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第2話 捕獲作戦
⑤
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かすれ気味のいずみの声から、動揺が伝わってくる。
鷹山は内心たじろいだが、彼女の反応を知りたいという気持ちが抑えられない。彼女は自分に対してどれだけの好意を持っているのだろう。どれだけ踏み込む気持ちがあるのだろうか……。
いずみは身じろぎもせず、しばらくのあいだ無言でいた。
猫の鈴の音が、何度かチリリと鳴る。
ぶるぶると頭を振る音が聞こえ、周囲を歩き回る気配がして――。
それでも、彼女は衣擦れの音ひとつ立てない。一抹の寂しさを覚えつつ、諦めて目を開けようとしたそのとき、膝に置いた手にいずみの手が重なった。
胸の鼓動が、突如として高鳴る。
彼女の若く瑞々しい細指は、鷹山の手の甲を優しく撫で、おずおずと上へ向かって遡った。そして、二の腕を通過して、鎖骨の曲線をたどり……。
ベッドの中を連想させる愛撫に、自然と息が荒くなる。
そろそろ遊びはやめにしなければいけない――そう思った瞬間、何かが唇に触れた。
鷹山は一瞬ハッとした。しかし、触れたのはいずみの指だ。
それは、触れるか触れないかといった程度の圧力で、優しく、密やかに唇の稜線をたどる。
興味本位だろうか。それとも、無邪気な誘惑なのか。
男を知らないはずの彼女が、こんなことを……?
鷹山はパチリと目を開けた。そして次の瞬間には、折れそうなほどたおやかな手首を手中に収める。
「たっ、鷹山さん?」
いずみは驚愕の表情を浮かべた。
室内は既にほの暗く、カーテン越しにはぼんやりと街路灯の明かりが滲んでいる。
夕闇のなか、いずみはしっかりとこちらを見ていた。戸惑ってはいるが、恐怖に怯えている風ではない。鷹山に掴まれた手を、振りほどくでもなく――。
その睫毛がゆっくりと閉じていくのを見て、鷹山は目を見張った。
――俺に、唇を許してくれると……?
がん、と背中を強く叩かれたような気がした。
小刻みに震える睫毛を前に、抑えがたい激情が湧き起こる。
鷹山はいずみの身体をソファの背もたれに押しつけた。そして彼女の頬を両手で包み、欲しくてたまらなかった唇を奪う。
「んっ、……んっ、ふ」
いずみの細い手が、ぎゅ、と鷹山の腕を掴んでくる。唇の合わせ目から洩れる彼女の吐息の、なんと瑞々しく艶美なことか。
その感触は、初夏に咲く睡蓮の花びらのように夢想的だった。触れれば溶けてなくなりそうなそれは、吸い付くようにしっとりと濡れ、豊かな弾力をもって誘ってくる。
啄んでは離れ、啄んでは離れ。鷹山は、熟れ時の果実を愛でるように、その柔らかさを堪能していたが。
すぐにそれだけでは足りなくなった。
もっと深く、いずみのことを知りたい――。
欲望に囚われた鷹山は、彼女の身体に密着するようにじり寄った。そして彼女の顎に親指を宛て、やや強引に舌で歯列を割り、滑り込ませる。
互いの熱が絡み合った瞬間、身体の奥が強く疼くのを感じた。
拒まれると思っていたのに、予想に反して小さな舌が蠱惑的に翻弄してくる。まるで、男の扱いに慣れた大人の女のように。捕えたかと思うとするりと逃げ、また焦らすようにちょっかいをかけてきて。
その瞬間、彼女にとってこれがはじめてではないと悟った。
男の匂いなどこれっぽっちもしないと思っていたが、実際には唇どころか、身体の奥深いところへ男を迎え入れたこともあるのだろう。
チクリ、と胸に何かが刺さったが、その反面、鷹山は同時に安堵もしていた。経験済みとあればだいぶ気が楽だ。一回り以上も歳の離れたいずみとの経験の差を、どう埋めたものかと考えあぐねていたから。
そのことを知ってからは、つい欲が出てしまった。最初は軽くしようと思っていた口づけが、気づけば夢中になり、逃げまどう彼女を必死で追い、深く求める。
部屋の壁が一様に灰色になる頃には、ふたりともベッドの上にいるかのように息を荒くしていた。
鷹山は彼女の唇を解放し、額同士をぴたりとくっつける。
「すみません。焦り過ぎました」
「いいえ」
目を潤ませた彼女が、小さく首を振った。
「嫌いになりましたか?」
「なりません。むしろ、もっと――」
いずみの言葉を遮って、鷹山は今奪ったばかりの彼女の唇に指を宛てた。
「私から先に言いましょう。あなたが好きです。正直、欲しくて堪らない」
「鷹山さん……」
鷹山は内心たじろいだが、彼女の反応を知りたいという気持ちが抑えられない。彼女は自分に対してどれだけの好意を持っているのだろう。どれだけ踏み込む気持ちがあるのだろうか……。
いずみは身じろぎもせず、しばらくのあいだ無言でいた。
猫の鈴の音が、何度かチリリと鳴る。
ぶるぶると頭を振る音が聞こえ、周囲を歩き回る気配がして――。
それでも、彼女は衣擦れの音ひとつ立てない。一抹の寂しさを覚えつつ、諦めて目を開けようとしたそのとき、膝に置いた手にいずみの手が重なった。
胸の鼓動が、突如として高鳴る。
彼女の若く瑞々しい細指は、鷹山の手の甲を優しく撫で、おずおずと上へ向かって遡った。そして、二の腕を通過して、鎖骨の曲線をたどり……。
ベッドの中を連想させる愛撫に、自然と息が荒くなる。
そろそろ遊びはやめにしなければいけない――そう思った瞬間、何かが唇に触れた。
鷹山は一瞬ハッとした。しかし、触れたのはいずみの指だ。
それは、触れるか触れないかといった程度の圧力で、優しく、密やかに唇の稜線をたどる。
興味本位だろうか。それとも、無邪気な誘惑なのか。
男を知らないはずの彼女が、こんなことを……?
