私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり

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14.皇宮到着

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 国境の街を出発してから二日後。アリス達が乗った馬車はグランディエ帝国皇都に入った。

 「普通なら七日はかかるのに、二日で到着するなんて」

 ここまでの行程を振り返って呆然と呟くアリスにシェリルが頷く。

 「はい。貴重な経験を致しました」

 どうして通常より五日も早く到着できたのか。それは、途中の大きな街で転移の魔法陣を使い、移動距離を大幅に短縮したからだ。

 「馬車ごと魔法陣で移動だなんて、帝国の魔法士の方々は優秀な方ばかりですのね」

 レノワール王国では上級魔法士の資格を持っていたアリスは、物だけでなく、自身に転移魔法をかけて移動する事ができる。
 しかし、転移魔法は転移させる対象の大きさ、数、移動距離が増えると、それだけ難易度が上がる。
 魔法陣でそれを補う事はできるが、それでも成功させる事ができる魔法士は少数だろう。

 「魔石を使っている馬車なので、あのような事ができるのですよ。他の馬車ではそうはいきません」

 向かいの席に座るエリックが説明をする。彼はこの二日間、アリス達に不便がないよう常に気を配り、わからない事もこうやって親切に教えてくれた。

 その隣に座るギルバートは、腕組みをしたまま寝息を立てている。

 「閣下はお疲れのようですね」

 「宿泊先で皇宮への連絡や他の仕事の調整をしていましたからね。眠れていないのでしょう」

 たしかに宿泊先でのギルバートは、アリス達と別行動をとる事が多かった。

 「そんなにお忙しい中、私の迎えに?」

 「ええ。自分が迎えに行くと行って聞きませんでしたから」

 「・・・・・・おい、余計な事を言うな」

 いつの間にか起きていたギルバートがエリックを睨む。

 「面識のある人間が行った方が、アリスちゃんも気が楽だろうって思っただけだ」

 (むしろ緊張したのだけれど!?)

 アリスにとっては『社交でニ、三度会った他国の上位貴族(しかも元皇族)』という認識だったので、心の中でつっこんだ。
 しかし、彼なりの気遣いだと思うと、それはそれでありがたいと思った。

 「ギルバート様には本当にお世話になりました」

 「礼を言うのはまだ早いんじゃないか?」
 
 この二日間の感謝を述べるアリスに、ギルバートがそう言って笑う。

 「あんたを皇帝陛下に引き合わせるまでが、俺の役目だからな」

 「・・・・・・」

 そうだった。その為に来たんだったと、アリスは頭を抱えた。それを見たギルバートが呆れた顔で話し掛ける。

 「おいおい。元々、父親に会う為にこの国に来たんだろう?」

 「はい。ですが、まだ信じられないというか、心の準備が・・・・・・」

 「いい加減覚悟を決めろ」

 (そんな事を言われても・・・・・・)

 この後に及んでも、『この者は儂の娘では無い』と言われて解放される事を期待してしまう。
 間違いだったと言われる方がマシだ。皇帝の娘として迎えられれば、皇宮に軟禁されるのではないのだろうか。

 「あ、あの・・・・・・閣下、よろしいでしょうか」

 アリスが悶々としていると、シェリルが遠慮がちに口を開いた。

 「どうした、シェリル?」

 「はい。あの、お嬢様が皇宮に入られると、私はどうなるのですか?」

 堅い表情のまま、少し震えた声で尋ねられた問いに対して、ギルバートはエリックと顔を見合わせる。

 「どうなるも何も・・・・・・あんたはアリスちゃんの侍女だろ?アリスちゃんと一緒に皇宮に入るが?」

 「えっ・・・・・・よろしいのですか?」

 ギルバートの返答に、シェリルは目を丸くする。
 アリスが皇帝の娘として迎えられるのならば、側に仕える者達も揃えられているだろう。
 それならば、自分がお供できるのは皇宮まで。アリスが皇宮に到着すれば、用済みとして追い払われるのではないか・・・・・・。
 そう思っていたのだ。
 シェリルの不安を払拭するように、エリックが穏やかな口調で付け加える。
 
 「貴女の事も、ハミルトン殿から頼まれています。場所が変わるだけで、今までと何も変わりませんよ」

 「いきなり知らない奴に世話されるよりも、あんたが側にいた方がアリスちゃんも安心だろ?」

 「ありがとうございます」

 二人にそう言われて、シェリルはようやく安堵の表情を浮かべて深々とお辞儀をした。


******

 皇宮に到着したアリス達を迎えたのは、濃紺のドレスを着た女性だった。

 「私は皇宮で女官長を務めております、サブリナ・キールズと申します。以後、お見知りおきを」

 「アリス・ハミルトンです。よろしくお願い致します」

 サブリナからの挨拶にそう答えると、彼女は切長の目を一層細めてアリスを見つめた。

 「私は貴女様にお仕えする身です。そのように畏まらないで下さいませ」

 「は、はい・・・・・・っ!」

 アリスの返事にサブリナは何か言おうとしたが、諦めたように小さく溜め息をついて話し始めた。

 「・・・・・・では、お部屋にご案内致します。湯浴みとお着替えの後、皇帝陛下との謁見がございますので」

 「・・・・・・ッ!?」

 『皇帝陛下との謁見』という言葉に、アリスは心臓が跳ね上がる。それと同時に襲いかかるのは今まで経験した事のないような胃痛。

 「来たばっかりだぞ?少しは休ませてやれよ」

 一気に顔色が悪くなったアリスを気遣ってギルバートが抗議をする。

 「そのようにして差し上げたいのですが、陛下は明日から十日ほどご予定がおありです。できれば今日お会いになりたいと・・・・・・」

 「ふうん。相変わらずお忙しいねえ。ま、十日も待たされる方がアリスちゃんの心臓に悪そうだな」

 ギルバートがアリスを見ながら苦笑する。

 「悪いな、アリスちゃん。謁見の時は俺も一緒だから」

 そう言って、アリス達を残して去って行った。
 その後ろ姿にサブリナは大きな溜め息をつく。

 「まったく、あの方は・・・・・・。では、参りましょう」


 
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