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顔を上げて愛ちゃんを見ると、堂々とした態度で男の子たちが逃げていくのを確認していた。やがて姿が見えなくなると、息を吐いてから私の方を向く。
「ありすちゃん、大丈夫だった?」
「う、うん……ありがとう」
私は頷いてから、精一杯の感謝を述べた。いつも自分の事を罵倒する相手が、愛ちゃんが相手をすれば逃げ出してしまったのだ。どうしようもなかった私から見ると、彼女は正義のヒーローだった。嬉しくなっていつものようにくっつくと、彼女の体が震えているのが伝わってきた。気付くと同時に、ひっく、ひっく、と声が聞こえた。
「愛ちゃん、どうしたのっ?」
「あ、あり、すちゃん、こ、こわ、かった~~っ」
辛うじて話せていた彼女はむせび泣き、瞳から大粒の涙を流している。見ていると私もとても悲しくなって、溢れてくる涙を抑える事ができなかった。気が付けば二人で抱き合って泣いていた。込みあげる感情をどう鎮めたらいいのかわからずに、ただ声を張り上げて、赤ちゃんのように泣き叫んでいた。
☆
どれぐらい泣いたのか、公園を照らす太陽は陰り、強めの風が木々を撫でていた。
「いっぱい泣いちゃったね」
目を真っ赤にした愛ちゃんが、笑みを含んで言った。声は乾いてがびがびになっていて、前髪はくしゃくしゃ。ひどい見た目だったけど、気持ちはすっかり上向きになっていた。
「今日はもう帰る?」
愛ちゃんにそう言うと、彼女は前髪を整えながら眉をひそめた。
「このまま帰ったらお父さんに心配されちゃうかも……」
前髪を整えた愛ちゃんは髪型こそ元に戻っていたが、頬は真っ赤に充血していて、目蓋も膨らんでいた。そのまま帰ったら何かあったと思われるのは間違いない。でもだからといってどうすればいいのかわからず、その場に座り込んで公園を眺めていた。
「人、全然来ないねぇ」
「うん」
陽が落ちてきたといってもまだ明るい。それでも公園には誰も来なかった。といっても誰かがいたらいたで、泣きはらした顔を見られるのは嫌だ。そんな心配を余所に、公園は人気がないままで、風の音だけが鳴っていた。
「寒くなってきたね」
「うん」
火照りが取れた体に風が吹きつけると、ぶるりと震えが来た。愛ちゃんの方を見てみると、私よりも体を震わして膝を抱えていた。さっきまで汗を流して遊んでいたのが嘘のようだ。
「ごめんね愛ちゃん」
申し訳なさを感じて頭を下げた。こうなったのも、元はと言えば私の責任だ。私が言われるままだから。彼女のように言い返す事ができないから。こうやって迷惑をかけてしまっている。考え出すと、自己嫌悪が止まらなくなってくる。
「本当にごめん、ありすのお父さんがいないから――」
「そんなこと、関係ないよ」
私の言葉を遮るように、愛ちゃんの声が聞こえた。
「片親とかそんなの、全然関係ない。何も悪い事じゃないよ。本当に悪いのはそんな事を言い出した子なんだよ。だからありすちゃん、自分が悪いって思わないで。悲しい事、言わないで」
「……うん」
愛ちゃんの瞳には再び涙が浮かび上がっていた。零れそうな涙をグッと堪えて、私を見つめる瞳は真剣だった。彼女は強い、本当に強いと思う。吸い込まれそうな目を見て、愛ちゃんだって自分と同じ境遇なんだと思い出した。それでも彼女は弱音を吐かない。自分は何も間違っていないと、堂々と振舞っている。その姿を見て、私はとても恥ずかしい事を口走ろうとしていたと思い、口をつぐんだ。
「そんな話よりもさ、もっと楽しい事お話しようよ」
「楽しい事ってどんなの?」
「うーん、そうだなぁ」
愛ちゃんは顔に手を当てて大げさに悩んで見せてから、何か閃いた様子でこちらに振り向く。
「やりたい事っ。やりたい事とかはどう?」
「やりたい事?」
「そう、夏休みの間にやりたい事」
