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チリリリン。
悩んでいると突然腰に下げていた鈴が鳴った。
「姉ちゃん……?」
一度や二度でなく、何度も鳴り続ける鈴の音に何事かと戸惑う。
鈴を鳴らしているということは、とにかく僕に用事があるということだ。
しかし僕の言う事を無視して姉が何かを書きださないようにペンと書けるものを持ってきていない。
これでは話を聞くのに時間がかかってしまう。
辺りを確認してみるが人はいない――だからといってあまり長く姉と話すのは人に見られるリスクが高いと考えてしまい、話を切り出すことができなかった。
「ん、あっ、ちょっと!」
黙ったままの僕の態度に姉が痺れを切らしてしまったのか、器用に鈴をぶら下げていた紐を外して鈴を持ち去ってしまった。
端から見ても、僕から見ても、鈴が一人でに浮き上がって重力を無視した動きで空中に浮いている。これだって見られたら誤魔化すのが大変だ。
「姉ちゃん。鈴取っちゃだめだって」
中空に浮いている鈴を掴もうと手を伸ばす。
しかしあと一歩のところで鈴はひらりと身を躱した。
「なに、してるんだ、よっ」
逃げる先から手を伸ばして捕まえようとするが、縦横無尽に移動する鈴を捕まえるのは至難の技だ。
そうしている間に鈴は琉姫の家から離れて遠くに逃げていった。
「おいおい、どうしたんだよ姉ちゃん!」
驚きながらも僕は急いで追いかけた。
あんなものが誰かに見られたら大問題だ。
こんな田舎だと瞬くまに話が広がってしまう。そんなことになれば平穏な生活はお終いだ。
僕は冷や汗を垂らしながら追いかける速度を上げた。
「いったいどうしたっていうんだ……っ!」
この数日の間。いや、姉が生きていた間だってここまで勝手な行動を取るのは始めてだった。
色々なものに自信を失くして、無気力に生きていた姉。
その姿はまだ記憶に残っている。その記憶に映る姉と全く違うアクティブな行動に、僕は面食らっていた。
道中何度か鈴を捕まえるチャンスを見つけては取り逃がす、ということを数回行いつつ追いかけていると住宅地を抜けて僕たちの家がある辺りに戻ってきた。
そのまま家に帰るのだろうとアタリをつけていたが、鈴は家を通り過ぎてそのまま山に入っていった。
観光客用に舗装された道にはちらほらと人がいた。目的地に向かう為に装備を整えた外国人客や別の県の人たちだ。
姉は理性が残っていたのか、鈴はその道を避けるように獣道の中に突っ込む。
「マジで……」
鈴が入って言った場所は正真正銘の獣道。
畑の作物や住み着いた害獣を目当てに山から下りてくる自然動物たちの通り道だった。
草が押し潰されて辛うじて道の状態を保っているが、上部に木の枝が密になって固まっていて、できるだけ入りたくはない。
躊躇していると鈴はどんどん山の中を進んでいき、このままだと見えなくなりそうだった。
覚悟を決めた僕は腕を頭の前に持ってきて獣道を突き進む。
「くそっ!」
入ってすぐに小さな枝が腕を叩く。
通り過ぎる時に擦ったせいでずきずきと痛みを感じた。
腕を出してなかったら顔に直撃していたと思うと頬のあたりが痒くなる。
枝は一か所だけではなくそこらじゅうにある。
先に進むほど腕を叩かれて、硬い樹皮で肌を擦りつけられて、炎症による熱なのか、それとも単純に痛みを感じているのか。どちらかわからない状態になってきた。
「姉ちゃん! わかった、わかったからっ! とにかく一度止まってくれ!」
腕の痛みばかりでなく、悪路のせいで脚まで持ち上がらなくなってきた。
山道なだけに今いる場所は緩やかながらも勾配になっている。
ここで脚を踏み外しでもしたら転落して大怪我をしてしまうかもしれない。
止まってもらおうと姉に向かって叫んだが、鈴の勢いが衰えることはない。
我がままな態度に僕の言動を無視する姿勢に苛立ちを覚えたが、疲労感がすぐさま覆いかぶさってきて体のだるさに気を取られてしまう。
鈴はどこまでも進んでいき、ついには山の中腹までやってきた。
