私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり

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10. 知らされた真実

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 「今頃、ハミルトン侯爵の手続きも完了している頃でしょう」

 馬車が進み始めて暫く経った時、エリックがポツリと呟いた。

 「・・・・・・お祖父様も、この国を去るんですね」

 アリスが悲し気に目を伏せる。
 祖父は、アリスが侯爵家を出たら、爵位返上をして王国を出ると言っていた。
 自分のせいで申し訳ないと謝るアリスに、

 『お前が居なくなった国にいても仕方ない。それに、十分働いてやったからな』

 と言って笑っていた。

 取り敢えず、祖母の実家である公爵家の領地に立ち寄ってから、西の隣国・アディーラに入り、諸国を巡るという。
 仕事で訪れてばかりだったので、気ままに回るのが夢だったらしい。

 「帝国にはいらっしゃらないんですね」

 「ええ。・・・・・・祖母が帝国で亡くなったので。その後は外交業務で何度か来訪していますが、自ら進んでは行かないでしょう」

 母が幼い頃、祖父は大使として家族でグランディエ帝国に駐在していた。
 しかし、任期満了の前に祖母は病にかかり、そのまま帰らぬ人となる。
 祖父にとってグランディエ帝国は、家族三人で過ごした思い出の地であると同時に、愛する妻を失った辛い場所でもあるのだ。

 「けれども、気持ちが変わるかもしれません。その時は、我々も協力致しますので」

 「ありがとうございます。・・・・・・あの」

 アリスは少し迷ってから、気になっていた事をエリックに尋ねた。

 「先ほど、祖父に『便宜を図ってもらった』と仰っていましたが、それは一体」

 「ああ、それは・・・・・・まず、貴女に謝罪を。私はドリトン家の人間ではありません」

 にこやかだった表情から、真面目な顔つきになったエリックが、アリスを真っ直ぐ見つめる。

 「私の本名は、エリック・ロレンソ。グランディエ帝国の筆頭公爵・ロレンソ公爵家の者です」

 「ロレンソ公爵家といえば、皇后陛下のご実家ではありませんか!?」

 エリックの告白に声をあげたのは、シェリルだった。
 そして、顔を赤くして俯くと、「すいません・・・・・・」と、蚊の鳴くような声で謝罪した。

 「いいえ、気になさらず。さすが、アリス様の侍女殿。よくご存知で。その通り。皇后陛下は私の叔母です」

 その家柄故に、混乱を避ける為、ドリトンと名乗って留学する際に祖父が助力をしたそうだ。

 「そんな立派な家柄の方がどうして、この国に留学を?」

 帝国にも学園はあるし、公爵家ならば学習環境も充実しているだろうに。

 「貴女の学園生活と、婚約者殿にどのように扱われているか見てくるよう頼まれまして」

 エリックは誰にとは言わなかったが、アリスには心当たりがあった。

 「私の、父親にですか?」

 「ええ。内密にですが」

 「あなたは父とどういうご関係なんですか?」

 「えっ?」

 何故かエリックが驚く。
 アリスは、彼がどうしてそんなに驚くのかわからない。

 「・・・・・・もしかして、何もご存知ないんですか?」

 「何の話です?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 エリックが隣のクロードと顔を見合わせる。
 アリスとシェリルも訳がわからずにお互いを見る。

 「ええと、ハミルトン侯爵は何か仰ってましたか?」

 「『父親に会えばわかる』としか」

 「あああ~そう来たか~」

 口元に手を当てて難しい顔をし、暫し無言で考え込むエリックを、アリスは不安気に見つめた。

 「どうしよう・・・・・・いや、でも、そうか・・・・・・」

 ぶつぶつと呟いていたエリックだが、ようやくアリスの方を見ると、にこりと笑った。
 学園で令嬢達を悩殺してきた笑顔である。

 「大丈夫です」

 「だ、大丈夫なんですか?な、何が?」

 「帝国に着いたらおおよその事はわかるでしょう」

 吹っ切れたようにそう言うと、アリスの手を取り「安心して下さいね」と笑いかけた。


 ***


 途中で休憩を挟みながら移動し、日が落ちる前に国境の街に到着した。
 関所では、エリックの馬車に同乗していた効果なのか、思っていたよりもすんなり通してもらえた。

 「これより先が、我がグランディエ帝国ですよ」

 馬車が関所の門を通過する時にエリックが言った。
 門を抜けて馬車を下りると、一人の兵が駆け寄って来て、エリックに敬礼をする。

 「長旅お疲れ様でございます!エリック・ロレンソ卿!お迎えにあがりました!」

 「ああ。ご苦労」

 そのやり取りを、アリスとシェリルが感心しながら眺める。

 「国境まで迎えが来るなんて、さすが、ロレンソ公爵家の御令息といった感じですね」

 傍にいたクロードにそう言うと、

 「いえ、その迎えはエリック様にでは無く・・・・・・」

 と、戸惑いながら歯切れの悪い言い方をする。

 「あちらに迎えが来ています。行きましょう」

 エリックに案内されて行ったアリスは言葉を失う。
 そこには、乗って来た馬車より大きな馬車が1台あり、その周りを馬に乗った十人近い護衛が囲んでいたからだ。
 その光景に圧倒されていたアリスは、馬車から出て来た人物を見てさらに驚く。

 「久しぶりだな。アリス・ハミルトン嬢」

 「アイザック将軍閣下・・・・・・?」

 アリスに話しかけた男は、ギルバート・グラン・アイザック。
 先代皇帝の第一皇子だが、臣籍降下してアイザック公爵となり、グランディエ帝国の軍部を纏める将軍も務める。
 王国の式典に参列した事もあり、アリスとは面識があった。

 「どうして、こちらに?」

 公爵令息の迎えにしては仰々しいと思ったアリスがそう口にすると、ちょうどアリスに近づいて来たギルバートが笑う。

 「『どうして?』貴女を迎えに来たんだよ」

 そう言うと、アリスに手を差し出す。

 「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」



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