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4. 退場

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 「貴様!子爵の息子風情が無礼だぞ!!」

  ジョナサンが怒りに震えながら声を荒げた。

 (あの方、本当に何もご存知ないのね)

 二人のやり取りを見ていたアリスは、ジョナサンに呆れてしまう。

 確かにドリトン家は子爵だが、帝国の皇后の親戚筋にあたる家柄だ。
 外務大臣の祖父から直々に諸外国について教わったアリスは、その事を既に知っていた。
 その後、妃教育でも同じ事を学んだから、王太子であるジョナサンも当然知っていると思っていたがーー。

 (そういえば、殿下の教育係が『すぐサボるから手を焼いている』と言っていたわね・・・・・・)

 この分では帝国の皇族の名も言えないのではないかと不安になってしまう。
 
 「ジョナサン、もうそのくらいで・・・・・・」

 荒れるジョナサンを宥めようと、アンジェリカが手を伸ばすが、その手をジョナサンが思い切り振り払った。
 その勢いでアンジェリカが倒れ、会場が騒然とする。

 「おやおや。怒りに我を忘れて、愛しい女性にも暴力ですか。」

 エリックの挑発に、ジョナサンが顔を赤くして怒鳴った。

「うるさい!!おい!この男も一緒につまみ出して不敬罪で牢に入れろ!!」

 その言葉に、再び兵達が二人を拘束しようと近づいてくる。

 (そんな事をしたら、帝国から抗議されるかもしれないのに)

 帝国の方が立場が強いのだ。抗議が来た時にどう説明をするつもりなのだろう。
 この騒動の事が知られたら、レノワール王国は面目を失う事になる。

 「殿下、エリック様は帝国の関係者です。軽々しくそのような事をなさるのはーー」

 アリスの言葉を遮って、ジョナサンが一喝する。

 「罪人の分際で俺に指図をするな!」

 その瞬間、アリスの中で辛うじて持ち堪えていた何かが切れた。
 
 「ーーそうですか」

 低い声で呟くと、自分の手首に手を伸ばした兵の手を叩いた。

 「ーーこのような、罪人にするような扱いをせずとも、自分で帰れますわ」

 口調は静かだがよく通る声に会場が静まり返る。
 そのまま兵を睨むと、気圧された彼らは後ろに下がった。

 「フッ・・・・・・やっと己の罪を認めたか」

 「ジョナサン王太子殿下」

 藍色の瞳に真っ直ぐ見据えられたジョナサンは、思わず怯む。
 
 「な、なんだ」

 「仰った罪状は、全て身に覚えのない事でございますが・・・・・・殿下がそこまで私の事を憎くお思いならば、このアリス・ハミルトン、婚約解消のお申し出を謹んでお受け致しましょう」

 そう言って、アリスは完璧な淑女の礼をとる。
 その美しい所作に会場の誰もが見惚れ、ジョナサンも思わず目を奪われたが、我に帰って叫ぶ。

 「お、往生際の悪い女だな。お前の罪はすぐに証明されるぞ!!」

 「・・・・・・失礼致します」

 王太子の罵声は無視し、アリスは会場を出た。


***

 外に出ると、すっかり日が暮れてあたりは暗くなっていた。
 少し冷たい夜風に身を竦めて、侯爵家の馬車を探そうとしたその時、

 「アリス嬢」

 声を掛けられて振り向くと、エリックが立っていた。

 「エリック様・・・・・・。ご迷惑をかけて申し訳ありません」

 そう謝罪すると、彼は慌てて首を振る。

 「いいえ、私が出て来てしまった事で話をややこしくしてしまったかもしれません。あの方の仕打ちに、つい、腹が立ってしまって・・・・・・申し訳ありません」

 「気になさらないで下さい。実を言うと、エリック様にああ言って頂いて、少しスッキリしましたから」

 クスッと笑いながら言うと、彼も安堵の表情を浮かべる。

 「良かった・・・・・・。思っていたよりも傷ついた様子でなくて安心しました。よろしければ、馬車までお供致しましょうか」

 「お気遣い頂きありがとうございます」

 侯爵家の馬車はすぐに見つかり、アリスはエリックに改めて礼を言った。

 「ありがとうございました。私はこれで失礼致します。お気をつけて帰国なさって下さい」

 「はい。また、お会いしましょう」

 「ええ」
 
 そう答えたものの、帰国する彼と会う機会はもうないだろう。
 少し寂しいような複雑な気持ちを抱きながら、アリスは侯爵家の馬車に乗りこんだ。

 馬車で待っていた侍女のシェリルが、予定より早く戻ったアリスを見て驚く。

 「お嬢様!一体どうなさったんですか!?」

 「・・・・・・帰るわ。戻って頂戴」

 「大丈夫ですか?お体の具合が・・・・・・ッ!?」

 体調を気遣おうとしたシェリルが言葉を失う。
 敬愛する主が、人前で泣いた事のない気丈な少女が、肩を震わせて涙を流しているのだ。
 
 「ごめんね・・・・・・今は、そっとしておいてほしいの・・・・・・」

 それだけ言うと、手で顔を覆い、嗚咽を漏らし始めた。

 気を許している侍女の顔を見て、安心感から様々な感情が溢れて止まらなくなったのだ。

 「・・・・・・畏まりました」

 幼い頃から仕えている侍女は、そう言うと主人が視界に入らないよう窓の外に視線を移す。
 やがて、ゆっくりと馬車が動き始め、アリスはレノワール学園を後にしたのだった。
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