森を抜けて開けた場所が現れる。ヒヤリとした風が身体を撫でてきて、そこで初めて自分の身体が汗で湿っていることに気付いた。
「ここって……もしかして……」
辺りを伺うと見た事のある景色だった。
僕たちの土地にある山には、山頂に続く細い山道の途中に蛇が獲物を丸呑みにした時のような、大きく膨らんだ箇所がある。
ここがその位置にあたる。
真ん中を始点として、両端には先細りした山道が続いている。
片方は山を降りる下山ルートで石を段差上に埋め込んで泥で押し固めたような、原始的な階段がある。
そしてもう片方、こちらは山頂に続くルートで同じような階段が申し訳程度に設置されている。
ただひとつ、下山ルートと違う点が一つだけあった。
「やっぱり、黄泉比良坂じゃないか」
山頂ルートの道の入口にある、巨石を積み重ねて鳥居を模した黄泉比良坂という門に触れる。
この土地でずっと、あの世とこの世が繋がっていると言い伝えられている『門』がある場所だった。
ここを通ってしまったが最後、黄泉の世界に迷い込んでしまい、死者と会うことが出来るという。と言う話なのだが。僕はずっと信じてはいなかった。
そもそもこの門を通らなければ山頂に向かうことができないのだ。
それに山頂までの道は簡単にだけど舗装されている。
門を通るとあの世にいってしまうのなら、この道はいったい誰が舗装したというのだ。
ちなみに獣道を使って門を迂回したとしても、ここを境に山道は急勾配になっている。
迂闊に道を逸れると怪我をする危険性があった。
そんな坂道、石畳を持ちながら移動するなんてどう考えても不可能だ。
ちなみにこれは実際にあった話だが、観光客のグループが悪ふざけで道を逸れて登って来たことがあった。
初めは緩や斜面だから油断したのか、それとも経験者で自信があったのだろうか。
今となってはわからないが、彼らは踏み慣らされていない道を勢いよく踏みつけてしまい、地面は崩れ落ち、それに巻き込まれる形で滑落してしまった。
救助に出ようにも森の中であり足場も不安定。二次被害の恐れもあって救助活動は難航した。
そうしてる間に、落下してしまった観光客たちはゆるやかに命を落とし、ついには全滅してしまった。
それ以来、観光客が来れるのはもう少し下にある細道までに制限をかけられた。
地元の人間である僕も例外ではなく、立ち入り禁止になってから長いこと訪れたことがなかった。
石造りの社を観察してから辺りを見渡すと、金色の光沢を僅かに輝かせる鈴が、道の端で浮いたまま止まっていた。
僕は鈴を見つめながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
慌てて追いこうとして、また逃げられでもしたらかなわない。さっきまでの道と違って、ここは足場も不安定だ、ひょんなことから落下して大事故になるかも知れなかった。
「……姉ちゃん、どうしたんだよ」
手を伸ばせば鈴を捕まえられる距離まで近寄ってから、刺激しないようにゆっくりと声をかけた。
だが返事はない。鈴は宙に固定されたままで動くことはなく、そういうオブジェクトのように佇まっていた。
「……ここに何かあるのか?」
立ち止まっているということは何かしら関心のあるものがあるということだ。そう思った僕は鈴の横について目の前を確認した。
目の前には土を盛り上げたように斜面があった。
斜めになった土から木の幹が伸びていて、歪な形で枝が垂れ下がっている。
そんな樹木がいくつもあって視界が遮られている。
パッと見た感じ、とても何かがあるように見えない。
それでも鈴は動くことはなく、森の中を覗いているように鈴に開いた空洞部分を森に向けて停止し続けていた。
目の前にある平地と言える部分は三十センチもない。何かを見ているとしたら森の中ということか……。
「わかった……見てみるよ」
別にお願いされたわけではなかったのだが、僕はあえてそう言うと比較的小さめの枝を見繕って掻き分けた。
一つの枝を退けた先は相変わらず森の中。
