8 / 36
8. アリスの秘密
しおりを挟む
「もう!いい加減にして欲しいですわ!!」
シェリルが枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。
ここはレノワール王国北部国境近くの宿屋。
その部屋に着いて、アリスが防音と盗聴防止の魔法結界を張った瞬間これである。
婚約破棄の翌日に侯爵家を出て四日。宿屋に着く度の恒例になりつつある。
「仕方ないわよシェリル。向こうも仕事なんだから」
アリスが宥めるのもお馴染みの流れだ。
「でも、お嬢様は何もしておりませんのに、まるで犯罪者のように・・・・・・!!」
シェリルが悔しそうに顔を歪める。
「本当にね。お祖父様にこれを持たせてもらって正解だったわ」
そう言ってアリスが取り出したのは、街で兵士に見せたグランディエ帝国民の身分証だ。
出国する際に発行され、帝国の人間であると他国に証明できる。
国王がアリスを探すだろうからと、侯爵家を出発する時にエディアルドから渡されたのだ。
***
「これは、グランディエ帝国発行の身分証じゃないですか。しかも、本物ですよこれ」
祖父に手渡された『アイリス・フォーデン』の身分証に鑑定魔法をかけたアリスが驚く。
「お前がアレを見限ってグランディエ帝国へ行くのは予想できたからな。事前に用意させた」
エディアルドがそう言ってニヤリと笑う。
王太子はついに『アレ』扱いになった。
そう言えば、祖父は外務大臣だったとアリスは思い出す。
「職権濫用・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。最初で最後だ」
「でも、大袈裟では?」
「いいや」
アリスの言葉をエディアルドは即座に否定した。
「陛下は必ずお前を連れ戻そうとする。お前には価値があるからな」
「価値?」
「・・・・・・まあ、そのあたりの事も父親に会えばわかる」
一体自分の父親は何者なのかと思ったが、祖父は諸々の説明を父親に丸投げすると決めたようなので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。
「わかりました」
「二人分あるから、シェリルを連れて行きなさい」
「私ですか!?」
指名されたシェリルが驚いて聞き返す。
「アリス一人では心許ないからな。嫌ならば、無理にとは言わないが・・・・・・」
エディアルドがそう言うと、シェリルは背筋を伸ばして真摯な眼差しを向ける。
「いいえ。むしろ、自分で名乗り出るつもりでした。ありがとうございます、旦那様」
深々とお辞儀をするシェリルに、エディアルドは孫娘にしたのと同じように彼女の頭を撫でる。
「お前はアリスに本当によく尽くしてくれていた。これからも、よろしく頼む。生まれ育った国を捨てさせるのは申し訳ないが・・・・・・」
思いがけない言葉を掛けられたシェリルは、エディアルドを涙目で見上げた。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様のお側にいられるならば、何処へでもお供致します」
「そうか。ありがとう」
シェリルに感謝を伝えたエディアルドはアリスに向き直って言った。
「シェリルの方の身分証は『シェリー・フォーデン』にしてある。姉妹・・・・・・いや、義理の姉妹にしておいた方が無難だろう」
「はい。陛下が私を探すのならば、魔法で姿を変えた方が良いですね」
アリスの言葉に、エディアルドが首を振る。
「いや、魔法を使っては鑑定魔法で見破られる可能性がある。下手に変装をするよりは・・・・・・」
***
「旦那様に言われて、お嬢様の目の色を戻しておいたのも良かったですね」
シェリルの言葉にアリスが頷く。
アリスはもともと紅い瞳をしている。
父親からの遺伝なのだろうが、レノワール王国では珍しい色だ。
その為、瞳の色の事で傷つけられないよう、アリスが産まれて間もない頃、祖父が友人の魔法士に頼んで藍色に変えてもらっていたのだ。
ちなみに、その魔法士は現在の魔法省長官である。
出立の際、アリスは瞳の色を戻し、長かった銀の髪を肩の長さに切った。
魔法を使った変装は一切していない。
それが功を奏して今までどうにかやり過ごしてきた。
手配されている特徴と唯一違うのが瞳の色だけなので、魔法で紅く変えているのではと疑われるが、今日のように調べるとすぐに解放される。
まさか、藍色の瞳の方が偽物だったとは、夢にも思わないのだろう。
「それに、私を調べた魔法士達が中級魔法士で良かった。彼らは嘘を見破る事はできないもの」
アリスがホッとしたように呟く。
この国の魔法士は、実力によって『上級』・『中級』・『下級』に分けられ、昇格するには基準を満たさなければならない。
そして、上級の昇格基準の一つに『真実魔法を使える事』というものがある。
『真実魔法』とは嘘を見破る魔法の事だ。
鑑定魔法も、ある意味嘘を見破る魔法であるが、物や外見の真贋を確かめる以上の事はできない。
『身分証が帝国で発行されたものか、この国で勝手に似せて作られたものか』は調べられるが、『アイリス・フォーデンの身分証を持っている人物は本人かどうか』は調べられないのである。
「ああ、でも、今日の魔法士は上級魔法士だったわね。どうしようかと思ったけれど・・・・・・もしかして、見逃してくれたのかしら」
「旦那様なら、魔法省に手を回していても、おかしくありませんわね」
シェリルがそう言うと、アリスは「その通りね」と言って苦笑した。
シェリルが枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。
ここはレノワール王国北部国境近くの宿屋。
その部屋に着いて、アリスが防音と盗聴防止の魔法結界を張った瞬間これである。
婚約破棄の翌日に侯爵家を出て四日。宿屋に着く度の恒例になりつつある。
「仕方ないわよシェリル。向こうも仕事なんだから」
アリスが宥めるのもお馴染みの流れだ。
「でも、お嬢様は何もしておりませんのに、まるで犯罪者のように・・・・・・!!」
シェリルが悔しそうに顔を歪める。
「本当にね。お祖父様にこれを持たせてもらって正解だったわ」
そう言ってアリスが取り出したのは、街で兵士に見せたグランディエ帝国民の身分証だ。
出国する際に発行され、帝国の人間であると他国に証明できる。
国王がアリスを探すだろうからと、侯爵家を出発する時にエディアルドから渡されたのだ。
***
「これは、グランディエ帝国発行の身分証じゃないですか。しかも、本物ですよこれ」
祖父に手渡された『アイリス・フォーデン』の身分証に鑑定魔法をかけたアリスが驚く。
「お前がアレを見限ってグランディエ帝国へ行くのは予想できたからな。事前に用意させた」
エディアルドがそう言ってニヤリと笑う。
王太子はついに『アレ』扱いになった。
そう言えば、祖父は外務大臣だったとアリスは思い出す。
「職権濫用・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。最初で最後だ」
「でも、大袈裟では?」
「いいや」
アリスの言葉をエディアルドは即座に否定した。
「陛下は必ずお前を連れ戻そうとする。お前には価値があるからな」
「価値?」
「・・・・・・まあ、そのあたりの事も父親に会えばわかる」
一体自分の父親は何者なのかと思ったが、祖父は諸々の説明を父親に丸投げすると決めたようなので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。
「わかりました」
「二人分あるから、シェリルを連れて行きなさい」
「私ですか!?」
指名されたシェリルが驚いて聞き返す。
「アリス一人では心許ないからな。嫌ならば、無理にとは言わないが・・・・・・」
エディアルドがそう言うと、シェリルは背筋を伸ばして真摯な眼差しを向ける。
「いいえ。むしろ、自分で名乗り出るつもりでした。ありがとうございます、旦那様」
深々とお辞儀をするシェリルに、エディアルドは孫娘にしたのと同じように彼女の頭を撫でる。
「お前はアリスに本当によく尽くしてくれていた。これからも、よろしく頼む。生まれ育った国を捨てさせるのは申し訳ないが・・・・・・」
思いがけない言葉を掛けられたシェリルは、エディアルドを涙目で見上げた。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様のお側にいられるならば、何処へでもお供致します」
「そうか。ありがとう」
シェリルに感謝を伝えたエディアルドはアリスに向き直って言った。
「シェリルの方の身分証は『シェリー・フォーデン』にしてある。姉妹・・・・・・いや、義理の姉妹にしておいた方が無難だろう」
「はい。陛下が私を探すのならば、魔法で姿を変えた方が良いですね」
アリスの言葉に、エディアルドが首を振る。
「いや、魔法を使っては鑑定魔法で見破られる可能性がある。下手に変装をするよりは・・・・・・」
***
「旦那様に言われて、お嬢様の目の色を戻しておいたのも良かったですね」
シェリルの言葉にアリスが頷く。
アリスはもともと紅い瞳をしている。
父親からの遺伝なのだろうが、レノワール王国では珍しい色だ。
その為、瞳の色の事で傷つけられないよう、アリスが産まれて間もない頃、祖父が友人の魔法士に頼んで藍色に変えてもらっていたのだ。
ちなみに、その魔法士は現在の魔法省長官である。
出立の際、アリスは瞳の色を戻し、長かった銀の髪を肩の長さに切った。
魔法を使った変装は一切していない。
それが功を奏して今までどうにかやり過ごしてきた。
手配されている特徴と唯一違うのが瞳の色だけなので、魔法で紅く変えているのではと疑われるが、今日のように調べるとすぐに解放される。
まさか、藍色の瞳の方が偽物だったとは、夢にも思わないのだろう。
「それに、私を調べた魔法士達が中級魔法士で良かった。彼らは嘘を見破る事はできないもの」
アリスがホッとしたように呟く。
この国の魔法士は、実力によって『上級』・『中級』・『下級』に分けられ、昇格するには基準を満たさなければならない。
そして、上級の昇格基準の一つに『真実魔法を使える事』というものがある。
『真実魔法』とは嘘を見破る魔法の事だ。
鑑定魔法も、ある意味嘘を見破る魔法であるが、物や外見の真贋を確かめる以上の事はできない。
『身分証が帝国で発行されたものか、この国で勝手に似せて作られたものか』は調べられるが、『アイリス・フォーデンの身分証を持っている人物は本人かどうか』は調べられないのである。
「ああ、でも、今日の魔法士は上級魔法士だったわね。どうしようかと思ったけれど・・・・・・もしかして、見逃してくれたのかしら」
「旦那様なら、魔法省に手を回していても、おかしくありませんわね」
シェリルがそう言うと、アリスは「その通りね」と言って苦笑した。
860
お気に入りに追加
4,765
あなたにおすすめの小説
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる