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 目を見開いた琉姫の口がこちらに向かって大きく開かれる。
 きっと叫び声を上げているのだろうけど、あらかじめ耳を塞いでおいた僕には何も聞こえない。

 琉姫は数日前から今日まで遊びに出かけて町を離れていたらしい。
 普段から姉と連絡をする時は直接家に赴くのも相まって、姉の行方がわからなくなっていたこと。
 そして無残な姿で見つかったことを知らずにいた。

 行方がわからなくなったところから順を追って説明を始めると、最初は理解できないといった表情を浮かべていたのだが、姉に何度か電話をかけて応答がないのをきっかけに僕の話を信じ始めた。
 そして、葬式を終わらせたところまで説明すると琉姫はこちらに対して叫び声を浴びせていたというところだ。

「なんでなんで、どうしてそんなっ!」
「わからないよ」

 なにせ殺された姉本人にも犯人がわかっていないのだから、このままいくと事件は迷宮入りだ。

「わからないって……一緒に住んでたんだから何かきっかけとか、変化とか感じなかったの?」
「変化……」

 僕は頭を斜めに向けてかんがえこんでみた。
 しかし思い返してみても特に変わりはない。
 普段通り引きこもり、僕に雑用のほとんどを押し付けて時折ケーキの買い出しに行かせていた。

 あらためてかんがえると姉との生活は子供を育てる親のようなものだと思った。
 僕たちの両親は早い内に亡くなっている。母親は病気で死んでしまい。
 父親は後を追うように事故にあって亡くなった。確か僕が十歳くらいの時だから両親がいなくなったのは七年ほど前だ。姉は二つ上だから十二歳か。
 幸い貯蓄は十分にあり、社会人として働きに出るまでの生活に不自由ない額があった。
 だから姉と僕は頑張って学生をして、大人になってから飢えることのないようにしっかりと生きようと誓い合ったのだ。

 それから二年くらいの間、姉は積極的に家事を頑張っていた。言葉にはしなかったが、長女として弟を楽させようとかんがえていたのかもしれない。
 しかしそこから姉の様子は急変した。
 いきなり学校に行かなくなり、部屋に閉じこもってしまったのだ。

 学校で何かあったのかと聞いてみても、姉は何も答えない。
 この時の僕はどうしたらいいのか本当にわからずに困惑を重ねていた。
 そんな精神状況だったからか、学校から安否確認の電話が何度かかかってきたが僕は頭が回らず、詳細を聞く事ができずにただ「大丈夫です」と答えることしかできなかった。

 時間が経っても姉の様子は相変わらずで、慣れない食事を作って渡してあげたりする生活を続けていると少しずつ部屋から出る頻度は上がってきたが学校には行かないままだった。
 そうしている間に学校側も連絡をしてこなくなり、姉は引きこもりとして出来上がった。

 僕も最初の方はもっと時間が経てば元気になってくれるだろうと思って献身的に姉の言う事を聞いていた。
 ケーキを食べたいと言い出す姉に買い与えたのもこの時期からだ。

 しかし結局姉は何も変わらなかった。

 六年。七年と時間が経ち、立ち直るどころか引きこもり生活に磨きがかかっている姉の姿を見て、いつしか僕も改善すると期待するのを辞めてしまっていた。

「別に変った様子はなかったよ。いつも通り、本当にいつも通りだった」

 念押しするように流姫に言うと、不満を感じた表情を見せつつもそれ以上言及してくることはなかった。

「一応。爺ちゃんが不審者を見たって話をしていたから、そいつが怪しいんじゃないかと思っているけど」

 琉姫も爺ちゃんのことは良く知っていた。だから名前も出さずとも家の隣に住んでいる老人のことだとすぐに理解していた。

「不審者?」
「フードをかぶった奴が近所をうろついているのを見たんだって。それだけなんだけど、タイミングが被っているから怪しいと言えば怪しいよね」
「……うん。確かに」

 腕を組んで考えこんだ様子の琉姫は小さく頷いた。

「これは確認が必要ね」
「確認って、犯人かどうかってこと?」
「そう。フードのかぶった奴を見つけて問いただすのよ。あんたが雫ちゃんを殺したのかって。そうすればはっきりするでしょう?」
「まぁ、そうだけど……」

 嫌な予感がして僕は表情を曇らせた。

「と、いうわけでフードを被った奴を探しにいくわっ」

 手がかりがそれしかない現状、こちらとしてもそうするつもりだった。
 しかし誰かと一緒に行動すれば姉とのコミュニケーションに支障が出る可能性がある。
 なにより流姫と行動するのは避けたい。正直なところ、この提案は少し面倒だ。

「もちろん慎ちゃんも手伝ってくれるよね?」

 どうにかして断る理由を考えていると、流姫が先手を打ってくる。

「でも危ないかも知れないよ。 もしも本当に姉ちゃんを殺した犯人だったなら、人を殺すのに抵抗がないってことだ。問い詰めた結果、僕たちに殺意を向けてくる可能性がある」
「大丈夫よ。もしそうなったら私が慎ちゃんを守ってあげるから!」
「殺人犯から僕を守るっていう自信はいったいどこから出てくるのさ」

 僕の知る限り、流姫は格闘技の類を習っているわけではなく、そもそも手を出すような喧嘩をしたっていう話だって聞いた事がない。
 それに普段は着ぶくれする服を着ているから普通に見えるが、実際は体つきも標準より細くてとても貧相だ。
 スカートから伸びる細い脚を見るだけでも、殺人犯と格闘して勝てる見込みがあるとは思えない。
 なんなら僕にだって勝てるか怪しいところだ。
 それにもう一つ、彼女には人に立ち向かうに当たって重大な欠点がある。

「そもそも流姫姉ちゃん人見知りだろ。人探しなんてできるの?」
「うっ、そうだけど……」

 姉よりはマシだが、流姫も人と付き合うのが苦手なタイプなのだ。
 性格こそ明るく社交的で人との交流を好んでいるのだが、自己主張が弱くて自分から積極的に接することができないらしい。
 この矛盾するような性格は過去に色々とあったせいらしく、僕は詳細を知らないがとにかくある程度親しくならないとまともに話すことができないといった具合だった。

 そんな性格では仲間意識の強い田舎町では生き辛く、フレンドリーに接してくる住人に気圧された流姫は仲良くなるタイミングを失って孤立して育った。
 その結果。町の外に遊びにいくことが多くなっていった。
 遊び相手を探すのはSNSを使っていて、姉との接点もSNSだった。
 何の戯れか、連絡を取る相手もいない姉が作ったアカウントをたまたま見つけた流姫が同郷だからと声をかけた。
 久しく人と話してなかった姉は突然の連絡に驚いたらしいが、同年代と会話ができたのが嬉しかったようで。聞いてもいないのに僕に色々と報告してきたのを覚えている。

「確かに、自分から聞いて回るのは抵抗あるけど。そこは慎ちゃんがなんとかしてくれたら……」
「じゃあ流姫姉ちゃんは何をするのさ?」
「応援……とか?」

 僕が道行く人に話しかける。そしてその姿を後ろで応援する流姫を想像してみた。
 宗教団体よりも怪しい光景だった。

「僕一人でやるから、流姫姉ちゃんはもう帰りなよ」
「や、やだよっ」

 流姫は何度も頭を左右に振った。

「……どうして?」
「雫ちゃんは私の大事な友達なの……それなのに私は何も知らずに馬鹿みたいに遊んでいた。私が傍にいればもしかしたら襲われなかったかもしれない。私が連絡を取っていれば相談に乗れたかもしれない……」

 独り言のように話す流姫は押し黙ってしまった。
 ようするに彼女は責任を感じているのだ。琉姫だって姉が引きこもって町で孤立していることを承知している。それなのに連絡を怠ったせいで姉の変化に気付かずに見殺しにしてしまったと感じているのだ。

 無論。そんなわけはない。
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