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31.大精霊との出会い

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 呪具が見つかった翌朝の早朝。将軍ギルバート・グラン・アイザックは、騎士と兵士達を連れて皇都のジェルマン伯爵邸を訪れた。

 伯爵夫人の部屋のドアを開けると、ベッドに横たわった女性と侍女がいた。

 「突然何事です!無礼ではありませんか!」

 侍女が咎めるのも気にせず、ギルバートはズカズカと部屋に入る。

 「なっ・・・・・・!奥様はご病気なのですよ!出て行きなさい」

 「良いわ、キャシー。・・・・・・将軍閣下がこんな病人に何の御用?」

 上半身を起こした伯爵夫人が、ギルバートを見上げる。病気というのは嘘ではないようで、顔色は悪く目の下には隈ができていた。

 「ジェルマン伯爵夫人。貴女を闇魔法使用と皇后陛下殺害未遂の容疑で拘束する」

 「まあ恐ろしい。証拠はありますの?」

 ギルバートが無言で合図すると、隣にいた騎士が何かを手渡した。
 ギルバートに見せられたそれを見て、伯爵夫人と侍女の表情が強張る。
 それは、筒状の金属に鎖のようなもので縛られた精霊だった。

 「その精霊は・・・・・・奥様の」

 「黙りなさい!」

 「ヒッ!」

 侍女を怒鳴りつけた伯爵夫人が、ギルバートを睨みつける。

 「『こんな精霊は知らない』と言っても無駄だ。契約した精霊の情報は精霊宮に記録が残っているからな」

 ギルバートが見下ろしながら淡々と告げる。

 「まさか魔石の代わりに精霊を使うとはな。それも、自分を守護する精霊を。精霊の加護を受けるグランディエ帝国民にあるまじき行いだ」
 
 そう話す声には怒りが滲み出ていた。
 グランディエ帝国は精霊王の加護のお陰でどの国よりも豊かだ。国民はその事に感謝し、精霊達の事も親しみ深い友人のように思ってきた。そんな精霊を、この女は呪いの道具として利用した。
 アリスに指摘された時も、ギルバートはもしやとは思ったが信じたくなかった。
 だから、呪具が見つかった時は、自国民にそのような非道な事をする者がいるのかと、落胆し怒りが湧き上がってきた。

 「あんたの行為は、精霊王に対する冒涜だ。皇帝陛下も国民も決して許さないだろう」

 ギルバートがそう言うと、伯爵夫人は力無く俯いて呟いた。

 「どうして・・・・・・あんな女に皇后の地位は相応しくないわ。その上、新しく愛人を迎えるだなんて」

 「成程。それで、侍女におかしな嘘を吹き込んだんだな」

 伯爵夫人も、アリスを皇帝の愛人だと思い込んだ一人だったのだ。クラウディアを害し、その罪をアリスに着せる事ができれば、自分が皇后に選ばれるのではないかという浅はかな考えだった。

 「どうして私が駄目なのに、家柄だけが取り柄のあの女が皇后になれるのよ!!」

 「家柄だけでは、この国の皇后は務まらないぞ。あんたみたいな、自分が一番だと思ってるような女は特にな」

 「うるさい!それを寄越しなさいよ!あの女を消してやるんだから!」

 凄まじい形相で伯爵夫人がベッドから身を乗り出し、こちらに手を伸ばす。

 「・・・・・・消えるのはあんたの方だよ」

 ギルバートが静かに言って呪具を握る手に力を込める。ギルバートの魔力によって呪具と鎖は粉々に砕け散った。鎖の拘束が解かれた精霊が、ゆらゆらと落ちて行ったが、床に到達する前にギルバートがその手に受け止める。

 「アアアアッ!」

 「奥様!」

 伯爵夫人が苦しみ出し、ベッドから転げ落ちる。呪具を壊された事で、呪いが全て伯爵夫人に跳ね返ったのだ。

 「なん・・・・・・で。わたくし・・・・・・が・・・・・・このような・・・・・・」

 自分に相応しい地位を手に入れようとしただけなのに。
 偶々自分より良い家柄に生まれただけの、平凡な女が皇后になったのが許せなかっただけなのに。

 「自業自得だろう。呪いに手を出した時点で、あんたは終わったんだ」

 床でもがき苦しむ伯爵夫人を、ギルバートが冷たく見下ろす。

 「ぐっ・・・・・・そんな・・・・・・」

 そう言って伯爵夫人は動かなくなった。騎士が近寄って確認する。

 「気絶しているだけです」

 「牢屋に連れて行け。目覚めても、さほど生きられないだろうがな」

 そう言ってギルバートは部屋を出た。




******


 アリスは、あの日皇后とお茶をした庭にいた。
 庭にはあの日と同じテーブルと椅子が置かれている。

 (・・・・・・これは夢だわ)