鷹山はパチリと目を開けた。そして次の瞬間には、折れそうなほどたおやかな手首を手中に収める。
「たっ、鷹山さん?」
いずみは驚愕の表情を浮かべた。
室内は既にほの暗く、カーテン越しにはぼんやりと街路灯の明かりが滲んでいる。
夕闇のなか、いずみはしっかりとこちらを見ていた。戸惑ってはいるが、恐怖に怯えている風ではない。鷹山に掴まれた手を、振りほどくでもなく――。
その睫毛がゆっくりと閉じていくのを見て、鷹山は目を見張った。
――俺に、唇を許してくれると……?
がん、と背中を強く叩かれたような気がした。
小刻みに震える睫毛を前に、抑えがたい激情が湧き起こる。
鷹山はいずみの身体をソファの背もたれに押しつけた。そして彼女の頬を両手で包み、欲しくてたまらなかった唇を奪う。
「んっ、……んっ、ふ」
いずみの細い手が、ぎゅ、と鷹山の腕を掴んでくる。唇の合わせ目から洩れる彼女の吐息の、なんと瑞々しく艶美なことか。
その感触は、初夏に咲く睡蓮の花びらのように夢想的だった。触れれば溶けてなくなりそうなそれは、吸い付くようにしっとりと濡れ、豊かな弾力をもって誘ってくる。
啄んでは離れ、啄んでは離れ。鷹山は、熟れ時の果実を愛でるように、その柔らかさを堪能していたが。
すぐにそれだけでは足りなくなった。
もっと深く、いずみのことを知りたい――。
欲望に囚われた鷹山は、彼女の身体に密着するようにじり寄った。そして彼女の顎に親指を宛て、やや強引に舌で歯列を割り、滑り込ませる。
互いの熱が絡み合った瞬間、身体の奥が強く疼くのを感じた。
拒まれると思っていたのに、予想に反して小さな舌が蠱惑的に翻弄してくる。まるで、男の扱いに慣れた大人の女のように。捕えたかと思うとするりと逃げ、また焦らすようにちょっかいをかけてきて。
その瞬間、彼女にとってこれがはじめてではないと悟った。
男の匂いなどこれっぽっちもしないと思っていたが、実際には唇どころか、身体の奥深いところへ男を迎え入れたこともあるのだろう。
チクリ、と胸に何かが刺さったが、その反面、鷹山は同時に安堵もしていた。経験済みとあればだいぶ気が楽だ。一回り以上も歳の離れたいずみとの経験の差を、どう埋めたものかと考えあぐねていたから。
そのことを知ってからは、つい欲が出てしまった。最初は軽くしようと思っていた口づけが、気づけば夢中になり、逃げまどう彼女を必死で追い、深く求める。
部屋の壁が一様に灰色になる頃には、ふたりともベッドの上にいるかのように息を荒くしていた。
鷹山は彼女の唇を解放し、額同士をぴたりとくっつける。
「すみません。焦り過ぎました」
「いいえ」
目を潤ませた彼女が、小さく首を振った。
「嫌いになりましたか?」
「なりません。むしろ、もっと――」
いずみの言葉を遮って、鷹山は今奪ったばかりの彼女の唇に指を宛てた。
「私から先に言いましょう。あなたが好きです。正直、欲しくて堪らない」
「鷹山さん……」
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