言われて私は考えた。そういえば八月に入って結構な時間が経っていたが、何か特別な事をした記憶はない。精々がプールで遊んだぐらいだった。もっともいつもは一人でいるから近所以外には遊びにいけなかったのだけど。今なら愛ちゃんもいる。遠くだってうーさんに頼んだら多少遠くでも連れていってもらえるかも知れない。
「……山?」
色々考えた末に浮かんだのは変哲のない山だった。葉に覆われたどこまでも続く山道。一人だと躊躇する道も、うーさんやみんなに連れられたら楽しい気がした。
「山って、どこの山でもいいの?」
訝しい顔で話す愛ちゃんに頷くと、彼女は控えめに笑みを作った。
「楽し……そう、かな、うん。楽しそう?」
「何やってんのお前ら?」
聞きなれた声に振り向くといつの間にかうーさんがすぐ近くにいた。
「今ね、愛ちゃんと山に行こうってお話してたっ」
「「えっ」」
話の流れを簡単に説明すると、愛ちゃんとうーさんが同時に声を上げる。
「山に行くって、渋い趣味だな」
「違うんです、何かやりたい事あるってお話をしてただけで、行くと決めた訳では……」
「うーさん、連れて行ってくれる?」
問いかけてみると、うーさんは一度面倒臭そうな表情を作ってから唸り声を上げてうなだれた。
「……もうちょっと寒くなってから、なら」
漏らすように答えるうーさんに私は何度も頷く。さっきまでの暗い気持ちは嘘のように晴れ、楽しくなってきた。
時間も場所も、大事な事は何も決めてない約束だけど、私の心は既にわくわくと弾んでいた。
「ところでうーさん、何してるの?」
「お前がいないから探しにきたんだよ、愛ちゃんと遊んでたのか?」
「うんっ、うーさんも遊ぶ?」
「やだよ暑い。大丈夫そうだしもう帰る」
「じゃあうーさん家で遊ぶっ」
言いながら愛ちゃんと一緒に後を追いかけると、うーさんはこちらをちらりと見てから歩く速度を落としてくれた。
「お前、なんか目腫れてね? どうかした?」
「真実は闇の中」
「……え、どゆこと?」
歩きながら首を傾げるうーさんが妙に面白くて、私はついつい笑ってしまった。
「ありすちゃん、大丈夫だった?」
「う、うん……ありがとう」
私は頷いてから、精一杯の感謝を述べた。いつも自分の事を罵倒する相手が、愛ちゃんが相手をすれば逃げ出してしまったのだ。どうしようもなかった私から見ると、彼女は正義のヒーローだった。嬉しくなっていつものようにくっつくと、彼女の体が震えているのが伝わってきた。気付くと同時に、ひっく、ひっく、と声が聞こえた。
「愛ちゃん、どうしたのっ?」
「あ、あり、すちゃん、こ、こわ、かった~~っ」
辛うじて話せていた彼女はむせび泣き、瞳から大粒の涙を流している。見ていると私もとても悲しくなって、溢れてくる涙を抑える事ができなかった。気が付けば二人で抱き合って泣いていた。込みあげる感情をどう鎮めたらいいのかわからずに、ただ声を張り上げて、赤ちゃんのように泣き叫んでいた。
☆
どれぐらい泣いたのか、公園を照らす太陽は陰り、強めの風が木々を撫でていた。
「いっぱい泣いちゃったね」
目を真っ赤にした愛ちゃんが、笑みを含んで言った。声は乾いてがびがびになっていて、前髪はくしゃくしゃ。ひどい見た目だったけど、気持ちはすっかり上向きになっていた。
「今日はもう帰る?」
愛ちゃんにそう言うと、彼女は前髪を整えながら眉をひそめた。
「このまま帰ったらお父さんに心配されちゃうかも……」
前髪を整えた愛ちゃんは髪型こそ元に戻っていたが、頬は真っ赤に充血していて、目蓋も膨らんでいた。そのまま帰ったら何かあったと思われるのは間違いない。でもだからといってどうすればいいのかわからず、その場に座り込んで公園を眺めていた。
「人、全然来ないねぇ」
「うん」
陽が落ちてきたといってもまだ明るい。それでも公園には誰も来なかった。といっても誰かがいたらいたで、泣きはらした顔を見られるのは嫌だ。そんな心配を余所に、公園は人気がないままで、風の音だけが鳴っていた。
