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22.憧れの人

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 アリスの心の内など知る由もないサブリナは、そのまま説明を続けた。

 「残るお二人は、先帝陛下の側妃でいらっしゃったセラフィーヌ様と、皇帝陛下の妹君でいらっしゃるルフィナ・グラン・リヴァンジェ女公爵閣下です」

 「あ、あの『水の賢者ルフィナ』様ですか!?」

 ガタッと音を立てる勢いで立ち上がったアリスが叫んだ。
 すっかり失念していた。『賢者様の姿を一目見たい』というのも帝国へ来た理由の一つだったのだ。そして、その賢者は皇帝の妹でもあった。

 アリスの行動に面食らったサブリナだったが、すぐに何事も無かったかのように答える。

 「ええ。魔法士としても優秀な御方です。アリス様もよくご存知のご様子」

 「魔法士にとって賢者様は憧れの存在ですから!水の賢者様は若くして賢者の地位についた優秀な方ですし、同じ女性魔法士として尊敬しております!」

 そこまで一息に喋った後、自分が立ち上がっている事に気づいたアリスは、顔を赤くしながらゆっくりと着席した。

 「失礼いたしました。はしたない真似を・・・・・・」

 蚊の鳴くような声で謝罪を口にするアリスの後ろでは、ナタリーとシェリルが笑みを浮かべている。
 ただし、ナタリーはアリスを微笑ましいと思っているような笑みだが、シェリルは笑ってはいるものの『またか』と思っていそうな微妙な表情だった。
 そんなシェリルの表情が、アリスが普段からどれだけ『賢者様』への憧れを口にしているかを物語っている。

 「いいえ、気になさらず。ルフィナ様とはそのうちお会いになれると思います。会ってから承認するか決めたいと仰ってましたので」

 「ルフィナ様と会える・・・・・・」

 アリスは胸を高鳴らせた。レノワールを出た当初は、遠くから姿を見るだけでも良いと思っていたのに、まさか直接会う事ができるとは。

 「アリス様、落ち着いて下さい」

 シェリルにそっと嗜められ、アリスは震える手でカップを手に取る。
 花の香りがするお茶を口にしていくらか気持ちが落ち着いてきた。

 「セラフィーヌ様は、現在ルフィナ様とご一緒にリヴァンジェ領にお住まいですので、お会いになるのはルフィナ様と同じ時期になります」

 セラフィーヌはルフィナの生母だ。先帝が崩御した時、先代のリヴァンジェ公爵に嫁いでいたルフィナがセラフィーヌを呼び寄せたのだという。

 「お二人とお会いになる日程は調整中です。ルフィナ様がお仕事でお忙しく・・・・・・」

 「いえ、私はいつまで待っても構いません!」

 「ありがとうございます。皇族の方全員の承認が頂ければ、貴族の承認もとりやすくなるのですが・・・・・・。できるだけ早く日程を決定致しますね」

 申し訳なさそうに話すサブリナに、承認を取ることを望んでいないアリスの良心がチクリと痛む。

 「それに、ルフィナ様と契約している精霊は水の大精霊ですから、そちらの承認も捗りますし」
 
 「えっ!?」

 またもや飛び出したとんでもない情報に、アリスは思わず声が出た。
 承認をもらう対象にあがるくらいなので、大精霊は普通の精霊とは別格だとアリスは認識していた。そのような精霊と契約している?

 「この国の方々が精霊と契約を結ぶという話は聞いていましたが、大精霊のような重要な精霊と契約する事も可能なのですか」

 「ええ、事例は少ないですが、可能でございます。そうでした。その説明が抜けていましたね」
 
 申し訳ありませんと詫び、サブリナが話し出す。

 「仰った通り、この国の者は、十歳になると精霊宮にて精霊と契約を結びます。魔力があったり、精霊に気に入られた場合はもう少し早いのですが」

 気に入った人間を見つけた精霊が、他の精霊に取られないよう勝手に契約を結ぶらしい。

 「精霊には炎、水、風、大地の属性があり、大精霊はそれらの精霊の頂点に位置します。ルフィナ様は元々魔力があり、ご幼少の頃は水の魔法によく親しんでいらっしゃったので、大精霊に気に入られたのでしょう」

 当時ルフィナは七歳。水の大精霊と手を繋いで帰って来て大騒ぎになったそうだ。
 
 「大精霊は力が強いので姿を自在に変えられますが、普通の精霊はこのような姿です」
 
 そう言ってサブリナが「チト」と呼ぶと、アリスが花畑で見たのと同じ精霊が現れた。
 蝶よりやや大きめの、人間に羽が生えた姿をしている。

 「か、可愛い・・・・・・」

 アリスとシェリルがほぼ同時に呟いた。

 「この子は私と契約した『チト』という精霊です。大地の精霊ですので、例えば・・・・・・」

 サブリナが立ち上がって部屋に飾ってある鉢植えに近づいた。花が咲き始めているものの、いくつか蕾が残っている。
 
 「チト、お願い」

 サブリナの言葉にチトは頷き、鉢植えに向かって小さな手をかざす。
 すると、蕾が綻んで花が咲き始めた。

 「まあ・・・・・・!」
 
 シェリルだけでなく、魔法を見慣れているアリスからも驚きの声が漏れる。

 「このように、土や植物に作用する魔法が得意です」
 
 「あら?でも、サブリナが魔法を使ったのではないですね。精霊と契約するから、国民全員が魔法を使えると聞いてたのだけれど」

 「それは、少し誤解がありますね。魔力の無い者が精霊と契約しても、その人間が魔法を使う事はできません。あくまで魔法を使うのは精霊。契約した人間の為だけに精霊は魔法を使うのです」

 どうやら、魔力を持つ者がたまたま精霊を連れているのを見た者によって、間違った伝聞がされていたようだ。

 「やはり、実際に見聞きした方が勉強になりますね」
 
 「よろしければ、魔法や精霊についての書籍を取り寄せましょうか」

 「いいんですか!?」

 サブリナからの申し出にアリスの声が弾む。
 帝国の魔法関係の本はレノワールでは手に入らなかったので、読んでみたいとずっと思っていたのだ。

 「ええ。何も無いのは退屈でしょうから。他にもご要望があればなんなりと」

 「ありがとうございます!」
 
 お礼を言うアリスに苦笑しつつ、サブリナは帰って行った。
 その後、数冊の本がアリスの元に届けられ、アリスは食事をするのも忘れて一日中読書に没頭してシェリルに叱られたのだった。
 
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