太陽光も遮られてるせいで、まだ明るい時間だというのに森の中は夜のように暗くなっていて、僕は一瞬だけ入るのを躊躇した。
しかしいつまでもそうしてはいられない。
鈴は相変わらず動く気配はないし、ここで時間を喰っていたら琉姫がこの町から離れてしまう可能性もある。
僕は意を決して森の中に足を踏み入れた。
「凄いな……」
森の中を進んでいくのは思った以上に骨が折れた。
枝はなんとか手で折ったり曲げることができたが、地面がゆるい。
足を乗せて体重をかけると自分の身体が沈んでいくのを感じるくらいだ。
迂闊に進めば地面が雪崩のように滑り落ちて怪我をしないまでも泥まみれになってしまうだろう。
一歩。また一歩。細心の注意を払いながら僕は森の中に踏み込んでいった。
「……あれ」
社がある平地から五メートルくらい進んだところだろうか。足を乗せると今までと違って地面のしっかりとした固さが伝わってきた。
疑問に思って地面を覗き込むと、雑草を巻き込んで足跡がいくつか残っていた。
僕はまだここに入ってきたばかり、ということはどうやら先客がいるようだ。
姉が見ていたのはこの人物なのだろうか。
足跡はひとつではなく、いくつも残っていて一方向に進んでいた。
僕はその後を追いかけるように森の奥に進む。
地面が均されて歩きやすくなった分、進むスピードがあがってあっというまにもう五メートルほど進んだその先で、茂みが揺れる音が聞こえた。
「誰かいるのか?」
「………」
僕の呼びかけに返事はなかった。
しかし声は聞こえていたようで、話しかけると目に見えて奥にいる人物の呼吸音が荒くなる。
小さく聞こえる呼吸音を頼りにもう少し奥まで進むと、しゃがみこんだ状態の人が見えてきた。
「琉姫姉ちゃん?」
「……慎ちゃん、か」
三角座りをしていた琉姫が顔だけをこちらに向けていた。
メイクで綺麗に整えられた顔面は泥と葉が覆いかぶさり泥遊びをした子供のように汚れている。
服も同様で、フリルがいくつもついたピンク色のシャツは泥水でも跳ねたように濡れて、土がこびりついていた。
悩んでいると突然腰に下げていた鈴が鳴った。
「姉ちゃん……?」
一度や二度でなく、何度も鳴り続ける鈴の音に何事かと戸惑う。
鈴を鳴らしているということは、とにかく僕に用事があるということだ。
しかし僕の言う事を無視して姉が何かを書きださないようにペンと書けるものを持ってきていない。
これでは話を聞くのに時間がかかってしまう。
辺りを確認してみるが人はいない――だからといってあまり長く姉と話すのは人に見られるリスクが高いと考えてしまい、話を切り出すことができなかった。
「ん、あっ、ちょっと!」
黙ったままの僕の態度に姉が痺れを切らしてしまったのか、器用に鈴をぶら下げていた紐を外して鈴を持ち去ってしまった。
端から見ても、僕から見ても、鈴が一人でに浮き上がって重力を無視した動きで空中に浮いている。これだって見られたら誤魔化すのが大変だ。
「姉ちゃん。鈴取っちゃだめだって」
中空に浮いている鈴を掴もうと手を伸ばす。
しかしあと一歩のところで鈴はひらりと身を躱した。
「なに、してるんだ、よっ」
逃げる先から手を伸ばして捕まえようとするが、縦横無尽に移動する鈴を捕まえるのは至難の技だ。
そうしている間に鈴は琉姫の家から離れて遠くに逃げていった。
「おいおい、どうしたんだよ姉ちゃん!」
驚きながらも僕は急いで追いかけた。
あんなものが誰かに見られたら大問題だ。
こんな田舎だと瞬くまに話が広がってしまう。そんなことになれば平穏な生活はお終いだ。
僕は冷や汗を垂らしながら追いかける速度を上げた。
「いったいどうしたっていうんだ……っ!」
この数日の間。いや、姉が生きていた間だってここまで勝手な行動を取るのは始めてだった。
色々なものに自信を失くして、無気力に生きていた姉。
その姿はまだ記憶に残っている。その記憶に映る姉と全く違うアクティブな行動に、僕は面食らっていた。
道中何度か鈴を捕まえるチャンスを見つけては取り逃がす、ということを数回行いつつ追いかけていると住宅地を抜けて僕たちの家がある辺りに戻ってきた。
