私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり

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23.夢で見た庭

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 サブリナに提供された本を読んで時間を潰したアリスだったが、翌日の午前中には手持ちの本すべてを読み終えてしまった。

 「すごい集中力ですね、アリス様。あんな難しい本、私でしたら一時間も読めませんわ」

 読書を終えたアリスに紅茶を淹れながら、ナタリーが感心する。
 アリスが読んでいたのは、グランディエ帝国と精霊の関係について記された本と、魔法についての歴史書だった。

 「アリス様は、興味がある事には寝食も惜しんでしまう程に取り組んでしまいますからね。放っておくと倒れてしまうので、注意しないと・・・・・・」

 シェリルが溜め息混じりに言うと、ナタリーは「まあ」と目を丸くし、アリスは頬を赤くして反論した。

 「倒れたのなんて、子供の頃の話じゃない。さすがに自分の限界がわかるくらいには成長したわ」

 「確かに、お声がけすれば素直に休憩をして下さるようにはなりました」

 それはつまり、こちらから言わないと倒れるまでやり続けるという意味で。

 「熱心なのは結構な事ですが、程々でお願い致します」

 「・・・・・・わかったわ」

 倒れる度に散々迷惑をかけたシェリルからのお願いに、居た堪れない思いをしながらアリスは頷いた。

 「けれど、これでは退屈ですわね。新しい本を貰って来ましょうか?」

 「うーん・・・・・・」

 ナタリーに聞かれて、アリスは思案する。そして、「あっ」と思いついたものの、話そうかどうか躊躇する。

 「どうしました?」

 「あの、できれば、どんな本があるのか自分で見たいのよね。無理・・・・・・かしら?」

 おそらく、サブリナが用意した本は、皇宮内にある書庫から借りて来たものだろう。
 きっと、そこに行けばアリスが読んだことのない本が山ほどあるに違いない。

 是非自分の目で確かめてみたい。しかし、まだ皇女だと正式に認められていないアリスが皇宮をうろつくのは良くないのではないか、という懸念もある。

 「そうですね。お部屋に籠ってばかりなのも良くないですし、気分転換も兼ねてアリス様が直接書庫へ行けるように掛け合ってみますわ!」

 そう言ってナタリーはサブリナに聞きに行った。
 やがて、戻って来た彼女が言うには、アリスが書庫へ行く許可は呆気ないほど簡単に下りたという。

 「アリス様が不便のないよう計らうようにと陛下から仰せつけられておりますので。ただ、安全の為に護衛を付けさせて頂きます」

 昼食後、アリスの部屋を訪れたサブリナはそう言って年若い騎士を紹介した。

 「皇宮近衛騎士団所属のケビン・ニールズ殿です」

 「・・・・・・ケビン・ニールズと申します」

 アリスと同年代と思われる茶髪の青年が、サブリナの紹介を受けて挨拶をした。しかし、その目はアリスを値踏みするような険しい視線を向けてくる。

 「よろしく」

 アリスがそう返すと、無言のままふいっと視線を逸らした。

 「いつもの方と違うんですね」

 ケビンを見たナタリーが怪訝な顔で言った。
 アリスの部屋の前にはいつも同じ騎士が立っていて、てっきりその騎士が付いてくると思ったらしい。
 
 「今日は急病で休んでいて、急遽自分が護衛に選ばれました」

 「あら。そうなんですか」

 ケビンの説明にナタリーが合点がいったのか頷いた。

 「私もお供致しますわ」

 皇宮内に慣れている理由でナタリーも供を名乗り出た。

 「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」

 サブリナとシェリルに見送られ、アリス達は歩き始めた。


 皇宮に来た初日に部屋と玉座の間を行き来したが、初めて見る場所が多いアリスの為に、ナタリーは皇宮内を紹介しながら歩く。

 ケビンはずっと無言で付いて来ていたが、人気の無い場所に来ると突然立ち止まって口を開いた。

 「あんた、よくのこのこと皇宮に来れたな」

 驚いてケビンを見ると、彼は敵意を露わにした目でアリスを睨みつけている。

 「どうやって皇帝陛下を誑かしたかは知らんが、普通、皇后陛下もいらっしゃる皇宮に来るか?まったく図々しい女だ」

 どうやら彼はアリスを皇帝の愛人と思っているようだ。

 「お前のような女が皇后陛下と張り合おうなんて百年早い。身の程を弁えろ」

 そして、かなりの皇后信奉者だと思われる。

 「あなた、何を勘違いしているの。この方はーー」

 ナタリーがケビンに反論しようとしたが、アリスがその腕を引き寄せた。

 「アリス様!何をなさいます」

 「ひょっとしたら、私の情報は一部の人にしか知らされていないかもしれないわ。確認をとれるまで伏せていましょう」

 小声で告げると、ナタリーは何か言いたい様子だったが、渋々頷いた。

 「・・・・・・わかりました」

 「フン!図星で反論できないんだろう」

 ナタリーが何も言わなかったので、肯定の意味に捉えたケビンは勝ち誇ったように言った。

 「この場にシェリルさんがいなくて良かったですわ」

 「そうね」

 ナタリーの耳打ちにアリスが力強く頷く。

 帝国へ行くまでの二人旅で知った事だが、シェリルは普段は穏やかなのに、アリスが絡まれると人が変わったように怖くなる。

 (口だけでなく、掴みかかりそうね・・・・・・)

 そうなったら、とんでもなく修羅場になっただろうなと、アリスはシェリルを部屋に残して来て良かったと思う。

 険悪になった雰囲気のまま再び歩き出す。
 しばらく行くと、三人は建物の外に出た。

 「書庫がある建物に行くには、この庭を通りますの」

 ナタリーがそう言って進み始めたが、アリスは立ち止まったまま、反対方向に視線を向けた。

 (この景色、どこかで・・・・・・)

 「おい、そっちは逆だぞ」

 ふらふらと歩き出したアリスに、ケビンが声をかけるが、アリスは止まらない。

 (そうよ。ここ、夢の中で見た庭じゃない!)
 
 夢の記憶が鮮明になるに連れて、アリスの歩みも自然と速くなり、遂には駆け出していた。後ろから自分を呼ぶ二人の声がする。
 夢と同じ花が咲き乱れる庭を、アリスはある場所を目指してひたすら走った。

 (ここを抜ければ・・・・・・)

 記憶を頼りに庭を抜けると、夢で見たガゼボが見えてきた。
 遠目ではっきりとはわからないが、金髪の人物が座っている。

 (あの人かしら。もっと近くに)

 そう思って一歩踏み出そうとした時、アリスは突然後ろから地面に押しつけられた。
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