「寒くなってきたね」
「うん」
火照りが取れた体に風が吹きつけると、ぶるりと震えが来た。愛ちゃんの方を見てみると、私よりも体を震わして膝を抱えていた。さっきまで汗を流して遊んでいたのが嘘のようだ。
「ごめんね愛ちゃん」
申し訳なさを感じて頭を下げた。こうなったのも、元はと言えば私の責任だ。私が言われるままだから。彼女のように言い返す事ができないから。こうやって迷惑をかけてしまっている。考え出すと、自己嫌悪が止まらなくなってくる。
「本当にごめん、ありすのお父さんがいないから――」
「そんなこと、関係ないよ」
私の言葉を遮るように、愛ちゃんの声が聞こえた。
「片親とかそんなの、全然関係ない。何も悪い事じゃないよ。本当に悪いのはそんな事を言い出した子なんだよ。だからありすちゃん、自分が悪いって思わないで。悲しい事、言わないで」
「……うん」
愛ちゃんの瞳には再び涙が浮かび上がっていた。零れそうな涙をグッと堪えて、私を見つめる瞳は真剣だった。彼女は強い、本当に強いと思う。吸い込まれそうな目を見て、愛ちゃんだって自分と同じ境遇なんだと思い出した。それでも彼女は弱音を吐かない。自分は何も間違っていないと、堂々と振舞っている。その姿を見て、私はとても恥ずかしい事を口走ろうとしていたと思い、口をつぐんだ。
「そんな話よりもさ、もっと楽しい事お話しようよ」
「楽しい事ってどんなの?」
「うーん、そうだなぁ」
愛ちゃんは顔に手を当てて大げさに悩んで見せてから、何か閃いた様子でこちらに振り向く。
「やりたい事っ。やりたい事とかはどう?」
「やりたい事?」
「そう、夏休みの間にやりたい事」
言われて私は考えた。そういえば八月に入って結構な時間が経っていたが、何か特別な事をした記憶はない。精々がプールで遊んだぐらいだった。もっともいつもは一人でいるから近所以外には遊びにいけなかったのだけど。今なら愛ちゃんもいる。遠くだってうーさんに頼んだら多少遠くでも連れていってもらえるかも知れない。
「……山?」
色々考えた末に浮かんだのは変哲のない山だった。葉に覆われたどこまでも続く山道。一人だと躊躇する道も、うーさんやみんなに連れられたら楽しい気がした。
「山って、どこの山でもいいの?」
訝しい顔で話す愛ちゃんに頷くと、彼女は控えめに笑みを作った。
「楽し……そう、かな、うん。楽しそう?」
「何やってんのお前ら?」
聞きなれた声に振り向くといつの間にかうーさんがすぐ近くにいた。
「今ね、愛ちゃんと山に行こうってお話してたっ」
「「えっ」」
話の流れを簡単に説明すると、愛ちゃんとうーさんが同時に声を上げる。
「山に行くって、渋い趣味だな」
「違うんです、何かやりたい事あるってお話をしてただけで、行くと決めた訳では……」
「うーさん、連れて行ってくれる?」
問いかけてみると、うーさんは一度面倒臭そうな表情を作ってから唸り声を上げてうなだれた。
「……もうちょっと寒くなってから、なら」
漏らすように答えるうーさんに私は何度も頷く。さっきまでの暗い気持ちは嘘のように晴れ、楽しくなってきた。
時間も場所も、大事な事は何も決めてない約束だけど、私の心は既にわくわくと弾んでいた。
「ところでうーさん、何してるの?」
「お前がいないから探しにきたんだよ、愛ちゃんと遊んでたのか?」
「うんっ、うーさんも遊ぶ?」
「やだよ暑い。大丈夫そうだしもう帰る」
「じゃあうーさん家で遊ぶっ」
言いながら愛ちゃんと一緒に後を追いかけると、うーさんはこちらをちらりと見てから歩く速度を落としてくれた。
「お前、なんか目腫れてね? どうかした?」
「真実は闇の中」
「……え、どゆこと?」
歩きながら首を傾げるうーさんが妙に面白くて、私はついつい笑ってしまった。
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