8 / 40
8. アリスの秘密
しおりを挟む
「もう!いい加減にして欲しいですわ!!」
シェリルが枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。
ここはレノワール王国北部国境近くの宿屋。
その部屋に着いて、アリスが防音と盗聴防止の魔法結界を張った瞬間これである。
婚約破棄の翌日に侯爵家を出て四日。宿屋に着く度の恒例になりつつある。
「仕方ないわよシェリル。向こうも仕事なんだから」
アリスが宥めるのもお馴染みの流れだ。
「でも、お嬢様は何もしておりませんのに、まるで犯罪者のように・・・・・・!!」
シェリルが悔しそうに顔を歪める。
「本当にね。お祖父様にこれを持たせてもらって正解だったわ」
そう言ってアリスが取り出したのは、街で兵士に見せたグランディエ帝国民の身分証だ。
出国する際に発行され、帝国の人間であると他国に証明できる。
国王がアリスを探すだろうからと、侯爵家を出発する時にエディアルドから渡されたのだ。
***
「これは、グランディエ帝国発行の身分証じゃないですか。しかも、本物ですよこれ」
祖父に手渡された『アイリス・フォーデン』の身分証に鑑定魔法をかけたアリスが驚く。
「お前がアレを見限ってグランディエ帝国へ行くのは予想できたからな。事前に用意させた」
エディアルドがそう言ってニヤリと笑う。
王太子はついに『アレ』扱いになった。
そう言えば、祖父は外務大臣だったとアリスは思い出す。
「職権濫用・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。最初で最後だ」
「でも、大袈裟では?」
「いいや」
アリスの言葉をエディアルドは即座に否定した。
「陛下は必ずお前を連れ戻そうとする。お前には価値があるからな」
「価値?」
「・・・・・・まあ、そのあたりの事も父親に会えばわかる」
一体自分の父親は何者なのかと思ったが、祖父は諸々の説明を父親に丸投げすると決めたようなので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。
「わかりました」
「二人分あるから、シェリルを連れて行きなさい」
「私ですか!?」
指名されたシェリルが驚いて聞き返す。
「アリス一人では心許ないからな。嫌ならば、無理にとは言わないが・・・・・・」
エディアルドがそう言うと、シェリルは背筋を伸ばして真摯な眼差しを向ける。
「いいえ。むしろ、自分で名乗り出るつもりでした。ありがとうございます、旦那様」
深々とお辞儀をするシェリルに、エディアルドは孫娘にしたのと同じように彼女の頭を撫でる。
「お前はアリスに本当によく尽くしてくれていた。これからも、よろしく頼む。生まれ育った国を捨てさせるのは申し訳ないが・・・・・・」
思いがけない言葉を掛けられたシェリルは、エディアルドを涙目で見上げた。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様のお側にいられるならば、何処へでもお供致します」
「そうか。ありがとう」
シェリルに感謝を伝えたエディアルドはアリスに向き直って言った。
「シェリルの方の身分証は『シェリー・フォーデン』にしてある。姉妹・・・・・・いや、義理の姉妹にしておいた方が無難だろう」
「はい。陛下が私を探すのならば、魔法で姿を変えた方が良いですね」
アリスの言葉に、エディアルドが首を振る。
「いや、魔法を使っては鑑定魔法で見破られる可能性がある。下手に変装をするよりは・・・・・・」
***
「旦那様に言われて、お嬢様の目の色を戻しておいたのも良かったですね」
シェリルの言葉にアリスが頷く。
アリスはもともと紅い瞳をしている。
父親からの遺伝なのだろうが、レノワール王国では珍しい色だ。
その為、瞳の色の事で傷つけられないよう、アリスが産まれて間もない頃、祖父が友人の魔法士に頼んで藍色に変えてもらっていたのだ。
ちなみに、その魔法士は現在の魔法省長官である。
出立の際、アリスは瞳の色を戻し、長かった銀の髪を肩の長さに切った。
魔法を使った変装は一切していない。
それが功を奏して今までどうにかやり過ごしてきた。
手配されている特徴と唯一違うのが瞳の色だけなので、魔法で紅く変えているのではと疑われるが、今日のように調べるとすぐに解放される。
まさか、藍色の瞳の方が偽物だったとは、夢にも思わないのだろう。
「それに、私を調べた魔法士達が中級魔法士で良かった。彼らは嘘を見破る事はできないもの」
アリスがホッとしたように呟く。
この国の魔法士は、実力によって『上級』・『中級』・『下級』に分けられ、昇格するには基準を満たさなければならない。
そして、上級の昇格基準の一つに『真実魔法を使える事』というものがある。
『真実魔法』とは嘘を見破る魔法の事だ。
鑑定魔法も、ある意味嘘を見破る魔法であるが、物や外見の真贋を確かめる以上の事はできない。
『身分証が帝国で発行されたものか、この国で勝手に似せて作られたものか』は調べられるが、『アイリス・フォーデンの身分証を持っている人物は本人かどうか』は調べられないのである。
「ああ、でも、今日の魔法士は上級魔法士だったわね。どうしようかと思ったけれど・・・・・・もしかして、見逃してくれたのかしら」
「旦那様なら、魔法省に手を回していても、おかしくありませんわね」
シェリルがそう言うと、アリスは「その通りね」と言って苦笑した。
