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 沿岸部を反対に向かうと山に入る。
 公共機関は海側に集中していて山側に向かうほど人気がなくて寂れていく。それが僕の住んでいる土地だ。

 山のふもとに位置する僕の家は人通りがまばらで、娯楽を楽しむどころか買い物をするのすら苦労する寂れぐらいで、たまに山に入ろうとする観光客を見て人がいることを実感する生活をしていた。
 そんな田舎で僕は黒のスーツを着込んで身なりを整えている。
 鏡で身だしなみを確認すると、畑と林に囲まれた家にはなんとも不釣り合いな服装だと思った。

 数日前。姉が死んだ。

 見つかったのはいつから使われてないのかわからない廃倉庫。そこで服をすべて剥がされて荷物のように転がされていたらしい。
 正確には発見されたのが数日前でありそれよりも前から姉は姿を消していた。
 死体は損傷が酷く、腐敗も始まっていたのもあってこんな辺鄙な場所に勤める警察には正確な死亡時間がわからずに発見した時刻を死亡時刻としていた。
 身元確認で確認した姉の遺体は綺麗にされていて、顔だけ見れば眠っているようだった。

 家の両親は早くに他界していて、長いこと姉と二人で過ごしていた。
 思い出もそれなりにあって、姉が死んでしまったということが悲しくもあり、辛くもある。
 しかしどこか他人事な自分がいて、そこまで感傷的になれていないというのが実情だ。

 家を出ると日差しが強く、顔を覆いたくなるくらいの直射日光が顔を焼く。
 日陰に逃げるように山道を登りながら姉の遺体が安置されている寺へと向かった。

 普段は人よりも獣の方が多い山道で徐々に人込みが見えてくる。
 皆が黒い服を身に纏って寺の前や中で立ち止まり、世間話に華を咲かせている。
 見た目から姉の葬儀にやってきた人たちなのは間違いないはずなのだが、誰も当事者である姉の話題をしていなかった。

 小中学生の女子のようにキャピキャピとはしゃいだおばさんたちは楽しそうに近況を語り合って大きな声で笑う。
 笑い声を合図に違う話題に切り替わり、そしてまた笑っている。

 僕と姉は交流をサボっていた訳ではないが、かといって別段仲良くしていた訳でもない。他人からすればそんな人間の葬儀など、集まって話をする社交場のような感覚なのかも知れない。
 繰り返し再生のように世間話と笑い声を交互に繰り返す人たちを抜けて寺に入ると、こちらに気付いた住職さんに会釈をされた。

「ご苦労様です」

 丁寧に挨拶してくれる住職に僕は「よろしくお願いします」とだけ言った。
 親族は僕しかいなくて、強制的に葬儀を仕切ることになった僕を手伝ってくれたとてもいい人だ。
 みんなが世間話で盛り上がっているこの瞬間も、しっかりと準備を進めてくれている。何もわからない僕だけだと葬儀を上げることすら出来なかった。

 予定の時間になると住職は寺の中に入っていく。
 同じく外に待機していた人たちが受付を済ませて次々と寺の中に入っていった。
 中には香典を持ってきてくれている人もいて、受付の人に渡しているのを見ると姉にもそれなりに人望があったのだなと考えていた。

 座布団に座り、しんとなってからお経が読み上げられる。
 耳に傾けながら顔を見上げて遺影を見た。
 いつに撮ったかわからない姉の顔がこちらに微笑みかける。
 肩で切りそろえた真っすぐな黒髪が大人らしさを感じさせる。歯を見せて笑いかける姿を見ていると、中身が癇癪持ちのヒステリックな人物だとはとても思えない。

 僕は子供の時から姉のヒステリックな性格に難儀していた。
 姉弟なら必ず一回はあるだろう冷蔵庫の食べ物を食べた時、姉は怒るでもなくかといって許してくれるわけでもなく、ただ黙り込んでいた。
 家の中にはなんともいえない空気が漂い、我慢ができなくなった僕が謝りに行くと「は? 何のこと?」と意味不明なシラを切られた。

「冷蔵庫のケーキの事だよ。勝手に食べてごめん」
「あーね。別に気にしてないっていうか、買ってたのすら忘れてたくらいだわ」
「そう、それじゃあこれで仲直りね」
「仲直り?」

 姉の表情がみるみる訝しいものに変わっていく。どうやら余計な一言を付けてしまったようだった。

「だから気にしてないって言ったじゃん」
「いや……でも明らかに空気重いし」
「何? 私がいると空気が重いって言いたい訳?」
「そういう訳じゃないけど……でも、実際気にしてたでしょ」
「だから気にしてないって、何なの? 私がそんな顔してた? 楽しみにしていたケーキを勝手に食べられて凄く悲しそうな表情をしているように見える? それとも帰って来たその足でまた遠いところまで行ってケーキを買いに行こうかって難しい顔しているようにでも見えるってこと?」

 早口でまくしたてる姉は聞いてもいないことまで答えてくる。
 このままじゃ収集が付かないと思った僕は面倒になる前に先手を取ろうと口を開く。

「わかった。それじゃあ僕がケーキを買ってくるよ。何がいいかな?」
「何それ?」

 姉は先程よりも顔に皺を寄せてヤンキー漫画のキャラクターのように眉を寄せてこっちを見る。顔まで斜めにしてしまって再現度は完璧だ。

「私がいつケーキを買って欲しいって言った? 別に頼んでないし、食べたいなら自分の分だけ買ってきたらいいでしょ」

 まだ収集がつくと思っていた僕が甘かった。とっくに姉はヒステリック状態ですべての事柄に反発をしてしまう。恐らく自分でも何を言ってるのかわかってないのだろう。
 結局。そこから姉をなだめること一時間。途中で興奮して泣き出してしまった姉を慰めつつも一緒にケーキを買いにいくことになった。店に着くころには店員は閉店作業を始めていた。
そんなタイミングで半べそかいた姉と面倒そうにしている弟が買い物に来たのだから、店員もさぞかし面倒だと感じたに違いない。
 姉との毎日はそんなことばかりだった。

 気が付くとお経は終わっていて焼香が始まろうとしていた。
 慌てて立ち上がり焼香台の傍に立つと、ゆっくりと列が出来る。
 参列してる人はせいぜい十数人で、焼香はあっというまに終わる。最後に棺に入った姉の姿を見て、火葬場に姉を連れていく。そうして葬儀はつつがなく終了した。
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