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25.治癒魔法
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「アリス様、大丈夫ですか?」
ケビンが連れて行かれると、クラウディアが心配そうな表情を浮かべて歩み寄って来た。
そして、膝をついて座ってアリスの頬に手を伸ばす。
「まあ。なんておいたわしい」
血はエリックが拭ってくれたが、口元の小さな傷は今は赤く腫れている。顔も地面に打ちつけた為、赤くなっていたり擦り傷になっている箇所があり、痛々しい有様だ。
「貴女にこのような怪我をさせてしまって申し訳ありません」
沈痛な面持ちで謝罪の言葉を口にされ、アリスは面食らった。
「そんな!謝らないで下さい!陛下のせいではありません!」
アリスはそう言ったが、クラウディアは目を固く閉じて首を振る。
「いいえ。私は皇帝陛下より、留守中の事を任されておりました。護衛の不始末は私にも責があります」
「やはり、皇宮に仕える者全員に、アリス様のご身分を周知した方が良いですね。ケビン・ニールズのような誤解を抱いている者が他にもいるのかもしれませんし」
エリックの提案に、クラウディアが頷く。
やはり、アリスの情報は限られたものにしか伝えられていなかったらしい。
「ええ。そうなれば、いずれ貴族達の耳にも入るのだし、今のうちに全貴族に伝えましょう」
「その分、アリス様の安全には十分留意しなければ」
「ええ、わかっているわ。早速関係者を集めて話をします。ああ、陛下にもお伝えしないと」
二人の間でどんどん話が進んでいくのを、アリスはただ見守る事しかできない。
(なんだか大事になってる?)
書庫に行きたかっただけなのに、夢と同じ庭を見て駆け出したばかりに怪我をして、皇后が現れて・・・・・・。
そして今、自分が皇帝の娘だと広く周知されようとしている。
アリスはもう一度、自分の軽率な行動を呪った。
「アリス様、申し訳ないですが私はこれで失礼致します。ゆっくりお話ししたいですが、それは、またの機会に」
クラウディアはそう言って立ち上がった。
「エリック殿。アリス様の治癒をお願いします」
「承知致しました。陛下」
エリックの答えに笑みを浮かべたクラウディアは、侍女や騎士達を連れて颯爽と去って行った。
「相変わらず行動的な方だ。さて、アリス様。こちらを向いて頂けますか?」
エリックに言われた通りにアリスが顔を向けると、彼は「失礼致します」と言って、アリスの顔を包み込むように手を翳した。
美麗な顔にじっと見つめられるのが気恥ずかしく、アリスの頬が熱を帯びる。
「緊張なさらないで下さい。怪我の手当てをするだけですよ」
そう言って呪文を唱えると、エリックの両手から白い光が発せられた。熱くも冷たくもない光だが、その光を浴びていると、体の痛みが少しずつ引いてきたのがわかる。
(治癒魔法・・・・・・?こんな貴重な魔法を使えるなんて・・・・・・)
アリスは驚いた。治癒魔法は、誰でも使える魔法という訳ではない。事実、アリスはどんなに練習しても一度も使えた事がなかった。
それ故に、治癒魔法は『奇跡の魔法』と呼ばれる。
「終わりました。どうですか?」
光が止むと、エリックが優しく問いかけた。痛みは嘘のように無くなっている。
「もう痛みはありません。ありがとうございます」
「それは良かった。立てますか?お部屋までお送り致しましょう」
******
エリックはアリスと並び、ナタリーがその後ろに従う形で皇宮の廊下を雑談をしながら歩く。
「あの、エリック様は治癒魔法が使えたのですね。術者の負担が大きいと聞きますが、お体は大丈夫なのですか?」
貴重な魔法を擦り傷と打撲の為に使わせてしまったのを申し訳なく思ってアリスは尋ねた。
「心配して下さってありがとうございます。私は治癒魔法を使うのには慣れていますから、平気ですよ。長時間だったり、休憩無しで何度も使うとさすがに疲れますが」