そのまま家に帰るのだろうとアタリをつけていたが、鈴は家を通り過ぎてそのまま山に入っていった。
観光客用に舗装された道にはちらほらと人がいた。目的地に向かう為に装備を整えた外国人客や別の県の人たちだ。
姉は理性が残っていたのか、鈴はその道を避けるように獣道の中に突っ込む。
「マジで……」
鈴が入って言った場所は正真正銘の獣道。
畑の作物や住み着いた害獣を目当てに山から下りてくる自然動物たちの通り道だった。
草が押し潰されて辛うじて道の状態を保っているが、上部に木の枝が密になって固まっていて、できるだけ入りたくはない。
躊躇していると鈴はどんどん山の中を進んでいき、このままだと見えなくなりそうだった。
覚悟を決めた僕は腕を頭の前に持ってきて獣道を突き進む。
「くそっ!」
入ってすぐに小さな枝が腕を叩く。
通り過ぎる時に擦ったせいでずきずきと痛みを感じた。
腕を出してなかったら顔に直撃していたと思うと頬のあたりが痒くなる。
枝は一か所だけではなくそこらじゅうにある。
先に進むほど腕を叩かれて、硬い樹皮で肌を擦りつけられて、炎症による熱なのか、それとも単純に痛みを感じているのか。どちらかわからない状態になってきた。
「姉ちゃん! わかった、わかったからっ! とにかく一度止まってくれ!」
腕の痛みばかりでなく、悪路のせいで脚まで持ち上がらなくなってきた。
山道なだけに今いる場所は緩やかながらも勾配になっている。
ここで脚を踏み外しでもしたら転落して大怪我をしてしまうかもしれない。
止まってもらおうと姉に向かって叫んだが、鈴の勢いが衰えることはない。
我がままな態度に僕の言動を無視する姿勢に苛立ちを覚えたが、疲労感がすぐさま覆いかぶさってきて体のだるさに気を取られてしまう。
鈴はどこまでも進んでいき、ついには山の中腹までやってきた。
森を抜けて開けた場所が現れる。ヒヤリとした風が身体を撫でてきて、そこで初めて自分の身体が汗で湿っていることに気付いた。
「ここって……もしかして……」
辺りを伺うと見た事のある景色だった。
僕たちの土地にある山には、山頂に続く細い山道の途中に蛇が獲物を丸呑みにした時のような、大きく膨らんだ箇所がある。
ここがその位置にあたる。
真ん中を始点として、両端には先細りした山道が続いている。
片方は山を降りる下山ルートで石を段差上に埋め込んで泥で押し固めたような、原始的な階段がある。
そしてもう片方、こちらは山頂に続くルートで同じような階段が申し訳程度に設置されている。
ただひとつ、下山ルートと違う点が一つだけあった。
「やっぱり、黄泉比良坂じゃないか」
山頂ルートの道の入口にある、巨石を積み重ねて鳥居を模した黄泉比良坂という門に触れる。
この土地でずっと、あの世とこの世が繋がっていると言い伝えられている『門』がある場所だった。
ここを通ってしまったが最後、黄泉の世界に迷い込んでしまい、死者と会うことが出来るという。と言う話なのだが。僕はずっと信じてはいなかった。
そもそもこの門を通らなければ山頂に向かうことができないのだ。
それに山頂までの道は簡単にだけど舗装されている。
門を通るとあの世にいってしまうのなら、この道はいったい誰が舗装したというのだ。
ちなみに獣道を使って門を迂回したとしても、ここを境に山道は急勾配になっている。
迂闊に道を逸れると怪我をする危険性があった。
そんな坂道、石畳を持ちながら移動するなんてどう考えても不可能だ。
ちなみにこれは実際にあった話だが、観光客のグループが悪ふざけで道を逸れて登って来たことがあった。
初めは緩や斜面だから油断したのか、それとも経験者で自信があったのだろうか。
今となってはわからないが、彼らは踏み慣らされていない道を勢いよく踏みつけてしまい、地面は崩れ落ち、それに巻き込まれる形で滑落してしまった。
救助に出ようにも森の中であり足場も不安定。二次被害の恐れもあって救助活動は難航した。
そうしてる間に、落下してしまった観光客たちはゆるやかに命を落とし、ついには全滅してしまった。
