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「こんなところで何やってるんだよ。探してたんだぞ」
「そう、そっか。ごめんね。手間かけちゃったみたいで」

 申し訳なさそうに謝る琉姫だったが表情はかわらない、緊張で強張ったような姿のままで顔を伏せていた。

「どうして、私がここにいるってわかったの?」
「それは……」

 姉の後をついてきたらここにやって来た。とは言えずに僕は言葉に詰まってしまった。

「琉姫姉ちゃんの家に行った帰りだったんだけど、帰る時に勘、というか導きみたいなものを感じて、気付いたらここにきてたんだよ」
「……なにそれ」
「うん……変なこといってるよな。僕。気にしないでくれ」

 あしらうように言うと、琉気は僕に対してかぶりを振る。

「ううん、信じる。導いてくれたのは多分、雫ちゃんだと思うから」
「姉ちゃんが……?」

 姉の名前が出てきて僕は一瞬ドキリとした。
 琉姫にその様子を感づかれていないようだったので、急いで平静を取り繕う。

「なんで姉ちゃんがそんなことを」
「だって、この場所を知っているのは私と雫ちゃんだけだもの」

「そっか、覚えてたんだ」と言いながら、琉姫は顔を上げて表情を緩やかにして小さく口角を上げる。

「畑以外なーんにもないこの土地で、どうして観光客がここまでやってくるか知ってる?」
「そりゃもちろん知ってるよ。黄泉比良坂を見に来ているんだろ?」

 本来ひっそり設置されていた黄泉比良坂だったが、市長の判断で伝承を含めて大々的にその存在を世間に広めた。
 痩せていく街を少しでも栄えさせようとする市長なりの策謀だったのだろうけど、実際のところ効果は絶大で、PRを始めてから観光客は後を絶たない。
 僕は自信満々に答えると、琉姫は首を軽く横に振った。

「半分正解だけど、理由が説明できてないから半分間違いってところかな。私も話に聞いただけなんだけど、観光客のほとんどは親しい人を亡くした人たちなんだって」
「へぇ、大事な人を亡くしているのに観光に来るなんて呑気な人たちだね」

 冗談のつもりで軽口を叩くと、琉姫が「茶化さないの」と言葉だけで怒る。

「ここにある石の社は死者が向かう場所、黄泉と繋がっている。ここにきている人たちはみんな、亡くした大事な人にもう一度会いたくてやってきてるんじゃないのかな」
「そんなこと非科学的なこと、ありえないよ。人は死んだらそれでお終いだ。そこから先なんてない。実際に死者と出会えた例なんて聞いたこともないしね」
「それでも、ありえないと思っていても、藁にすがる気持ちでここまで来たんだよきっと。大事な人に会って、言えなかったことや、言いたかったことを言う為にさ」

 石の社がある方向を見ながら、琉姫は自分のことのように話す。

「……琉姫姉ちゃんもそれでここに来たの?」
「そう、なるのかな」

 琉姫は辺りを確認してから僕の方を見た。

「ここ、よく雫ちゃんと遊びにきた場所だったんだよ」
「姉ちゃんと?」
「そ、実際に出会って仲良くなったあたりかな。顔を合わせたのはいいけど雫ちゃんは外で遊ぶのに慣れてないし、私は街の外しかわからなかったから、じゃあ観光名所になってる黄泉比良坂でも見に行こうってことになってね」

「――遊びに、ねぇ」

 遊具も無ければ休憩所のようなもののないただ険しいだけの通路、しかも一歩道を逸れたら森の中だ。
 虫取りにやってくる少年以外、こんなところに用事があるとはとても思えない。

「慎ちゃんの考えてることはなんとなく予想つくよ、何して遊んでたんだって思ったでしょう」
「まぁ、そんな感じ」
「やっぱり、まぁこんなところで女の子が遊ぶなんて想像つかないよね」

 僕の反応が予想通りだったのか、くすくすと琉姫が笑う。

「別に遊びにきたわけじゃないんだよ。どこに行こうかって話をしていた時、雫ちゃんの両親の話が出てきたんだ。よくは知らないけど、事故でなくなったんだよね?」
「父さんはね。母さんは病気で亡くなったんだけど、それからすぐだった。仕事に向かう途中、車で事故にあったんだ」
「そう、だったんだ」

 琉姫は悲しそうな表情をしていた。
 僕が哀れに思えたのかもしれない。

「大丈夫。昔のことだから実はそこまで覚えていないんだ。姉ちゃんも話題に出さないから同じだと思ってたんだけど」
「ううん……雫ちゃんはその時のこと、良く覚えていたみたいだよ。雫ちゃんはお父さんもお母さんも大好きで、ずっとずっと一緒にいるものだと思ってた、それなのに急にいなくなってどうしたらいいのかわからないって、私にはそう言ってたんだ」
「……初耳だよ」

 親の葬儀に並んでいた僕は、特別何も考えてはいなかった。
 人間には寿命というどうしようもない制限時間がある。
 例えどんな死に方をしたとしても、死んだ瞬間がその人の寿命。簡単にいえば生きる時間が終了しただけの話なのだ。

 その瞬間は誰にでもやってくる、両親にも、もちろん僕にも。そんなものに感情を揺さぶられてもしょうがないと僕は思っていた。だが姉は違ったらしい。
 葬儀の時には僕と同じように表情を作らずじっと終わるのを待っていた。
 その姿を見て僕は姉と同じ意識を共有していると勝手に思っていたのだが、話を聞く感じでは、心の中は哀しみで溢れていたのだろうか。

「それで、この場所のことを思い出した私は言ったんだ。「両親に会いに行こう」って。雫ちゃんもすぐに理解したよ、そしてそのまま、ここまでやってきたの」
「でも、琉姫姉ちゃんと姉ちゃんが絡むようになった時って、もうここは閉め切られていたんじゃない?」

 事故が起きて進入禁止になったのは僕がかなり小さかった時だ。時間にして十年は経っていると思う。
 琉姫と姉が出会ったのは多く見積もっても三年ほどで、ここには入れなくなっているはずなのだが、

「そんなの、乗り越えて入るに決まってるじゃない」
「……そっか」

 ――どうやら世の中には『進入禁止』という文字の意味がわからない人種がいるらしい。
 まぁ、鈴を追いかけていたとはいえ、僕も人のことは言えないか。

「昔に忍び込んだ時はこの辺りはまだ木も少なくて、入るのが楽だったんだけど、数年経つと大分印象がかわるね。入りにくかったから服がどろどろになっちゃったよ」
「なるほどね……」

 つまり琉姫は昔を懐かしんでここまでやってきていたということだ。
 僕の呼びかけに返事をしなかったのは大方、ここを管理している誰かがやってきて身を潜めていた、というあたりか。
 でもそう考えると疑問に残ることが一つある。

「どうしてこんなところに?」

 僕はさっき投げかけた質問と同じようなことをもう一度問いかけた。
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