アリスにそう笑いかけた後、物憂げに目を伏せて言った。
「私の母は治癒魔法が使える女性でした。その為か、私も幼い頃から治癒魔法が使えるのですよ。親が治癒魔法を使えても、子供も使えるとは限りませんが。運が良かったんですね。私も、母も」
エリックの口調に、それ以上立ち入ってはいけない話だと判断してアリスは口を噤む。
「おや。気を遣わせてしまいましたね。今は辛くは無いんですよ。この魔法のお陰で職場でも優遇されていますから」
浮かない表情のアリスに気づいて、エリックは明るく言った。
「職場?」
「アイザック将軍閣下の直属です。いつもは閣下の業務の補佐を。治癒魔法士な分、他の者より給金は良いです。職場では重傷者が出た時のみ駆り出されるので、治癒魔法を使う機会は少ないですが、実家の方がよく治癒魔法の件で呼び出されますね」
エリックはそう言って苦笑した。
つまり、彼の治癒魔法を受けるにはロレンソ家もしくは上司であるギルバートの許可がいるという事。
それを知って、自分なんかが治癒魔法を使ってもらって良かったのだろうかと益々不安になる。
そう伝えると、エリックは声を出して笑った。
「ロレンソ家出身の皇后陛下がお命じになったんですから大丈夫ですよ。将軍閣下もロレンソ公爵も、皇后陛下のご命令とあれば何も言わないでしょう」
そして、何かを思い出してアリスに尋ねる。
「ところで、アリス様は今日は皇宮の散策を?」
「実は、書庫に行く予定でした。どのような本があるか興味があって」
そう話しながら、今日はもう行けないだろうとがっかりする。
エリックはにっこりと微笑んで言った。
「ああ、成程。学園でも昼休みには必ず図書館に通っていらっしゃいましたね」
「え、なんで知って・・・・・・」
学園ではクラスも違って接点もほとんどなかったのに。図書館でも会った事はないのに。
アリスの戸惑いを察知したエリックが慌てて弁解する。
「任務で知ったのです!申し上げたでしょう?貴女の学園生活を報告するよう頼まれていたと!」
「ああ、そうなんですね」
大きな声を出したエリックに驚きながらも、アリスは納得する。そう言えば、以前そんな事を言っていたような気がする。
「そうです」
エリックはホッとしながら、そっと額の汗を拭う。
その様子を後ろから見ていたナタリーは必死で笑いを堪えていた。
アリスを部屋まで送り届けたエリックが
「貴女が興味のありそうな本をいくつか持って来させます」
と言って帰り、翌朝届けられた本はどれもアリス好みの内容だったので、
「私の好みってわかりやすいのかしら?」
と、アリスは首を傾げた。
ケビンが連れて行かれると、クラウディアが心配そうな表情を浮かべて歩み寄って来た。
そして、膝をついて座ってアリスの頬に手を伸ばす。
「まあ。なんておいたわしい」
血はエリックが拭ってくれたが、口元の小さな傷は今は赤く腫れている。顔も地面に打ちつけた為、赤くなっていたり擦り傷になっている箇所があり、痛々しい有様だ。
「貴女にこのような怪我をさせてしまって申し訳ありません」
沈痛な面持ちで謝罪の言葉を口にされ、アリスは面食らった。
「そんな!謝らないで下さい!陛下のせいではありません!」
アリスはそう言ったが、クラウディアは目を固く閉じて首を振る。
「いいえ。私は皇帝陛下より、留守中の事を任されておりました。護衛の不始末は私にも責があります」
「やはり、皇宮に仕える者全員に、アリス様のご身分を周知した方が良いですね。ケビン・ニールズのような誤解を抱いている者が他にもいるのかもしれませんし」
エリックの提案に、クラウディアが頷く。
やはり、アリスの情報は限られたものにしか伝えられていなかったらしい。
「ええ。そうなれば、いずれ貴族達の耳にも入るのだし、今のうちに全貴族に伝えましょう」
「その分、アリス様の安全には十分留意しなければ」
「ええ、わかっているわ。早速関係者を集めて話をします。ああ、陛下にもお伝えしないと」
二人の間でどんどん話が進んでいくのを、アリスはただ見守る事しかできない。
(なんだか大事になってる?)