それ以来、観光客が来れるのはもう少し下にある細道までに制限をかけられた。
地元の人間である僕も例外ではなく、立ち入り禁止になってから長いこと訪れたことがなかった。
石造りの社を観察してから辺りを見渡すと、金色の光沢を僅かに輝かせる鈴が、道の端で浮いたまま止まっていた。
僕は鈴を見つめながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
慌てて追いこうとして、また逃げられでもしたらかなわない。さっきまでの道と違って、ここは足場も不安定だ、ひょんなことから落下して大事故になるかも知れなかった。
「……姉ちゃん、どうしたんだよ」
手を伸ばせば鈴を捕まえられる距離まで近寄ってから、刺激しないようにゆっくりと声をかけた。
だが返事はない。鈴は宙に固定されたままで動くことはなく、そういうオブジェクトのように佇まっていた。
「……ここに何かあるのか?」
立ち止まっているということは何かしら関心のあるものがあるということだ。そう思った僕は鈴の横について目の前を確認した。
目の前には土を盛り上げたように斜面があった。
斜めになった土から木の幹が伸びていて、歪な形で枝が垂れ下がっている。
そんな樹木がいくつもあって視界が遮られている。
パッと見た感じ、とても何かがあるように見えない。
それでも鈴は動くことはなく、森の中を覗いているように鈴に開いた空洞部分を森に向けて停止し続けていた。
目の前にある平地と言える部分は三十センチもない。何かを見ているとしたら森の中ということか……。
「わかった……見てみるよ」
別にお願いされたわけではなかったのだが、僕はあえてそう言うと比較的小さめの枝を見繕って掻き分けた。
一つの枝を退けた先は相変わらず森の中。
太陽光も遮られてるせいで、まだ明るい時間だというのに森の中は夜のように暗くなっていて、僕は一瞬だけ入るのを躊躇した。
しかしいつまでもそうしてはいられない。
鈴は相変わらず動く気配はないし、ここで時間を喰っていたら琉姫がこの町から離れてしまう可能性もある。
僕は意を決して森の中に足を踏み入れた。
「凄いな……」
森の中を進んでいくのは思った以上に骨が折れた。
枝はなんとか手で折ったり曲げることができたが、地面がゆるい。
足を乗せて体重をかけると自分の身体が沈んでいくのを感じるくらいだ。
迂闊に進めば地面が雪崩のように滑り落ちて怪我をしないまでも泥まみれになってしまうだろう。
一歩。また一歩。細心の注意を払いながら僕は森の中に踏み込んでいった。
「……あれ」
社がある平地から五メートルくらい進んだところだろうか。足を乗せると今までと違って地面のしっかりとした固さが伝わってきた。
疑問に思って地面を覗き込むと、雑草を巻き込んで足跡がいくつか残っていた。
僕はまだここに入ってきたばかり、ということはどうやら先客がいるようだ。
姉が見ていたのはこの人物なのだろうか。
足跡はひとつではなく、いくつも残っていて一方向に進んでいた。
僕はその後を追いかけるように森の奥に進む。
地面が均されて歩きやすくなった分、進むスピードがあがってあっというまにもう五メートルほど進んだその先で、茂みが揺れる音が聞こえた。
「誰かいるのか?」
「………」
僕の呼びかけに返事はなかった。
しかし声は聞こえていたようで、話しかけると目に見えて奥にいる人物の呼吸音が荒くなる。
小さく聞こえる呼吸音を頼りにもう少し奥まで進むと、しゃがみこんだ状態の人が見えてきた。
「琉姫姉ちゃん?」
「……慎ちゃん、か」
三角座りをしていた琉姫が顔だけをこちらに向けていた。
メイクで綺麗に整えられた顔面は泥と葉が覆いかぶさり泥遊びをした子供のように汚れている。
服も同様で、フリルがいくつもついたピンク色のシャツは泥水でも跳ねたように濡れて、土がこびりついていた。
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