 夕方になって訪れたギルバートから、ジェルマン伯爵邸での出来事と関係者の処分内容を聞いたからだろうか。

 逆恨みで皇后を呪い殺そうとしたジェルマン伯爵夫人は、毒杯を仰ぐ事になる。ジェルマン伯爵家は子爵に降格、実家の侯爵家も伯爵に降格し領地も縮小される。伯爵夫人に唆されてアリスに濡れ衣を着せようとした侍女は、辺境地に追放処分となった。 

 呪具は、贔屓の商人経由で知り合った魔法道具商から買い、その際に術者とも接触したという。
 商人達は牢屋に入れられたが、術者は見つかっていない。

 そして、伯爵夫人に利用された精霊だが、ギルバートが伯爵邸を出ると同時に姿が消えたらしい。

 『随分と弱っていたからな。力尽きてしまったんだろう』

 そう言ってギルバートは辛そうな表情を見せていた。

 (気掛かりはあるけれど、これで解決かしら・・・・・・)


 そう思いながらテーブルに近づくと、後ろから声を掛けられた。

 「よく来たわね、アリス」

 振り返ると、そこにいたのは見知らぬ老婦人だった。
 ゆったりとしたデザインのドレスを身に纏い、淡い茶色の髪を結い上げている。そして、珍しい琥珀色の瞳で優しくアリスを見つめている。クラウディアに似た雰囲気だとアリスは思った。

 「あなたは・・・・・・もしや、大地の大精霊ティエナ様・・・・・・でしょうか?」

 少し自信が無かったが、アリスは尋ねた。
 老婦人は驚いたのか目を見開き、微笑んで頷く。

 「ええ。その通りよ。よくわかったわね」

 「こちらに来てから読んだ本に、大精霊の方々について書かれた物がありまして」

 アリスが読んだのは、大精霊の姿についての記述だ。
 大精霊達が人前に現れる時は、様々な人や動物の姿になるが、その瞳の色は常に同じ。大地の精霊は琥珀色の瞳だと。

 「勉強熱心なのね。・・・・・・あなたと話しがしたくて会いに来たの。立ち話もなんだし、座りましょうか」

 勧められるままに椅子に座ると、ティエナはアリスの向かいの席に腰掛けた。

 「クラウディアを呪いから救ってくれてありがとう」

 ティエナが最初に口にしたのは、アリスへの感謝だった。

 「あの子は大地の精霊と契約していてね。私達精霊は、同じ属性の同胞と契約した人間を慈しむものだから・・・・・・。でも、それを抜きにしても、あの子は人にも精霊にも優しい子で、大好きなの」

 「私も・・・・・・皇后陛下は優しい方だと思います」

 アリスがそう言うと、ティエナは嬉しそうに微笑んだ。

 「そうでしょう?あと、この子も・・・・・・あなたのお陰で解放されたわ」

 ティエナが差し出した手に載せているのは、呪具に拘束されていた精霊だ。横たわっているが、安らかな表情で眠っている。

 「この子は炎の精霊だけれど、無理矢理とはいえ呪いに加担したから、炎の大精霊が怒っていてね。元気になるまで眠った後は大地の精霊として生まれ変わらせる事にしたの」

 そう言ってティエナがそっと胸に引き寄せて抱きしめると、精霊は淡い光に包まれてふわふわと飛んでいった。

 光を見送った後、ティエナが言った。

 「ありがとうアリス。私は、皇后と精霊を救ってくれた貴女を、グランディエ帝国皇女として認めましょう」
 
 「えっ!?待って、待って下さい!」

 突然の宣言にアリスは驚いて叫んだが、気にせずティエナは続ける。

 「アリス。貴女に大精霊ティエナの祝福をーー」




******
 

 「・・・・・・様!・・・・・・アリス様!起きて下さい!」

 シェリルに揺り起こされて、アリスは目を開いた。

 「シェリル?一体どうしたの?」

 いつもはこんな起こし方をしないのに、と訝しみながら起き上がったアリスは寝室の状況を見て固まった。

 ベッドの周りに足の踏み場もないくらいの花が敷き詰められている。
 いや、正しくは精霊が上から降らせている花が床に降り積もっている。

 「これは、どう言う事?」

 アリスは呆然と呟いた。




 
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