書庫に行きたかっただけなのに、夢と同じ庭を見て駆け出したばかりに怪我をして、皇后が現れて・・・・・・。
そして今、自分が皇帝の娘だと広く周知されようとしている。
アリスはもう一度、自分の軽率な行動を呪った。
「アリス様、申し訳ないですが私はこれで失礼致します。ゆっくりお話ししたいですが、それは、またの機会に」
クラウディアはそう言って立ち上がった。
「エリック殿。アリス様の治癒をお願いします」
「承知致しました。陛下」
エリックの答えに笑みを浮かべたクラウディアは、侍女や騎士達を連れて颯爽と去って行った。
「相変わらず行動的な方だ。さて、アリス様。こちらを向いて頂けますか?」
エリックに言われた通りにアリスが顔を向けると、彼は「失礼致します」と言って、アリスの顔を包み込むように手を翳した。
美麗な顔にじっと見つめられるのが気恥ずかしく、アリスの頬が熱を帯びる。
「緊張なさらないで下さい。怪我の手当てをするだけですよ」
そう言って呪文を唱えると、エリックの両手から白い光が発せられた。熱くも冷たくもない光だが、その光を浴びていると、体の痛みが少しずつ引いてきたのがわかる。
(治癒魔法・・・・・・?こんな貴重な魔法を使えるなんて・・・・・・)
アリスは驚いた。治癒魔法は、誰でも使える魔法という訳ではない。事実、アリスはどんなに練習しても一度も使えた事がなかった。
それ故に、治癒魔法は『奇跡の魔法』と呼ばれる。
「終わりました。どうですか?」
光が止むと、エリックが優しく問いかけた。痛みは嘘のように無くなっている。
「もう痛みはありません。ありがとうございます」
「それは良かった。立てますか?お部屋までお送り致しましょう」
******
エリックはアリスと並び、ナタリーがその後ろに従う形で皇宮の廊下を雑談をしながら歩く。
「あの、エリック様は治癒魔法が使えたのですね。術者の負担が大きいと聞きますが、お体は大丈夫なのですか?」
貴重な魔法を擦り傷と打撲の為に使わせてしまったのを申し訳なく思ってアリスは尋ねた。
「心配して下さってありがとうございます。私は治癒魔法を使うのには慣れていますから、平気ですよ。長時間だったり、休憩無しで何度も使うとさすがに疲れますが」
アリスにそう笑いかけた後、物憂げに目を伏せて言った。
「私の母は治癒魔法が使える女性でした。その為か、私も幼い頃から治癒魔法が使えるのですよ。親が治癒魔法を使えても、子供も使えるとは限りませんが。運が良かったんですね。私も、母も」
エリックの口調に、それ以上立ち入ってはいけない話だと判断してアリスは口を噤む。
「おや。気を遣わせてしまいましたね。今は辛くは無いんですよ。この魔法のお陰で職場でも優遇されていますから」
浮かない表情のアリスに気づいて、エリックは明るく言った。
「職場?」
「アイザック将軍閣下の直属です。いつもは閣下の業務の補佐を。治癒魔法士な分、他の者より給金は良いです。職場では重傷者が出た時のみ駆り出されるので、治癒魔法を使う機会は少ないですが、実家の方がよく治癒魔法の件で呼び出されますね」
エリックはそう言って苦笑した。
つまり、彼の治癒魔法を受けるにはロレンソ家もしくは上司であるギルバートの許可がいるという事。
それを知って、自分なんかが治癒魔法を使ってもらって良かったのだろうかと益々不安になる。
そう伝えると、エリックは声を出して笑った。
「ロレンソ家出身の皇后陛下がお命じになったんですから大丈夫ですよ。将軍閣下もロレンソ公爵も、皇后陛下のご命令とあれば何も言わないでしょう」
そして、何かを思い出してアリスに尋ねる。
「ところで、アリス様は今日は皇宮の散策を?」
「実は、書庫に行く予定でした。どのような本があるか興味があって」
そう話しながら、今日はもう行けないだろうとがっかりする。
エリックはにっこりと微笑んで言った。
「ああ、成程。学園でも昼休みには必ず図書館に通っていらっしゃいましたね」
「え、なんで知って・・・・・・」
学園ではクラスも違って接点もほとんどなかったのに。図書館でも会った事はないのに。
アリスの戸惑いを察知したエリックが慌てて弁解する。
「任務で知ったのです!申し上げたでしょう?貴女の学園生活を報告するよう頼まれていたと!」
「ああ、そうなんですね」
大きな声を出したエリックに驚きながらも、アリスは納得する。そう言えば、以前そんな事を言っていたような気がする。
「そうです」
エリックはホッとしながら、そっと額の汗を拭う。
その様子を後ろから見ていたナタリーは必死で笑いを堪えていた。
アリスを部屋まで送り届けたエリックが
「貴女が興味のありそうな本をいくつか持って来させます」
と言って帰り、翌朝届けられた本はどれもアリス好みの内容だったので、
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