?」
「ん~~なんていうか、正確には声というかテレパシー? みたいな感じだったんだけど。声を聞いた途端、黄泉比良坂に来ないといけないって直観的に感じたんだ」
「そうなんだ」
話している間に、僕はまた一歩琉姫に詰め寄った。
彼女の姿はもう目の前で、吐息が当たるくらいの近さに背中がある。
「もし本当に姉ちゃんが琉姫姉ちゃんを呼んだのだとしたら、姉ちゃんは犯人のことを『思い出した』のかもしれないね」
「思い出した? てか、なんか慎ちゃん近くなっ――」
顔だけこちらに振り返りそうになった琉姫の背中を、僕は勢いよく押し出した。
彼女の細い体は僕の力に負けて姿勢を崩して前に前によろめき歩く。
バランスを取ることが出来ずに琉姫は四つん這いに倒れ込んでしまった。
「慎ちゃんっ!? なにをっ」
驚きの声を上げる琉姫を無視して僕は開いた分の距離を詰める。
転んだり足をもつれたりしないように。慎重に。慎重に。
「何って、手伝ってるんだよ。要するに、琉姫姉ちゃんは姉ちゃんのいる場所に行きたいんだろう? だから連れてってあげるよ」
再び琉姫の近くに移動して手が届く距離まで近づいた時には丁度、琉姫が立ち上がったところだった。
背中に手を当ててシワになった服を握りこむ。そして力の限り前に押した。
「そんな非科学的なことはないと思うけど、僕も姉ちゃんの幽霊を見たことがあるからね。念のため喋れないようになってもらうよ」
「……まかさ、慎ちゃん……?」
僕の力に必死に抵抗しながら、琉姫は顔だけ動かしてこちらを見た。
目を見開いて、心底驚いた表情だ。信じられない。といった心境なのだろうか。
その顔がとても愉快に感じて、僕は何も知らない彼女に説明をしてあげようと思い立つ。
「そうだよ。姉ちゃんを殺したのは僕だ。死んでも生き返ってきそうなくらいふてぶてしい性格だったのに、いざ殺してみたらあっけないものだったよ」
「なんで……!? 唯一残った肉親なんだよ!?」
「……だから何?」
琉姫がどうして取り乱しているのか理解ができない。
肉親を殺すのと、全く知らない赤の他人を殺すこと。いったいなにが違うのだろうか。
「質問の意味がよくわからないけど、殺した理由は単純さ。僕の人生に重荷になってる姉ちゃんが邪魔だった。そう、単純に邪魔だったんだよ」
説明をしながらも、僕は琉姫を押す力を弱めない。
体躯が貧弱な琉姫は抵抗をしてはいるが、少しずつ門に向かって押し出されていく。
「僕にも予定があるのに、何かにつけて使い走りをさせられるし、ちょっとしたことで泣き出せば何時間も相手をしなければいけない。琉姫姉ちゃんはよく町から離れてるから知らないだろうけど、それが原因で僕は高校に登校することすらできなくなってるんだよ」
「こ、高校、に……?」
力んだ体から息が漏れ出すように、琉姫は話す。
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