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5. 祖父と孫
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侯爵家に到着する頃には、アリスは泣き疲れて眠ってしまっていた。
「お嬢様、お屋敷に着きましたよ。起きて下さい」
「ん・・・・・・」
シェリルに肩を優しく揺らされ、アリスはゆるゆると目を開く。
「私・・・・・・どのくらい寝ていたの?」
「三十分ほどでしょうか」
「さ、三十分?」
学園からハミルトン侯爵家までは馬車で十分程度の距離だ。
自分が起きるまで待っていたのかと驚くアリスに
「道が混んでいたので、本当に今着いたばかりなのですよ」
シェリルはそう言って笑う。
明らかに嘘だが、その気遣いが嬉しく礼を言うと、
「さあ、なんの事でしょうか」
と言ってとぼける。
「お屋敷に入る前にお化粧直しをしましょう」
そう言って、ポーチから化粧道具を取り出し、慣れた手つきでアリスに化粧を施していく。
「・・・・・・ひどい顔でしょう?」
「ええ・・・・・・随分とお泣きになられましたね」
「泣いた事、お祖父様に知られないよう、しっかり直して頂戴」
「承知致しました」
とはいえ、泣き腫らした目は化粧で完璧には隠せないので、祖父は気づくだろう。それでも、ぐちゃぐちゃになった顔で帰るよりはマシだ。
化粧直しが終わり、アリスはシェリルを伴って屋敷に入った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
そう言って二人を迎えたのは、この家に長年仕える執事のチャールズだ。
普段ならば、侍女やメイド達も出迎えるのにと、アリスは疑問に思う。
「ただいま、チャールズ。お祖父様は?」
「居間でお待ちでございます。お嬢様がお帰りになったら、すぐにお連れするようにと」
チャールズの言葉で、祖父が既にパーティーでの一件を知っているのだと察したアリスに緊張が走った。
「・・・・・・わかったわ」
そう答えると、チャールズは居間まで二人を先導する。
「旦那様、お嬢様がお戻りになられました」
「・・・・・・入りなさい」
チャールズがドアの前で声を掛けると、中から祖父の声が聞こえた。
その声は祖父が不機嫌な時の声だったので、アリスは気持ちが重たくなる。
「・・・・・・失礼致します」
チャールズが扉を開けたので、居間に入ったアリスは驚いた。
なんと居間には、メイドや従僕、料理人や庭師といった屋敷の使用人全員がいたのだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
全員で揃ってお辞儀をする。
祖父が人を増やす事を嫌うので、使用人の数は最低限だが、それでも居間に全員揃うと圧巻だった。
(どうして皆が集められてるの!!)
身に覚えのない罪とはいえ、公衆の面前で婚約破棄と追放を言い渡されたのは事実。
ハミルトン侯爵家にとってはこの上ない屈辱だろう。
当主の侯爵からアリスに何らかの叱責はあるだろうと覚悟はしていたが、こんな状況でとは思わなかった。
一斉に自分へ向けられる視線が、先ほどのパーティーを思い出させる。
アリスは思わず胸の前で両手を握った。
「戻ったか、アリス」
居間での定位置のソファーに腰掛け愛用のパイプを燻らせながら、ハミルトン侯爵家当主、エディアルド・ハミルトンが口を開いた。
「お祖父様、あの・・・・・・」
アリスの言葉をエディアルドが手で制する。
「話さなくて良い。全て聞いている」
そう言って立ち上がったエディアルドが、アリスの頭の上に己の手を置く。
「辛い思いをしたな、アリス。そして、よく耐えた」
労いの言葉と共に大きな手で頭を撫でられ、アリスの目から再び涙が溢れ落ちる。
「お祖父様、ごめんなさい。私・・・・・・」
「お前が謝る事は何もない」
泣きじゃくるアリスを、エディアルドは優しく抱きしめた。
その二人の姿に使用人達も貰い泣きしている。
やがて、アリスが落ち着くと、エディアルドは自分の隣のソファーにアリスを座らせて話し始めた。
実は、今日のパーティーでのジョナサンの計画を数日前に掴んでいたという。
そして、事前に手をまわして調べさせていた。
「あの馬鹿王太子が言っていた、偽造通貨製造の罪とやらだが・・・・・・既に魔法省で調査結果は出ている。お前は無実だ」
