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次の日の朝。起きがけにインターホンが鳴る。扉を開けると琉姫が立っていた。
「おはよう」
挨拶をする表情は芳しいものではなく、あれから聞き込みを続けたものの、予想通り収穫はなかったようだ。
家に上げてリビングのソファに腰かけた琉姫は脚をパタパタと動かす。
「そういえば、聞いた?」
「なにを?」
「昨日の夜。不審者が捕まったんだって」
「へぇ」
僕は気のない相槌を打った。
「興味ないの? 雫ちゃんに関係あるかも知れないんだよ」
「不審者ってさ、ケーキ屋の主人だろ。姉ちゃんの件とは関係ないよ」
「あ、知ってたの?」
「まぁ……通報したの僕だし」
「え? どういうこと……?」
琉姫は状況が掴めないといった様子で、不思議そうにこちらを見ていた。
インスタントコーヒーを淹れながら僕は簡単に状況を説明した。
納屋を見張っていても犯人は現れなかったこと。
かわりにケーキ屋の主人がやってきて姉に恋心を抱いていたこと。
常軌を逸した行動に警察へと通報したこと。
「……雫ちゃんも罪作りだね」
僕の説明を聞いた琉姫は神妙な面持ちで呟く。
同意するように頷くと僕と彼女の分の珈琲を机に持って置いた。
「わぁ、ありがとう」
「砂糖とミルクは?」
「いるっ」
一緒に持ってきた牛乳と角砂糖を淹れた容器を差し出すと、琉姫は湯気がのぼる珈琲にぼちゃぼちゃと砂糖を放り込んだ。
一つ。
二つ。
三つ。
……四つ。
ティースプーンでよくかき混ぜてから、今度はこともあろうにミルクをコーヒーカップギリギリまで注ぎ込む。
……彼女は糖尿にでもなりたいのだろうか。
琉姫に渡したコーヒーカップの中身にあった、仄かに赤味を帯びた黒い液体は瞬く間にベージュ色に変色していく。
あれでは折角の風味が台無しだ。
珈琲ではなくなった液体を口に運ぶと琉姫はまだ苦いと言いたいのか、顔にシワを寄せていた。
なんだか、見ていると口の中が甘ったるくなってきた。
僕は食べ物や飲み物に対して特別な思い入れはないが、その分珈琲にこだわりがあった。
豆から挽くときはもちろん。
インスタントであれど風味や酸味を楽しみたいから美味しく入れる工夫は惜しまない。
事前にカップに熱湯を注いで熱を送っておくし、お湯が沸騰してから適温になるまできっちり三十秒間、沸かせた湯を寝かせてもおく。
コーヒーの適温は八十度から九十五度と範囲が広い。
温度が高いほどコクが強い反面、苦味も増してしまう。
僕としてはその苦味こそを楽しみたいから温度が高めの状態で入れてることにしているのだが、あれでは折角の手間が台無しだ。
「……どうしたの?」
僕の視線に気づいた琉姫が訝しい表情をこちらに向ける。
「いや、別に」
そう言って自分の珈琲を口に運ぶ。
その珈琲を淹れるのにどれだけの手間をかけているのかを説明したい気持ちでいっぱいだったが、これはあくまで自分のこだわり。
説明して人に理解されるというほど、狭い視野は持ち合わせていない。
――うん、旨い。
それでも、目の前で無残に変形させられた茶色い液体について物申してやろうかと思ったが、僕が熱弁したところで彼女にはやっぱり何も響かないだろう。
コーヒーと一緒に口から出そうな言葉を飲み込む事にした。
「それで、どうしようか?」
「なにを?」
「犯人探し。正直さ、今の状況だと見つかる気がしないよね」
「そうだね」
今のままではいくらやってもフードの男は出てこないだろう。
琉姫だって同じことを考えているに違いない。
せめて見かけたタイミングから始めていれば、可能性もあったのだがそれは今更の話だった。
しかし僕たちにはフードの男を見つけるには情報が少なすぎる。効果がないとわかっていても、他に出来ることがない以上続けるしかない。
せめて、何かしらボロを出してくれたらいいのだけど……そうすればそこから足跡を辿ることができるかもしれないのに。
「……そもそもさ、本当にその人が犯人なのかな?」
両手で珈琲カップを持ったまま、琉姫が言った。
「急にどうしたのさ」
僕の言葉に少し間を置いてから、琉姫は話を続けた。
「うん……なんかさ、見当違いのこと、してるんじゃないかなっ、て」
「見当違いってどこらへんが?」
「わかんないけど……。なんかさ、こうじゃないっていうか、しっくりこないって言うの? なんかそんな感じでさ、違うんじゃないかって、わかる?」
「わからない」
なんだかふんわりとした表現を続ける琉姫に僕ははっきりと答えた。
「フードの男が見つかったタイミングと姉ちゃんの死体が見つかったタイミングがかぶってたんだ。そいつが一番怪しいのは疑いようがないだろう。それとも、他に姉ちゃんを殺す理由がある人がいて、そいつに心当たりでもあるの?」
「そういうのはないけど……」
「じゃあなんで関係ないと思ったんだよ」
「だから、わかんないけどって言ってるじゃんっ」
語気を強めて琉姫が言い返してくる。その姿に僕は姉のことを思い出した。
姉とも些細なことで言い合いになることが多かった。
大抵は感情に任せた姉の発言に、僕が正論を返すと姉が感情を乱して反論するといった具合だ。
その時の姉は興奮していて、自分の感情を最優先にして会話をする。
例えば、自分が置いていたケーキを食べたことを忘れていて、冷蔵庫を開けて『ケーキがなくなった』と文句を言う。
僕が『昨日食べてたよ』と言えば、そのことを覚えていない姉は『食べた記憶がない』という。そして僕が『僕は見てたから、間違いないよ』と言えば姉は感情を乱して叫び出す。
『食べた記憶ないって言ってるじゃん! あんたが食べたんじゃないのっ?』
もちろんそんなことはない。
僕は許可も取らずに人の物を食べる卑しい人間ではない。
そういう類の発言をしてから、姉の部屋に向かうと僕の記憶通り、ケーキに張り付いているフィルムが丸められて捨てられていた。
姉にそれを見せると『食べてないっていってるじゃん!』と泣き出してしまった。
癇癪を起した姉は大声で長い時間泣いていて、泣き声に辟易しながら何時間もなだめた事があった。
今の琉姫は、姉ほど酷くはないがそれに近い状態だ。
フードの男が犯人ではないと、そう思う感情に身を任せて根拠もない否定をしている。
まるで駄々をこねる子供だ。
僕に憑りついている姉も琉姫の姿を見ているはずだが、どういう感情で彼女を見ているのかが気になった。
自分を客観的に見て恥じているのだろうか、それとも自分の事は棚に上げてみっともないと感じているのだろうか。
どちらにしても、琉姫の意見は看過できない。
僕としても早いところ犯人を見つけ出さないと、いつまで経っても姉が成仏してくれないのだから。
「他に心当たりがないのなら、フードの男を探すのを止める理由はないよ。今のところ一番怪しいのはそいつなんだから」
「じゃあ慎ちゃんはそいつが犯人だって証拠があるの?」
「いや……ないけど……」
「じゃあそこまでして探す必要はないんじゃないの?」
琉姫がこちらを見据えて言い放つ。
「犯人かどうかを確認するために探してるんじゃないか……」
僕の発言に対する意趣返しのつもりだったのだろうか。だけど言ってることが滅茶苦茶だ。
探す理由と探さない理由はまるで違う、僕の言葉をそのまま使っても何の意味もない。
それがわからないほど、琉姫は取り乱しているということだろうか。
どちらにしても、今のままではまともな会話にならない。
「一度落ち着きなよ」
コーヒーカップを手に取りながら言うと、僕はゆっくりと珈琲を啜る。
「とにかく、フードの男は探して見つける。琉姫姉ちゃんの気が進まないなら僕一人でやるから、止めてくれてもいいんだよ」
「……さっきから男、男って、男とは限らないじゃん」
「……え?」
珈琲を啜る手を止めて琉姫を見る。
「……男とは限らないって、どういうこと?」
「どういうことって、そのまんまの意味だよ? なんだか慎ちゃんは男だって決めつけてるけど、直接見たわけじゃないんでしょ?」
「……そうだね、確かにそうだ」
僕は婆ちゃんたちが不審者を見かけた、という話を爺ちゃんから聞いただけだ。
実際に自分の目で見て性別を確認したわけではない。
コーヒーカップを置いて琉姫の方を見た。
「どうして、そう思ったの?」
「え?」
「確かに僕は憶測で性別を決めていた。だって聞いた情報には女性らしい要素が一つもなかったから。なのに、どうして琉姫姉ちゃんはフードの男――不審者が女かもしれないと思ったの?」
「それは……別にこれだ、って理由はないけど……」
琉姫の声はどんどん小さくなっていき、ついには口ごもる。
琉気の表情をじっと見つめ続けていると、視線から逃れるように彼女は自分の垂れ下がった髪の毛を弄り始めた。
誰から見ても挙動不審な行動は何かを隠しているのだとわかりやすく僕に教えてくれていた。
「――不審者の正体、琉姫姉ちゃんは知ってるんじゃないの?」
「……知らない」
「嘘だ」
「なんでよっ、本当に知らないのよっ」
「だったらなんで、さっきから不審者を庇うようなことばっかり言うんだよ」
「だからそれは……違うんじゃないかって思いついただけで……」
「相手は人を殺した殺人犯かもしれないんだ。それを思いつきだけで違うと否定するのはおかしいことだってわかってる?」
今の状況ではどうみても怪しいのは目撃情報もある不審者だ。
実際に婆ちゃんたちも話題に上げるくらい印象に残っている。
確信めいたものがなくても、誰だってそう思うのが普通のはずだ。
だけどそう思いたくない、思われたくないという例外が一人存在する。
見つかって言及されたら言い訳ができない人物。見つかりたくない犯人そのものだ。
僕は頭の中で手に入れた情報を整理する。
そして、確信に近いものを感じて睨みつけるように琉姫の方を見た。
「おはよう」
挨拶をする表情は芳しいものではなく、あれから聞き込みを続けたものの、予想通り収穫はなかったようだ。
家に上げてリビングのソファに腰かけた琉姫は脚をパタパタと動かす。
「そういえば、聞いた?」
「なにを?」
「昨日の夜。不審者が捕まったんだって」
「へぇ」
僕は気のない相槌を打った。
「興味ないの? 雫ちゃんに関係あるかも知れないんだよ」
「不審者ってさ、ケーキ屋の主人だろ。姉ちゃんの件とは関係ないよ」
「あ、知ってたの?」
「まぁ……通報したの僕だし」
「え? どういうこと……?」
琉姫は状況が掴めないといった様子で、不思議そうにこちらを見ていた。
インスタントコーヒーを淹れながら僕は簡単に状況を説明した。
納屋を見張っていても犯人は現れなかったこと。
かわりにケーキ屋の主人がやってきて姉に恋心を抱いていたこと。
常軌を逸した行動に警察へと通報したこと。
「……雫ちゃんも罪作りだね」
僕の説明を聞いた琉姫は神妙な面持ちで呟く。
同意するように頷くと僕と彼女の分の珈琲を机に持って置いた。
「わぁ、ありがとう」
「砂糖とミルクは?」
「いるっ」
一緒に持ってきた牛乳と角砂糖を淹れた容器を差し出すと、琉姫は湯気がのぼる珈琲にぼちゃぼちゃと砂糖を放り込んだ。
一つ。
二つ。
三つ。
……四つ。
ティースプーンでよくかき混ぜてから、今度はこともあろうにミルクをコーヒーカップギリギリまで注ぎ込む。
……彼女は糖尿にでもなりたいのだろうか。
琉姫に渡したコーヒーカップの中身にあった、仄かに赤味を帯びた黒い液体は瞬く間にベージュ色に変色していく。
あれでは折角の風味が台無しだ。
珈琲ではなくなった液体を口に運ぶと琉姫はまだ苦いと言いたいのか、顔にシワを寄せていた。
なんだか、見ていると口の中が甘ったるくなってきた。
僕は食べ物や飲み物に対して特別な思い入れはないが、その分珈琲にこだわりがあった。
豆から挽くときはもちろん。
インスタントであれど風味や酸味を楽しみたいから美味しく入れる工夫は惜しまない。
事前にカップに熱湯を注いで熱を送っておくし、お湯が沸騰してから適温になるまできっちり三十秒間、沸かせた湯を寝かせてもおく。
コーヒーの適温は八十度から九十五度と範囲が広い。
温度が高いほどコクが強い反面、苦味も増してしまう。
僕としてはその苦味こそを楽しみたいから温度が高めの状態で入れてることにしているのだが、あれでは折角の手間が台無しだ。
「……どうしたの?」
僕の視線に気づいた琉姫が訝しい表情をこちらに向ける。
「いや、別に」
そう言って自分の珈琲を口に運ぶ。
その珈琲を淹れるのにどれだけの手間をかけているのかを説明したい気持ちでいっぱいだったが、これはあくまで自分のこだわり。
説明して人に理解されるというほど、狭い視野は持ち合わせていない。
――うん、旨い。
それでも、目の前で無残に変形させられた茶色い液体について物申してやろうかと思ったが、僕が熱弁したところで彼女にはやっぱり何も響かないだろう。
コーヒーと一緒に口から出そうな言葉を飲み込む事にした。
「それで、どうしようか?」
「なにを?」
「犯人探し。正直さ、今の状況だと見つかる気がしないよね」
「そうだね」
今のままではいくらやってもフードの男は出てこないだろう。
琉姫だって同じことを考えているに違いない。
せめて見かけたタイミングから始めていれば、可能性もあったのだがそれは今更の話だった。
しかし僕たちにはフードの男を見つけるには情報が少なすぎる。効果がないとわかっていても、他に出来ることがない以上続けるしかない。
せめて、何かしらボロを出してくれたらいいのだけど……そうすればそこから足跡を辿ることができるかもしれないのに。
「……そもそもさ、本当にその人が犯人なのかな?」
両手で珈琲カップを持ったまま、琉姫が言った。
「急にどうしたのさ」
僕の言葉に少し間を置いてから、琉姫は話を続けた。
「うん……なんかさ、見当違いのこと、してるんじゃないかなっ、て」
「見当違いってどこらへんが?」
「わかんないけど……。なんかさ、こうじゃないっていうか、しっくりこないって言うの? なんかそんな感じでさ、違うんじゃないかって、わかる?」
「わからない」
なんだかふんわりとした表現を続ける琉姫に僕ははっきりと答えた。
「フードの男が見つかったタイミングと姉ちゃんの死体が見つかったタイミングがかぶってたんだ。そいつが一番怪しいのは疑いようがないだろう。それとも、他に姉ちゃんを殺す理由がある人がいて、そいつに心当たりでもあるの?」
「そういうのはないけど……」
「じゃあなんで関係ないと思ったんだよ」
「だから、わかんないけどって言ってるじゃんっ」
語気を強めて琉姫が言い返してくる。その姿に僕は姉のことを思い出した。
姉とも些細なことで言い合いになることが多かった。
大抵は感情に任せた姉の発言に、僕が正論を返すと姉が感情を乱して反論するといった具合だ。
その時の姉は興奮していて、自分の感情を最優先にして会話をする。
例えば、自分が置いていたケーキを食べたことを忘れていて、冷蔵庫を開けて『ケーキがなくなった』と文句を言う。
僕が『昨日食べてたよ』と言えば、そのことを覚えていない姉は『食べた記憶がない』という。そして僕が『僕は見てたから、間違いないよ』と言えば姉は感情を乱して叫び出す。
『食べた記憶ないって言ってるじゃん! あんたが食べたんじゃないのっ?』
もちろんそんなことはない。
僕は許可も取らずに人の物を食べる卑しい人間ではない。
そういう類の発言をしてから、姉の部屋に向かうと僕の記憶通り、ケーキに張り付いているフィルムが丸められて捨てられていた。
姉にそれを見せると『食べてないっていってるじゃん!』と泣き出してしまった。
癇癪を起した姉は大声で長い時間泣いていて、泣き声に辟易しながら何時間もなだめた事があった。
今の琉姫は、姉ほど酷くはないがそれに近い状態だ。
フードの男が犯人ではないと、そう思う感情に身を任せて根拠もない否定をしている。
まるで駄々をこねる子供だ。
僕に憑りついている姉も琉姫の姿を見ているはずだが、どういう感情で彼女を見ているのかが気になった。
自分を客観的に見て恥じているのだろうか、それとも自分の事は棚に上げてみっともないと感じているのだろうか。
どちらにしても、琉姫の意見は看過できない。
僕としても早いところ犯人を見つけ出さないと、いつまで経っても姉が成仏してくれないのだから。
「他に心当たりがないのなら、フードの男を探すのを止める理由はないよ。今のところ一番怪しいのはそいつなんだから」
「じゃあ慎ちゃんはそいつが犯人だって証拠があるの?」
「いや……ないけど……」
「じゃあそこまでして探す必要はないんじゃないの?」
琉姫がこちらを見据えて言い放つ。
「犯人かどうかを確認するために探してるんじゃないか……」
僕の発言に対する意趣返しのつもりだったのだろうか。だけど言ってることが滅茶苦茶だ。
探す理由と探さない理由はまるで違う、僕の言葉をそのまま使っても何の意味もない。
それがわからないほど、琉姫は取り乱しているということだろうか。
どちらにしても、今のままではまともな会話にならない。
「一度落ち着きなよ」
コーヒーカップを手に取りながら言うと、僕はゆっくりと珈琲を啜る。
「とにかく、フードの男は探して見つける。琉姫姉ちゃんの気が進まないなら僕一人でやるから、止めてくれてもいいんだよ」
「……さっきから男、男って、男とは限らないじゃん」
「……え?」
珈琲を啜る手を止めて琉姫を見る。
「……男とは限らないって、どういうこと?」
「どういうことって、そのまんまの意味だよ? なんだか慎ちゃんは男だって決めつけてるけど、直接見たわけじゃないんでしょ?」
「……そうだね、確かにそうだ」
僕は婆ちゃんたちが不審者を見かけた、という話を爺ちゃんから聞いただけだ。
実際に自分の目で見て性別を確認したわけではない。
コーヒーカップを置いて琉姫の方を見た。
「どうして、そう思ったの?」
「え?」
「確かに僕は憶測で性別を決めていた。だって聞いた情報には女性らしい要素が一つもなかったから。なのに、どうして琉姫姉ちゃんはフードの男――不審者が女かもしれないと思ったの?」
「それは……別にこれだ、って理由はないけど……」
琉姫の声はどんどん小さくなっていき、ついには口ごもる。
琉気の表情をじっと見つめ続けていると、視線から逃れるように彼女は自分の垂れ下がった髪の毛を弄り始めた。
誰から見ても挙動不審な行動は何かを隠しているのだとわかりやすく僕に教えてくれていた。
「――不審者の正体、琉姫姉ちゃんは知ってるんじゃないの?」
「……知らない」
「嘘だ」
「なんでよっ、本当に知らないのよっ」
「だったらなんで、さっきから不審者を庇うようなことばっかり言うんだよ」
「だからそれは……違うんじゃないかって思いついただけで……」
「相手は人を殺した殺人犯かもしれないんだ。それを思いつきだけで違うと否定するのはおかしいことだってわかってる?」
今の状況ではどうみても怪しいのは目撃情報もある不審者だ。
実際に婆ちゃんたちも話題に上げるくらい印象に残っている。
確信めいたものがなくても、誰だってそう思うのが普通のはずだ。
だけどそう思いたくない、思われたくないという例外が一人存在する。
見つかって言及されたら言い訳ができない人物。見つかりたくない犯人そのものだ。
僕は頭の中で手に入れた情報を整理する。
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