上 下
7 / 36

7. 手配書に似た少女

しおりを挟む
 アリスが婚約破棄を言い渡されてから五日後。


 レノワール王国北部に位置する町の広場では、二人の女性がベンチに腰掛けて食事を楽しんでいた。
 一人は栗色の髪を後ろで纏めた吊り目の美人で、年齢は二十代前半ぐらい。
 もう一人は、栗色の髪の女性よりやや幼く見える少女で、こちらは肩より短い銀色の髪と、この国では珍しい紅い瞳をしている。
 二人とも旅の移動途中なのか、動きやすい軽装に外套を羽織っていた。
 
 「お嬢ちゃん、ちょっと良いかい?」

 その二人に、人の良さそうな中年の兵士が声をかけてきた。
 魔法士と思われるローブを纏った男も一緒で、二人と目が合うと軽く会釈をする。

 「何か?」

 口の中の物を咀嚼し終えた銀髪の少女が、そう言って首を傾げた。

 「いやね、君が手配書に載ってる女と特徴が似てるから話を聞こうと思って」

 「はあ!?この子の事を疑ってるんですか!?」

 栗色の髪の女性に凄まれて震え上がった兵士が、情けなく悲鳴をあげる。

 「ヒイッ!いや、一応念の為の確認だからねっ!ちゃんと怪しく無いって確認できたら解放するから!ねっ?」

 「シェリー姉さん、私は大丈夫だから」

 銀髪の少女に言われて、シェリーと呼ばれた女性は「貴女がそう言うなら」と、おとなしくなる。兵士の事は睨んだままだが。

 「ありがとうね。それじゃあ、ちょっと拝見」

 シェリーの視線に怯えながら、少女から身分証を受け取った兵士が魔法士と一緒に確認する。

 「アイリス・フォーデンさん。ほう、帝国からの旅行者なんだね。上の娘が嫁いだけど、良いところだよね」

 雑談を交えながら身分証の記載事項を確認する兵士の隣では、魔法士が身分証に手を翳している。
 鑑定魔法で身分証が偽造されたものか調べているのだ。

 「身分証は偽造された物ではないですね。正真正銘、帝国で発行された物です」

 兵士は魔法士の言葉に頷くと、穏やかな笑顔を少女に向ける。

 「はい。ありがとうね。一緒にいるのはお姉さんかな?」

 「はい。義理の姉です。この国の出身で、実家に用があって帰省するのに着いて来たんです。今は帝国に帰国する途中で」

 「そうかあ。仲が良いんだね」

 アイリスという少女の話に、兵士がにこにこ頷きながら身分証を返す。
 末の娘が同じ年頃だからか、ついつい好意的になってしまう。

 「女の子だけの旅は危ないから、気をつけなよ」

 「ありがとうございます」

 兵士の旅路を気遣う言葉に、二人が礼を言って別れようとしたその時、

 「ーーすみません、最後にもう一つ確認を」

 魔法士がそう言って呼び止めた。

 「何の確認ですか?」

 シェリーが訝しげに尋ねる。

 「手配書の女の特徴に『銀髪に藍色の瞳』とあるのですがーー」

 「この子のは違いますよ。帝国ではよくある紅い瞳です」

 思わず義妹を守るように抱きしめ、魔法士を睨んだが、彼は怯まなかった。

 「手配中の女は魔法士なのです。魔法で見た目を変えている可能性もあります。念の為ですので、どうか確認させてもらえませんか」
 
 「・・・・・・わかりました。どうぞ確認して下さい」

 そう言ってアイリスが魔法士の方へ進み出る。

 「少し光を当てるから眩しいけれど、目を開けたままにしてくれるかな」

 「はい」

 アイリスが真っ直ぐに魔法士を見つめる。
 魔法士は身分証の時同様、淡く光る右手をアイリスの目の近くにゆっくりと翳した。

 「・・・・・・瞳の色が変わらない。魔法で変えた瞳ではないな」
 
 「当たり前でしょ」

 シェリーがそう言いながらアイリスを引き寄せる。

 「すまなかったね。協力してくれてありがとう」

 「どういたしまして」

 アイリスは魔法士にお辞儀をすると、再び背を向けて姉と歩き出した。

 「可愛らしい子だったね。国に安全に帰れると良いんだけど。・・・・・・まあ、あのお義姉さんがついてるなら大丈夫か」

 義姉妹が連れ立って行くのを見送りながら、兵士が魔法士に話しかける。

 「ええ。・・・・・・どうかご無事で」

 彼の最後の方の呟きは、隣にいる兵士には聞こえなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...