エディアルドがしれっと『馬鹿王太子』と言ったが、この場の誰もがそう思っていたので咎める者はいない。
エディアルドと魔法省長官は旧知の仲なので、一足早く調査結果の報告を受けていた。
「長官が呆れていたよ『この程度の証拠でよく告発ができたものだ』と」
そう言ってエディアルドが見せたのは、金貨を偽造中と思われる写真数枚。
主犯と思われる人物が正面に映っているが、隠し撮りだからなのか、映っているのは胸から下と手元のみで、顔はわからない。
この写真の人物がアリスだと主張するのには無理がある。
「この写真と証言があれば罪を立証できると思ったようだが・・・・・・魔法省も随分と甘くみられたものだ」
魔法省長官は憤慨していたらしい。
「だが、この写真がきっかけで真に裁かれるべき罪人が判明した。他にも十分な証拠もある。今は浮かれているだろうが・・・・・・すぐに捕えられるだろう」
そう言ったエディアルドは、すぐに写真を片づけさせる。孫娘を陥れようとした道具など見たくないのだろう。
「そもそも、魔法士の罪について裁くのは魔法省の管轄。刑の執行を許可するのは国王だ。それを、あの馬鹿は何を勘違いしているのか」
ついに王太子を『馬鹿』呼ばわりし始めたが、もちろん誰も何も言わない。
「本当なら、あの馬鹿を直々に懲らしめてやろうと思ったが、陛下に止められてな」
報告を聞いて慌てた国王に、やめさせるから待ってほしいと頼まれたという。
結局実行されてしまったので、国王の説得には耳を貸さなかったのだろう。
「そういう訳で、お前の無実は陛下と魔法省が証明してくれている。追放命令も、馬鹿の妄言だから無効だ」
そこまで言って、ふうと息をついたエディアルドがアリスをじっと見つめて尋ねた。
「それで、お前はどうしたい?」
「お嬢様、お屋敷に着きましたよ。起きて下さい」
「ん・・・・・・」
シェリルに肩を優しく揺らされ、アリスはゆるゆると目を開く。
「私・・・・・・どのくらい寝ていたの?」
「三十分ほどでしょうか」
「さ、三十分?」
学園からハミルトン侯爵家までは馬車で十分程度の距離だ。
自分が起きるまで待っていたのかと驚くアリスに
「道が混んでいたので、本当に今着いたばかりなのですよ」
シェリルはそう言って笑う。
明らかに嘘だが、その気遣いが嬉しく礼を言うと、
「さあ、なんの事でしょうか」
と言ってとぼける。
「お屋敷に入る前にお化粧直しをしましょう」
そう言って、ポーチから化粧道具を取り出し、慣れた手つきでアリスに化粧を施していく。
「・・・・・・ひどい顔でしょう?」
「ええ・・・・・・随分とお泣きになられましたね」
「泣いた事、お祖父様に知られないよう、しっかり直して頂戴」
「承知致しました」
とはいえ、泣き腫らした目は化粧で完璧には隠せないので、祖父は気づくだろう。それでも、ぐちゃぐちゃになった顔で帰るよりはマシだ。
化粧直しが終わり、アリスはシェリルを伴って屋敷に入った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
そう言って二人を迎えたのは、この家に長年仕える執事のチャールズだ。
普段ならば、侍女やメイド達も出迎えるのにと、アリスは疑問に思う。
「ただいま、チャールズ。お祖父様は?」
「居間でお待ちでございます。お嬢様がお帰りになったら、すぐにお連れするようにと」
チャールズの言葉で、祖父が既にパーティーでの一件を知っているのだと察したアリスに緊張が走った。
「・・・・・・わかったわ」
そう答えると、チャールズは居間まで二人を先導する。
「旦那様、お嬢様がお戻りになられました」
「・・・・・・入りなさい」
チャールズがドアの前で声を掛けると、中から祖父の声が聞こえた。
その声は祖父が不機嫌な時の声だったので、アリスは気持ちが重たくなる。
「・・・・・・失礼致します」
チャールズが扉を開けたので、居間に入ったアリスは驚いた。
なんと居間には、メイドや従僕、料理人や庭師といった屋敷の使用人全員がいたのだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
全員で揃ってお辞儀をする。
祖父が人を増やす事を嫌うので、使用人の数は最低限だが、それでも居間に全員揃うと圧巻だった。
(どうして皆が集められてるの!!)
