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「もしかして、フードの不審者っていうのは――」

 言葉を遮るように、リビングにインターホンの音が響く。
 しかし今は対応に出向いている暇はなかった。
 姉を殺したかもしれない人物を追い詰めているのだ。
 居留守をすればすぐにどこかにいくだろうと思って僕は黙り込む。
 それでもインターホンはお構いなしに鳴り続けた。

「……私、出るよ」

 琉姫が立ち上がり玄関へと向かった。
 そのまま逃げてしまうかと思って僕もソファから立ち上がろうとしたが、ほどなくして玄関先で話し声が聞こえてきた。
 どうやら来客にちゃんと対応しているようだった。
 どちらにせよ、こうなった以上は家主として僕も出て行かなければいけないだろう。
 もう少しというところで邪魔をされて少しだけ苛立ちを感じていたが、それを表に出さないように気持ちを落ち着けてから玄関にむかう。

「あぁ、どうも」

 玄関に向かうと、僕を見た見知らぬ男性がこちらに会釈する。
 歳は五十代、といったところだろうか。
 茶色のコートに灰色の背広を着こんでいた。
 コートは相当長い間着込んでいるのか、くたびれていて、どことなく野暮ったさを感じる。

 男性の後ろにはもう一人、付き人のような若い男性がいた。
 こちらも同じく背広姿にコートを着込んでいたが、どれもこれもクリーニングに出したばかりのように綺麗に伸びていてスタイルが良く見える。
 遅れてこちらに会釈をしてきた男性を見てから、僕も会釈を返した。

「どちらさまでしょうか?」
「あぁすいませんね。こういうものです」

 中年の男性がコートから手帳を取り出すと、慣れた手つきでこちらに見せる。
 旭日章が縫い付けられた手帳を見て、彼らが何者か理解した僕は頷いた。

「何かあったんですか?」
「いえね、昨日ここらで不審者の通報があったんですよ。それでまぁ、捕まえて話を聞いていたら、我々が到着する前にこちらに住んでいる男性とお話をしたと言ってたもんで」

 手帳を直しながら中年男性が説明する。

「あぁ……そうですか」

 話している不審者というのはフードのほうではなく、ケーキ屋の主人のようだった。

「まぁ、それでね、一応お話をということでこちらに。どうやら親族の方も関係あるみたいですし」

 一方的だったようですが。と付け加えて中年男性は琉姫を見た。

「こちらのかたは?」
「姉の友達です」
「あぁ、これはどうも。お悔み申し上げます」

 これも社交辞令というのだろうか。
 極めて事務的な会釈を交わす男性に、琉姫も慌てて会釈を返す。

「あ、申し遅れました。私、嵐山というものです。ほら、京都の。あれと同じ漢字なんですわ。ここは全然違うんですけど」

 嵐山は言いながら自分の頭を叩いた。
 薄くなった頭皮はぴしゃりっ、と良い音を鳴らすと辺りはしんと静まり返る。

「あれ、面白くなかったですか?」
「……笑うのは失礼かなと思って」
「真面目な人ですねぇ。これ、署では大ウケなんですけどね」
「そんなことないでしょう」

 間髪入れずに若い男性が言った。
 見飽きているのか、呆れているのか、クスリとも笑っていない。
 この様子だと大うけという話は信じないほうが良さそうだ。

「それで、何を話せばいいんでしょうか?」
「あぁ、まぁ簡単な質問だけなんで。それに答えてくれたら」
「あ……じゃあ私、いったん家に帰るね」

 警察の話を聞いて、琉姫が僕に向かって言った。

「いやいや、すぐに終わるんでお姉さんも気を遣わないで」
「いえ、私がいたらやりずらいかもなんで……」
「そうですかぁ? 助かります」

 嵐山に何度か会釈をした琉姫は家から出て行く。
 呼び止めたかったが警察がいる手前、声をかけるのは難しかった。

 さっきまでの話を踏まえて、僕がフードの不審者だと追及しても問題はないはずだ。
 しかし残念ならが立証する証拠を何も持っていない。
 あくまでそう思う。というだけの状態だ。

 そんな状態で警察に話を聞かれてしまい、証拠不十分となれば目も当てられない。
 そうなったら彼女が犯人だったとしても、再び追及するのは骨が折れる作業になる。

 確実に立証する為には、慎重に動かなければいけない。
 僕はいったん、琉姫のことを考えるのはやめることにした。

「んじゃあ、いいですかね?」

 嵐山はいつの間にかボイスレコーダーを用意していた。

「あ、はい。とりあえず中にどうぞ」
「や、いいですか? いやはや、この歳になると立ちっぱなしは堪えるんで、助かりますわ」

 言うと同時に嵐山は家に上がってリビングへと入っていく。
 自分の家のように遠慮のない態度が少し気になったがもちろん顔には出さない。

「失礼します」

 嵐山の後に続くように、若い男性も家の中に入ってくる。
 最後にリビングに入ると、嵐山たちは既にソファに腰かけていた。

「おお、珈琲のいい匂いがしますねぇ」
「さっき淹れたばかりなので。良かったら用意しますけど」
「頂戴します。いや私珈琲がないと生きていけない人種でして。ははは」

 頭を撫でながら嵐山は親戚のおじさんのような気さくさで笑い声を出していた。
 なんだか調子の狂う人だ。

「珈琲が好きなんですか?」
「えぇ。家ではかかぁによく淹れてもらってましてね。豆から挽いてるんですよ」
「へぇ……本格的ですね」
「でしょう。豆もこだわってましてね。行きつけの店で試行を重ねて、独自のブレンドを用意してもらってるんですよ」
「凄いですね」

 どうやら嵐山は相当の珈琲通のようだ。
 同じ趣向を持つものとしては半端なものを出せない気持ちに駆られてしまう。

「実は僕も珈琲には目が無くて、豆も持ってるんですよ。時間を貰えたら良いのをお出ししますけど」
「本当ですか、いやぁそりゃ是非飲んでみたいなっ」
「山さん、駄目ですって」

 乗り気な嵐山と対照的に、若い男性は困ったような表情をしていた。

「良いじゃねえか、時間もあるんだし固いことばっか言うなよ。そんなんじゃ続かないぞ」
「山さんは気を抜きすぎなんですよ……」

 辟易とした態度で男性は大きく息を吐く。
 二人のことは知らないが、どうやら二人の間ではこういうやり取りは慣れっこのようだった。

「それじゃあ岩瀬さん。よろしくお願いします」
「わかりました」

 話している間に沸かしていたお湯は既に沸騰していた。
 愛用のコーヒーミルで豆を挽いてから湯を止めてドリップを用意する。
 二人分を抽出するから湯を寝かせることはせずに準備が出来たらそのまま湯を入れる。
 待っていたら出来上がることには冷えてしまう。

 ゆっくりと円を描くように湯を入れる。
 ドリッパーからしっかりと抽出された珈琲がカップに落ちるのを静かに見届けて、僕は湯気の上がる珈琲を二つ、彼らの元へ持っていった。

「どうぞ」
「――良い香りだ」
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