シェリルが枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。
ここはレノワール王国北部国境近くの宿屋。
その部屋に着いて、アリスが防音と盗聴防止の魔法結界を張った瞬間これである。
婚約破棄の翌日に侯爵家を出て四日。宿屋に着く度の恒例になりつつある。
「仕方ないわよシェリル。向こうも仕事なんだから」
アリスが宥めるのもお馴染みの流れだ。
「でも、お嬢様は何もしておりませんのに、まるで犯罪者のように・・・・・・!!」
シェリルが悔しそうに顔を歪める。
「本当にね。お祖父様にこれを持たせてもらって正解だったわ」
そう言ってアリスが取り出したのは、街で兵士に見せたグランディエ帝国民の身分証だ。
出国する際に発行され、帝国の人間であると他国に証明できる。
国王がアリスを探すだろうからと、侯爵家を出発する時にエディアルドから渡されたのだ。
***
「これは、グランディエ帝国発行の身分証じゃないですか。しかも、本物ですよこれ」
祖父に手渡された『アイリス・フォーデン』の身分証に鑑定魔法をかけたアリスが驚く。
「お前がアレを見限ってグランディエ帝国へ行くのは予想できたからな。事前に用意させた」
エディアルドがそう言ってニヤリと笑う。
王太子はついに『アレ』扱いになった。
そう言えば、祖父は外務大臣だったとアリスは思い出す。
「職権濫用・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。最初で最後だ」
「でも、大袈裟では?」
「いいや」
アリスの言葉をエディアルドは即座に否定した。
「陛下は必ずお前を連れ戻そうとする。お前には価値があるからな」
「価値?」
「・・・・・・まあ、そのあたりの事も父親に会えばわかる」
一体自分の父親は何者なのかと思ったが、祖父は諸々の説明を父親に丸投げすると決めたようなので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。
「わかりました」
「二人分あるから、シェリルを連れて行きなさい」
「私ですか!?」
指名されたシェリルが驚いて聞き返す。
「アリス一人では心許ないからな。嫌ならば、無理にとは言わないが・・・・・・」
エディアルドがそう言うと、シェリルは背筋を伸ばして真摯な眼差しを向ける。
「いいえ。むしろ、自分で名乗り出るつもりでした。ありがとうございます、旦那様」
深々とお辞儀をするシェリルに、エディアルドは孫娘にしたのと同じように彼女の頭を撫でる。
「お前はアリスに本当によく尽くしてくれていた。これからも、よろしく頼む。生まれ育った国を捨てさせるのは申し訳ないが・・・・・・」
思いがけない言葉を掛けられたシェリルは、エディアルドを涙目で見上げた。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様のお側にいられるならば、何処へでもお供致します」
「そうか。ありがとう」
シェリルに感謝を伝えたエディアルドはアリスに向き直って言った。
「シェリルの方の身分証は『シェリー・フォーデン』にしてある。姉妹・・・・・・いや、義理の姉妹にしておいた方が無難だろう」
「はい。陛下が私を探すのならば、魔法で姿を変えた方が良いですね」
アリスの言葉に、エディアルドが首を振る。
「いや、魔法を使っては鑑定魔法で見破られる可能性がある。下手に変装をするよりは・・・・・・」
***
「旦那様に言われて、お嬢様の目の色を戻しておいたのも良かったですね」
シェリルの言葉にアリスが頷く。
アリスはもともと紅い瞳をしている。
父親からの遺伝なのだろうが、レノワール王国では珍しい色だ。
その為、瞳の色の事で傷つけられないよう、アリスが産まれて間もない頃、祖父が友人の魔法士に頼んで藍色に変えてもらっていたのだ。
ちなみに、その魔法士は現在の魔法省長官である。
出立の際、アリスは瞳の色を戻し、長かった銀の髪を肩の長さに切った。
魔法を使った変装は一切していない。
それが功を奏して今までどうにかやり過ごしてきた。
手配されている特徴と唯一違うのが瞳の色だけなので、魔法で紅く変えているのではと疑われるが、今日のように調べるとすぐに解放される。
まさか、藍色の瞳の方が偽物だったとは、夢にも思わないのだろう。
「それに、私を調べた魔法士達が中級魔法士で良かった。彼らは嘘を見破る事はできないもの」
アリスがホッとしたように呟く。
この国の魔法士は、実力によって『上級』・『中級』・『下級』に分けられ、昇格するには基準を満たさなければならない。
そして、上級の昇格基準の一つに『真実魔法を使える事』というものがある。
『真実魔法』とは嘘を見破る魔法の事だ。
鑑定魔法も、ある意味嘘を見破る魔法であるが、物や外見の真贋を確かめる以上の事はできない。
『身分証が帝国で発行されたものか、この国で勝手に似せて作られたものか』は調べられるが、『アイリス・フォーデンの身分証を持っている人物は本人かどうか』は調べられないのである。
「ああ、でも、今日の魔法士は上級魔法士だったわね。どうしようかと思ったけれど・・・・・・もしかして、見逃してくれたのかしら」
「旦那様なら、魔法省に手を回していても、おかしくありませんわね」
シェリルがそう言うと、アリスは「その通りね」と言って苦笑した。
1,089
お気に入りに追加
4,823
あなたにおすすめの小説

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる