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8. アリスの秘密
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「もう!いい加減にして欲しいですわ!!」
シェリルが枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。
ここはレノワール王国北部国境近くの宿屋。
その部屋に着いて、アリスが防音と盗聴防止の魔法結界を張った瞬間これである。
婚約破棄の翌日に侯爵家を出て四日。宿屋に着く度の恒例になりつつある。
「仕方ないわよシェリル。向こうも仕事なんだから」
アリスが宥めるのもお馴染みの流れだ。
「でも、お嬢様は何もしておりませんのに、まるで犯罪者のように・・・・・・!!」
シェリルが悔しそうに顔を歪める。
「本当にね。お祖父様にこれを持たせてもらって正解だったわ」
そう言ってアリスが取り出したのは、街で兵士に見せたグランディエ帝国民の身分証だ。
出国する際に発行され、帝国の人間であると他国に証明できる。
国王がアリスを探すだろうからと、侯爵家を出発する時にエディアルドから渡されたのだ。
***
「これは、グランディエ帝国発行の身分証じゃないですか。しかも、本物ですよこれ」
祖父に手渡された『アイリス・フォーデン』の身分証に鑑定魔法をかけたアリスが驚く。
「お前がアレを見限ってグランディエ帝国へ行くのは予想できたからな。事前に用意させた」
エディアルドがそう言ってニヤリと笑う。
王太子はついに『アレ』扱いになった。
そう言えば、祖父は外務大臣だったとアリスは思い出す。
「職権濫用・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。最初で最後だ」
「でも、大袈裟では?」
「いいや」
アリスの言葉をエディアルドは即座に否定した。
「陛下は必ずお前を連れ戻そうとする。お前には価値があるからな」
「価値?」
「・・・・・・まあ、そのあたりの事も父親に会えばわかる」
一体自分の父親は何者なのかと思ったが、祖父は諸々の説明を父親に丸投げすると決めたようなので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。
「わかりました」
「二人分あるから、シェリルを連れて行きなさい」
「私ですか!?」
指名されたシェリルが驚いて聞き返す。
「アリス一人では心許ないからな。嫌ならば、無理にとは言わないが・・・・・・」
エディアルドがそう言うと、シェリルは背筋を伸ばして真摯な眼差しを向ける。
「いいえ。むしろ、自分で名乗り出るつもりでした。ありがとうございます、旦那様」
深々とお辞儀をするシェリルに、エディアルドは孫娘にしたのと同じように彼女の頭を撫でる。
「お前はアリスに本当によく尽くしてくれていた。これからも、よろしく頼む。生まれ育った国を捨てさせるのは申し訳ないが・・・・・・」
思いがけない言葉を掛けられたシェリルは、エディアルドを涙目で見上げた。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様のお側にいられるならば、何処へでもお供致します」
「そうか。ありがとう」
シェリルに感謝を伝えたエディアルドはアリスに向き直って言った。
「シェリルの方の身分証は『シェリー・フォーデン』にしてある。姉妹・・・・・・いや、義理の姉妹にしておいた方が無難だろう」
「はい。陛下が私を探すのならば、魔法で姿を変えた方が良いですね」
アリスの言葉に、エディアルドが首を振る。
「いや、魔法を使っては鑑定魔法で見破られる可能性がある。下手に変装をするよりは・・・・・・」
***
「旦那様に言われて、お嬢様の目の色を戻しておいたのも良かったですね」
シェリルの言葉にアリスが頷く。
アリスはもともと紅い瞳をしている。
父親からの遺伝なのだろうが、レノワール王国では珍しい色だ。
その為、瞳の色の事で傷つけられないよう、アリスが産まれて間もない頃、祖父が友人の魔法士に頼んで藍色に変えてもらっていたのだ。
ちなみに、その魔法士は現在の魔法省長官である。
出立の際、アリスは瞳の色を戻し、長かった銀の髪を肩の長さに切った。
魔法を使った変装は一切していない。
それが功を奏して今までどうにかやり過ごしてきた。
手配されている特徴と唯一違うのが瞳の色だけなので、魔法で紅く変えているのではと疑われるが、今日のように調べるとすぐに解放される。
まさか、藍色の瞳の方が偽物だったとは、夢にも思わないのだろう。
「それに、私を調べた魔法士達が中級魔法士で良かった。彼らは嘘を見破る事はできないもの」
アリスがホッとしたように呟く。
この国の魔法士は、実力によって『上級』・『中級』・『下級』に分けられ、昇格するには基準を満たさなければならない。
そして、上級の昇格基準の一つに『真実魔法を使える事』というものがある。
『真実魔法』とは嘘を見破る魔法の事だ。
鑑定魔法も、ある意味嘘を見破る魔法であるが、物や外見の真贋を確かめる以上の事はできない。
『身分証が帝国で発行されたものか、この国で勝手に似せて作られたものか』は調べられるが、『アイリス・フォーデンの身分証を持っている人物は本人かどうか』は調べられないのである。
「ああ、でも、今日の魔法士は上級魔法士だったわね。どうしようかと思ったけれど・・・・・・もしかして、見逃してくれたのかしら」
「旦那様なら、魔法省に手を回していても、おかしくありませんわね」
シェリルがそう言うと、アリスは「その通りね」と言って苦笑した。
シェリルが枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。
ここはレノワール王国北部国境近くの宿屋。
その部屋に着いて、アリスが防音と盗聴防止の魔法結界を張った瞬間これである。
婚約破棄の翌日に侯爵家を出て四日。宿屋に着く度の恒例になりつつある。
「仕方ないわよシェリル。向こうも仕事なんだから」
アリスが宥めるのもお馴染みの流れだ。
「でも、お嬢様は何もしておりませんのに、まるで犯罪者のように・・・・・・!!」
シェリルが悔しそうに顔を歪める。
「本当にね。お祖父様にこれを持たせてもらって正解だったわ」
そう言ってアリスが取り出したのは、街で兵士に見せたグランディエ帝国民の身分証だ。
出国する際に発行され、帝国の人間であると他国に証明できる。
国王がアリスを探すだろうからと、侯爵家を出発する時にエディアルドから渡されたのだ。
***
「これは、グランディエ帝国発行の身分証じゃないですか。しかも、本物ですよこれ」
祖父に手渡された『アイリス・フォーデン』の身分証に鑑定魔法をかけたアリスが驚く。
「お前がアレを見限ってグランディエ帝国へ行くのは予想できたからな。事前に用意させた」
エディアルドがそう言ってニヤリと笑う。
王太子はついに『アレ』扱いになった。
そう言えば、祖父は外務大臣だったとアリスは思い出す。
「職権濫用・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。最初で最後だ」
「でも、大袈裟では?」
「いいや」
アリスの言葉をエディアルドは即座に否定した。
「陛下は必ずお前を連れ戻そうとする。お前には価値があるからな」
「価値?」
「・・・・・・まあ、そのあたりの事も父親に会えばわかる」
一体自分の父親は何者なのかと思ったが、祖父は諸々の説明を父親に丸投げすると決めたようなので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。
「わかりました」
「二人分あるから、シェリルを連れて行きなさい」
「私ですか!?」
指名されたシェリルが驚いて聞き返す。
「アリス一人では心許ないからな。嫌ならば、無理にとは言わないが・・・・・・」
エディアルドがそう言うと、シェリルは背筋を伸ばして真摯な眼差しを向ける。
「いいえ。むしろ、自分で名乗り出るつもりでした。ありがとうございます、旦那様」
深々とお辞儀をするシェリルに、エディアルドは孫娘にしたのと同じように彼女の頭を撫でる。
「お前はアリスに本当によく尽くしてくれていた。これからも、よろしく頼む。生まれ育った国を捨てさせるのは申し訳ないが・・・・・・」
思いがけない言葉を掛けられたシェリルは、エディアルドを涙目で見上げた。
「もったいないお言葉でございます。お嬢様のお側にいられるならば、何処へでもお供致します」
「そうか。ありがとう」
シェリルに感謝を伝えたエディアルドはアリスに向き直って言った。
「シェリルの方の身分証は『シェリー・フォーデン』にしてある。姉妹・・・・・・いや、義理の姉妹にしておいた方が無難だろう」
「はい。陛下が私を探すのならば、魔法で姿を変えた方が良いですね」
アリスの言葉に、エディアルドが首を振る。
「いや、魔法を使っては鑑定魔法で見破られる可能性がある。下手に変装をするよりは・・・・・・」
***
「旦那様に言われて、お嬢様の目の色を戻しておいたのも良かったですね」
シェリルの言葉にアリスが頷く。
アリスはもともと紅い瞳をしている。
父親からの遺伝なのだろうが、レノワール王国では珍しい色だ。
その為、瞳の色の事で傷つけられないよう、アリスが産まれて間もない頃、祖父が友人の魔法士に頼んで藍色に変えてもらっていたのだ。
ちなみに、その魔法士は現在の魔法省長官である。
出立の際、アリスは瞳の色を戻し、長かった銀の髪を肩の長さに切った。
魔法を使った変装は一切していない。
それが功を奏して今までどうにかやり過ごしてきた。
手配されている特徴と唯一違うのが瞳の色だけなので、魔法で紅く変えているのではと疑われるが、今日のように調べるとすぐに解放される。
まさか、藍色の瞳の方が偽物だったとは、夢にも思わないのだろう。
「それに、私を調べた魔法士達が中級魔法士で良かった。彼らは嘘を見破る事はできないもの」
アリスがホッとしたように呟く。
この国の魔法士は、実力によって『上級』・『中級』・『下級』に分けられ、昇格するには基準を満たさなければならない。
そして、上級の昇格基準の一つに『真実魔法を使える事』というものがある。
『真実魔法』とは嘘を見破る魔法の事だ。
鑑定魔法も、ある意味嘘を見破る魔法であるが、物や外見の真贋を確かめる以上の事はできない。
『身分証が帝国で発行されたものか、この国で勝手に似せて作られたものか』は調べられるが、『アイリス・フォーデンの身分証を持っている人物は本人かどうか』は調べられないのである。
「ああ、でも、今日の魔法士は上級魔法士だったわね。どうしようかと思ったけれど・・・・・・もしかして、見逃してくれたのかしら」
「旦那様なら、魔法省に手を回していても、おかしくありませんわね」
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