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皮肉なのか、普通に褒められてるのかわからない言い回しに俺は愛想笑いを浮かべた。守屋さんがどう思っていたとしても、現時点で筆が止まっている俺に文才なんてものは存在しないだろう。
「それはいつになったら見れるんですか? 僕買いますよ」
「ええっ! それは有難いですけども、近いです、近い」
ぐいぐいとくる守屋さんに気圧されて俺は両手を前に出す。
「創刊号なんで、色々準備があって発売は結構先になるかと思います」
「創刊号! 一発目に選ばれたって事ですよね。それってすごい評価されてるんじゃないですか?」
「はは、どうなんですかね。でも、間に合うかちょっと怪しい所でして」
「原稿がって事ですか?」
守屋さんの質問に俺は頷いて答えた。
「実は俺、エッセイ……創作以外の文章って全然書いた事が無くて、少し迷走してるんです。物語はフィクション。空想上の出来事です、そこに僕の意思はなくて世界が、キャラクターが動き回るのを伝えるだけでいいんです。でも今回は違う、自分のありのままを読み手に分かるように説明しなければいけない。それが中々難しくて、どうやって伝えればいいのか迷ってるんです」
酒の力が成せるものなのか、俺は感じている悩みを守屋さんに打ち明けた。守屋さんは俺の話を黙って聞いてくれた後、腕を組んで考え込んだ仕草を見せた。
「――あまり、深く考えなくてもいいんじゃないですか?」
「というと?」
「聞いた感じだと、兎山さんはどこまでいっても物語を、小説を書こうとしているように感じました。でもエッセイって手記のようなものなのでしょう? 自分のメモ書きが物語になっていたら書いた本人だって困惑するでしょう? そこが兎山さんを悩ませている原因だと思います」
そこまで言った守屋さんは、グラスに傾けて口を濡らす。
「でも、俺はそれ以外の書き方がわからなくて、説明をしないならどうすれば、」
「思ったことを書けばいいんですよ」
「思った、こと……」
「実を言いますと、僕は兎山さんを疎ましく思っています」
「は、うと、えぇ⁉」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「この話は内密にしてほしいのですが、僕には惹かれている人がいます。まぁ、一方的なもので相手は僕の気持ちに気付いてすらいないでしょうけどね。その人はあなたの小説のファンなんですよ」
「……何かの間違いでは?」
守屋さんの言葉が信じられなくて確認してるみるが、彼は首を横に振る。自分の事ながらそんな奇特な人がこの世の中にいたなんて。
「その人の熱の入れようは傍から見ても凄まじいもので、僕が入り込む隙間なんて毛頭ないと思うほどです。それが堪らなく悔しくて、憎らしい。そう感じるのと同時に強い尊敬も感じました」
守屋さんはこちらに向き直ると、大げさに手を広げて言葉を続けた。
「だって、僕が焦がれてやまない女性をそれほどまでに夢中にさせているんですよ。男として、憧れるに決まってるじゃないですか! どんな人なのか是非一度会ってみたい、何を考えているのか話を聞いてみたい。常々そう思っていたところに、神が示し合わせたかのようにあなたと出会ったんですっ」
いちいち言葉選びが抽象的な人だ……。陽キャというか、意識高い系? ってみんなこうなの?
「じ、実際合って見てどうでしたか……?」
興味本位で確認してみると、守屋さんは我に返ったように前を向き、グラスに酒を流し込む。
「拍子抜けしました、かの文豪みたいな偉人を想像してたんですけどあまりに普通でしたから」
「なんか、すいません」
酷い辱めを受けている気がして顔が熱くなってきた。
「でも、印象はとてもいいです。僕と同じように普通で、なんてことのない事で悩んでいる。実に人間的だ――どうでしたか?」
「……?」
「僕のエッセイです。面白かったですか?」
「面白かったのと同じくらい悲しくなりました」
「それは失礼しました」
くすくすと笑った守屋さんは酒を煽る。俺は彼の言いたい事をなんとなく理解してきていた。何かを伝えるのに、形式ばった文章なんて必要ないのだ。自分の思ったことを率直に、皮肉や比喩を加えて話すように伝えればいい。それだけで目的は達成されているのだから。それなのに俺は硬く考えすぎて話にドラマ性を付け加えようとしていた。だから難しい感じや小説みたいな言い回しが頭に浮かんでいたんだ。話をきくだけでそれに気づいた守屋さんは、わかりやすく実際に実演して見せてくれたという訳だ。
「ありがとうございます。おかげで書けそうな気がしてきました」
残ったビールを飲みほして、俺は気持ちを込めて礼を言った。頭の中には迷走していたのが嘘のように文章が浮かび上がってくる。早く書きたい、書き残したい。そう思って席を立った。
「待ってください」
挨拶をして去ろうとした直後、守屋さんに呼び止められた。表情は今日みたなかでは一番真剣で、空気が重い。
「……どうしました?」
「原稿が出来上がったら、まず僕に一報くれませんか」
「なぜです?」
顔を伏せた守屋さんはグラスを廻してから、ゆっくりと口を開いた。
「先生の世にでてない原稿を使って、好きな人にいい顔したいな……って」
「……それだけですか?」
「えぇ、それだけです」
とてもいい顔で言った守屋を尻目に、俺は自分の部屋に戻った。――まぁ、話を聞いてくれたお礼にコピ原でも送ってやろう。
「それはいつになったら見れるんですか? 僕買いますよ」
「ええっ! それは有難いですけども、近いです、近い」
ぐいぐいとくる守屋さんに気圧されて俺は両手を前に出す。
「創刊号なんで、色々準備があって発売は結構先になるかと思います」
「創刊号! 一発目に選ばれたって事ですよね。それってすごい評価されてるんじゃないですか?」
「はは、どうなんですかね。でも、間に合うかちょっと怪しい所でして」
「原稿がって事ですか?」
守屋さんの質問に俺は頷いて答えた。
「実は俺、エッセイ……創作以外の文章って全然書いた事が無くて、少し迷走してるんです。物語はフィクション。空想上の出来事です、そこに僕の意思はなくて世界が、キャラクターが動き回るのを伝えるだけでいいんです。でも今回は違う、自分のありのままを読み手に分かるように説明しなければいけない。それが中々難しくて、どうやって伝えればいいのか迷ってるんです」
酒の力が成せるものなのか、俺は感じている悩みを守屋さんに打ち明けた。守屋さんは俺の話を黙って聞いてくれた後、腕を組んで考え込んだ仕草を見せた。
「――あまり、深く考えなくてもいいんじゃないですか?」
「というと?」
「聞いた感じだと、兎山さんはどこまでいっても物語を、小説を書こうとしているように感じました。でもエッセイって手記のようなものなのでしょう? 自分のメモ書きが物語になっていたら書いた本人だって困惑するでしょう? そこが兎山さんを悩ませている原因だと思います」
そこまで言った守屋さんは、グラスに傾けて口を濡らす。
「でも、俺はそれ以外の書き方がわからなくて、説明をしないならどうすれば、」
「思ったことを書けばいいんですよ」
「思った、こと……」
「実を言いますと、僕は兎山さんを疎ましく思っています」
「は、うと、えぇ⁉」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「この話は内密にしてほしいのですが、僕には惹かれている人がいます。まぁ、一方的なもので相手は僕の気持ちに気付いてすらいないでしょうけどね。その人はあなたの小説のファンなんですよ」
「……何かの間違いでは?」
守屋さんの言葉が信じられなくて確認してるみるが、彼は首を横に振る。自分の事ながらそんな奇特な人がこの世の中にいたなんて。
「その人の熱の入れようは傍から見ても凄まじいもので、僕が入り込む隙間なんて毛頭ないと思うほどです。それが堪らなく悔しくて、憎らしい。そう感じるのと同時に強い尊敬も感じました」
守屋さんはこちらに向き直ると、大げさに手を広げて言葉を続けた。
「だって、僕が焦がれてやまない女性をそれほどまでに夢中にさせているんですよ。男として、憧れるに決まってるじゃないですか! どんな人なのか是非一度会ってみたい、何を考えているのか話を聞いてみたい。常々そう思っていたところに、神が示し合わせたかのようにあなたと出会ったんですっ」
いちいち言葉選びが抽象的な人だ……。陽キャというか、意識高い系? ってみんなこうなの?
「じ、実際合って見てどうでしたか……?」
興味本位で確認してみると、守屋さんは我に返ったように前を向き、グラスに酒を流し込む。
「拍子抜けしました、かの文豪みたいな偉人を想像してたんですけどあまりに普通でしたから」
「なんか、すいません」
酷い辱めを受けている気がして顔が熱くなってきた。
「でも、印象はとてもいいです。僕と同じように普通で、なんてことのない事で悩んでいる。実に人間的だ――どうでしたか?」
「……?」
「僕のエッセイです。面白かったですか?」
「面白かったのと同じくらい悲しくなりました」
「それは失礼しました」
くすくすと笑った守屋さんは酒を煽る。俺は彼の言いたい事をなんとなく理解してきていた。何かを伝えるのに、形式ばった文章なんて必要ないのだ。自分の思ったことを率直に、皮肉や比喩を加えて話すように伝えればいい。それだけで目的は達成されているのだから。それなのに俺は硬く考えすぎて話にドラマ性を付け加えようとしていた。だから難しい感じや小説みたいな言い回しが頭に浮かんでいたんだ。話をきくだけでそれに気づいた守屋さんは、わかりやすく実際に実演して見せてくれたという訳だ。
「ありがとうございます。おかげで書けそうな気がしてきました」
残ったビールを飲みほして、俺は気持ちを込めて礼を言った。頭の中には迷走していたのが嘘のように文章が浮かび上がってくる。早く書きたい、書き残したい。そう思って席を立った。
「待ってください」
挨拶をして去ろうとした直後、守屋さんに呼び止められた。表情は今日みたなかでは一番真剣で、空気が重い。
「……どうしました?」
「原稿が出来上がったら、まず僕に一報くれませんか」
「なぜです?」
顔を伏せた守屋さんはグラスを廻してから、ゆっくりと口を開いた。
「先生の世にでてない原稿を使って、好きな人にいい顔したいな……って」
「……それだけですか?」
「えぇ、それだけです」
とてもいい顔で言った守屋を尻目に、俺は自分の部屋に戻った。――まぁ、話を聞いてくれたお礼にコピ原でも送ってやろう。
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