姉が殺されたと言い出しまして

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 ケーキ屋の帰り道で琉姫と出会ってから数日経ったが、僕と琉姫はまだ聞き込みを続けていた。
 田舎だからとすぐに済むだろうとタカをくくっていたが実際に初めてみるとそんなに甘くはなかった。
 山側は住民自体が少ないのだが、山には観光にやってくる人たちが多数いた。
 住民たちから聞いた話をまとめるとフードを被った男は、

『若者らしいしっかりとした足取り』
『ガッシリとした体形』
『靴音がうるさく、恐らくブーツを履いていた』

 ということだった。
 わざわざ絵を描いてくれた人もいたが、全身真っ暗で参考にはならなかった。
 どれもこれも住民の中にはあてはまるものがなく、それならば観光に来た人間に混じった住民以外の誰か、ではないだろうかという風に僕と琉姫は考えるようになった。

 しかし、そうなってくると聞き込み作業は途方もないものになってくる。
 なにせ観光客なんてものは一度遊びにきてしまえば早々戻ってくることはない。
 そんな人物に聞き込みをしたところで効果は薄く、無限に続く作業のように感じられた。
 観光客相手に聞き込みをするタイミングで、僕は琉姫に「諦めよう」と提案した。しかし彼女は首を横に振る。

「諦めたら犯人が見つからないままじゃない」
「それはそうだけど」

 僕と違って琉姫は犯人探しに精力的だった。
 最初は僕が人と話す姿を後ろで眺めていただけだったが、今は自分から聞き込みを行っている。
 それだけ姉を殺した犯人を見つけ出したいという気持ちがあるのだろう。

 だが、成果は出ていない。

 そもそも持っている情報は大体が観光客と合致している。
 山を登るならブーツや靴底のしっかりした靴を履くだろうし、アウトドアを好んでいる人物はそのほとんどが若者や筋肉がついた人たちだ。
 こんなことを続けていても真相には到底辿りつけないのは目に見えていた。
 琉姫と話しかけられた観光客が首を横に振る。見た目から気落ちしている琉姫に近寄った。

「このまま続けていても意味がないよ。これ以上続けても無駄なのは琉姫姉ちゃんもわかってるだろ?」
「でも、私は諦められないよ」

 琉姫の声は弱々しいが表情は必死だ。
 この様子だと犯人を見つけるまで聞き込みを続けるかもしれない。

「せめて方法を変えよう。こんなこと続けていたら不審者扱いされて警察を呼ばれちゃうよ」
「方法って、例えば?」

 上目遣いに聞いてくる琉姫に考え込んだ表情を見せる。

「――こっちから探すんじゃなくて、相手に出てきてもらう。とか」
「……どういうこと?」

 流姫が疑問の声を出す。

「フードを被った不審者を待ち伏せするんだよ」
「え……」

 僕の提案に琉姫はかぶりを振った。

「無理無理無理。そんなの聞き込みよりも難しいよ」
「どうしてさ?」
「だって、目撃されたのは一度だけなんでしょう? 町の人の話では現地の人間じゃないかもって話だし、待ち伏せするにしても情報が少なすぎるよ」
「一度だけとは限らない。今まで何回か目に入っていたけど気にしてなかっただけかも」

 異変や違和感というものは気づくことで初めて成り立つ。

「姉ちゃんが死んでしまった前後に怪しい恰好の人間が通ったから婆ちゃん連中の記憶に強く残っただけで、もしかしたら普段から出歩いている人なのかも……」
「そんな都合のいいことないでしょ。それに人を殺したとなれば、騒ぎが落ち着くまで身を隠したりするんじゃない?」
「逆だね。犯人は現場に現れる。ドラマとかでもよく言われるけど、僕はその通りだと思うんだ」

 殺人なんて大罪。バレてしまえば人生の終わりなのだ。
 衝動的にしても計画的にしても、実行してしまったのならば完璧に隠しきらなければならない。
 証拠の隠滅はもちろん、目撃者やアリバイ工作など、犯人には考えることが山積みのはずなのだ。
 だからこそ神経質になり、綻びがないか確認したくなる。
 それが良くないことだとわかりつつも犯人は安心したいがために自首するように、自ら現場に戻ってくるのだと思う。

 それがリスクの高い行動だとは気づかずに……。

「姉の遺体が見つかったのは家の近く。使われなくなった納屋の中だった。そこを見張っていればもしかしたら……」

 ツインテールを手に持って指先で弄りながら琉姫は考え込んでいた。

「でも、雫ちゃんが見つかってから何日も経ってるんでしょう? 見張るタイミングを逃しているというか、上手くいく要素が見当たらなくて……聞き込みを続けた方がいい気がするんだけど」
「僕は見張りに変更したほうがいいと思う。聞き込みはもう限界だよ」
「でもでも……」

 尻つぼみに琉姫が答える。
 どうしても見張りではなく聞き込みにこだわりたいといった様子で、このままだと平行線だ。

「じゃあ分担しよう。琉姫姉ちゃんは聞き込みを続けて、僕は見張りをする。それなら問題ないだろ?」

 慣れてきたのもあって琉姫は一人で人に話しかけることができる。
 それならばわざわざ二人でいる必要もない。
 琉姫としても姉を殺害した犯人を見つけ出したいわけなのだから、効率のいいこの方法なら賛同するはずだ。
 琉姫は厚底のローファーをリズムよく鳴らして少し戸惑った様子を見せていたが、しぶしぶといった様子で「わかった」と頷いた。
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