身に覚えのない罪とはいえ、公衆の面前で婚約破棄と追放を言い渡されたのは事実。
ハミルトン侯爵家にとってはこの上ない屈辱だろう。
当主の侯爵からアリスに何らかの叱責はあるだろうと覚悟はしていたが、こんな状況でとは思わなかった。
一斉に自分へ向けられる視線が、先ほどのパーティーを思い出させる。
アリスは思わず胸の前で両手を握った。
「戻ったか、アリス」
居間での定位置のソファーに腰掛け愛用のパイプを燻らせながら、ハミルトン侯爵家当主、エディアルド・ハミルトンが口を開いた。
「お祖父様、あの・・・・・・」
アリスの言葉をエディアルドが手で制する。
「話さなくて良い。全て聞いている」
そう言って立ち上がったエディアルドが、アリスの頭の上に己の手を置く。
「辛い思いをしたな、アリス。そして、よく耐えた」
労いの言葉と共に大きな手で頭を撫でられ、アリスの目から再び涙が溢れ落ちる。
「お祖父様、ごめんなさい。私・・・・・・」
「お前が謝る事は何もない」
泣きじゃくるアリスを、エディアルドは優しく抱きしめた。
その二人の姿に使用人達も貰い泣きしている。
やがて、アリスが落ち着くと、エディアルドは自分の隣のソファーにアリスを座らせて話し始めた。
実は、今日のパーティーでのジョナサンの計画を数日前に掴んでいたという。
そして、事前に手をまわして調べさせていた。
「あの馬鹿王太子が言っていた、偽造通貨製造の罪とやらだが・・・・・・既に魔法省で調査結果は出ている。お前は無実だ」
エディアルドがしれっと『馬鹿王太子』と言ったが、この場の誰もがそう思っていたので咎める者はいない。
エディアルドと魔法省長官は旧知の仲なので、一足早く調査結果の報告を受けていた。
「長官が呆れていたよ『この程度の証拠でよく告発ができたものだ』と」
そう言ってエディアルドが見せたのは、金貨を偽造中と思われる写真数枚。
主犯と思われる人物が正面に映っているが、隠し撮りだからなのか、映っているのは胸から下と手元のみで、顔はわからない。
この写真の人物がアリスだと主張するのには無理がある。
「この写真と証言があれば罪を立証できると思ったようだが・・・・・・魔法省も随分と甘くみられたものだ」
魔法省長官は憤慨していたらしい。
「だが、この写真がきっかけで真に裁かれるべき罪人が判明した。他にも十分な証拠もある。今は浮かれているだろうが・・・・・・すぐに捕えられるだろう」
そう言ったエディアルドは、すぐに写真を片づけさせる。孫娘を陥れようとした道具など見たくないのだろう。
「そもそも、魔法士の罪について裁くのは魔法省の管轄。刑の執行を許可するのは国王だ。それを、あの馬鹿は何を勘違いしているのか」
ついに王太子を『馬鹿』呼ばわりし始めたが、もちろん誰も何も言わない。
「本当なら、あの馬鹿を直々に懲らしめてやろうと思ったが、陛下に止められてな」
報告を聞いて慌てた国王に、やめさせるから待ってほしいと頼まれたという。
結局実行されてしまったので、国王の説得には耳を貸さなかったのだろう。
「そういう訳で、お前の無実は陛下と魔法省が証明してくれている。追放命令も、馬鹿の妄言だから無効だ」
そこまで言って、ふうと息をついたエディアルドがアリスをじっと見つめて尋ねた。
「それで、お前はどうしたい?」
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