姉が殺されたと言い出しまして

FEEL

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 陽が落ちてきて空が紫色に変色してきた。
 琉姫と別れた僕は家で少し時間を潰して、姉の死体が見つかった納屋までやってきていた。
 不審者として怪しまれているフードを被った奴が現れるなら、老人連中が畑仕事を終わらせて静かになったこの時間からだ。

 納屋は畑に囲まれている状態で、畑道だけで繋がっていた。
 隠れるところはどこにもなくて、不審者を見つけやすい反面こちらも見張る場所がない。
少し納屋から遠くなるが、山側にある林の中に身を隠して納屋の様子を観察することにした。
 畑道には街灯がなく、夜が更けてくるほどに何も見えなくなってきたが、納屋には照明が設置されていたのではっきりと確認することができた。

「姉ちゃんいる?」

 チリン。
 チリン。

 納屋を見ながら呟くと、鈴が二回鳴る。

「念のため確認するけど、姉ちゃんを殺した犯人はまだ思い出せてないんだよね?」

 チリン。
 チリン。

「じゃあ、誰か来たとしたら犯人かどうか、問い詰めてみないといけないってことか」

 少し寒さを感じて僕は手を擦り合わせる。細く小さな指。一般的に見れば高校生男子としては僕の手は華奢なものだった。
 体躯も立派なものではなく、問い詰めた際に乱闘になれば相手によっては僕も殺されてしまうかもしれない。
 そう考えるとブルリと背筋に寒気が走る。

「姉ちゃん。少し質問していい?」

 怖さを紛らわせようと呟く。規則正しく鈴が二度鳴った。

「死んだら寒さとか食欲とか感じないの?」

 チリン。
 チリン。

「へぇ。あれ……でもケーキは食べてたけど、お腹は空いてなかったのに食べたってこと?」

 チリン。
 チリン。

「そうなんだ……」

 空腹を感じないのにケーキを食べるという好意に僕は頭を捻ったが、ケーキイコール姉という印象を持っていたのもあって姉ならそれぐらいやるだろうと納得してしまった。

「そういえば睡眠とかは? 眠ったり、それに近いことはしてるの?」

 チリン。

「へぇ。じゃあずっと起きてるんだ」

 チリン。
 チリン。

 眠れないなんて大変だなと他人事ながら思っていた。
 毎日を忙しなく生きている人なら羨ましいと感じるかもしれないが、僕はそんなのは嫌だ。
 最初の内はなんとかやり過ごせるだろうが、きっといつかやることがなくなってしまう。
 それからはただ息をして夜を過ごす日々が続く。そんなの、想像するだけでげんなりとする。

 チリリン。

 不規則に鈴が鳴って思考を戻す。
 納屋に視線をやると灯りに照らされて人影が見えた。

「まさか、本当に誰か来るなんて」

 おどろきのあまり口にしてしまった。
 琉姫には言わなかったが、僕も張り込みのタイミングを逃していると考えていた。
 それでもやろうと言ったのは、聞き込みを止めたくて仕方がなかったからだ。
 時間は有限だ。時間を無駄に使って一日を消費していくのは僕には耐えられない。

 人影は納屋の前で立ち止まったまま動かない。
 頭の部分の影が小さく揺れているのを見ると、辺りを伺っているように見えた。
 周りはすっかり暗くなっている。
 相手からこっちの様子は確認できないはずだ。そう思って僕は林から抜け出した。
 人影を目で追いながら、畑道をゆっくりと進む。人影はこちらに気付いている様子はなくて立ち止まったままだった。

「あ……っ」

 納屋まであと十五メートルぐらいの位置まで近づいたあたりで、人影は扉を開けて納屋の中に入っていった。
 僕はチャンスとばかりに一気に近づいた。
 納屋にさわれるところまで近づいて耳を澄ますと……微かに、ガサガサと物音が聞こえる。

 姉の死体が見つかった時。ここには使わなくなった荷物が端に寄せるように置かれていた。
 荷物に囲まれるように姉の死体が中央に横たわり、死体の周りに衣服が散りばめられていたという状況だ。
 だが、警察の手が入って納屋の中にあったものはすべて押収品として回収されたはずだった。

 つまり中には何もなく、仮に犯人が証拠を回収しにきたとしても手遅れというわけだ。
 関係のない人間だとしても、何もない納屋に長居をする理由がない。
 だからあまり時間を置かずに出てくるだろうと身構えていた。

 しかし、十数分経っても中に入った人物は納屋から出てくる気配がない。
 物音も相変わらず続いている。
 いったい中で何をしているのか、僕は不気味な気持ちになりながらも興味が湧いて扉の前に移動した。

「……ふぅ」

 手が汗ばんでいるのを感じる。
 物陰ならなんとかなるが、扉の前に来てしまえば危険度は跳ねあがる。
 相手がいきなり扉を開けたらそれで気付かれてしまうのだから。
 中にいるのが温厚な人物なら問題ないが、攻撃的な人物ならばどうなるかわからない。
 それでも、中で行われていることが気になった僕は、危険を承知で扉を少しだけ開く。

「……!」

 扉を開けて見れば、目の前で男性が倒れていた。
 目に入った光景におどろいて、声が溢れ出そうになるのをグッと堪える。
 素早く頭を動かして納屋の中を端から確認する。
 やはりあったはずの荷物は押収されていて空っぽの状態だった。
 倒れている人物以外には誰もいない。
 つまり納屋に入った人物が一人で勝手に倒れ込んでしまったということだ。

 何もない空間で、なぜ? どうして?

「ど、どうする……」

 状況がまったくわからずに僕の頭は混乱していた。
 倒れている男性を助けた方がいいのかどうかもわからない。
 ただ倒れているだけなら問題はない。
 駆け寄り安否を確認して救急車なりなんなり呼べばいい。

 怖いのは倒れている人物が『被害者』だった場合だ。

 誰かに被害を受けたということはそこには必ず『加害者』がセットになってくる。
 納屋から誰かが出てくるのを僕は見ていない。
 もし倒れている人物が被害者ならば、まだ中に加害者が存在するということだ。
 駆け寄って声を掛けたら最後、どこかから僕は攻撃を受けて同じ運命を辿ってしまうだろう。
 その可能性を捨てきれず、僕は倒れている人物を観察することしかできなかった。

「ん……うんん……」

 倒れている男性が息を漏らす。それからもぞもぞと身体を動かしはじめた。
 僕は観察を続けていたが、男性は身体を動かすことはすれど立ち上がることはない。どこかを痛めているのか?

 チリチリチリチリ――。

 鈴が震えるように音を鳴らす。
 突然の鈴の音に心臓が飛び出しそうになった。
 普段より音色は小さくて、納屋の何にいる男性には聞こえていなかったのか音に対する反応はなかったので、ひとまずホッとする。

 鈴はずっと震え続けていた。

 もしかしたら姉は、倒れている人を見て自分が殺された時のことを思い返しているのだろうか……。

「――仕方ないか」
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