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第6話 アデルと密室
②
しおりを挟む三日後の昼、エレイナは予定よりもだいぶ早く屋敷を出発した。
父の話によると、コリアード伯爵は弦楽器の名手で、その奥方は名家の令嬢に鍵盤楽器を教えている先生らしい。
初対面だから、演奏が始まる前に一度挨拶をしておきたい。かつてはこの世の春とばかりに咲き誇り、今は枯れ枝にひっそりと花をつける程度でも、クロナージュ家は伯爵家なのだ。王の宰相だった父のひとり娘として、礼儀は大切にしようと思う。
半刻ほどで離宮に到着した。
早く来たにもかかわらず、玄関ホールでは既にデローニが待ち構えていて、こちらの姿を認めるなりアデルを呼びにいく。
その隙にと、エレイナはバッグの中から手鏡を取り出した。彼女を待つあいだ、こっそりと自分の姿を最終確認するためである。
今日のエレイナは、先月新調したばかりの淡いピンク色のドレスを着ていた。襟回りが少々寂しく感じたため、自分でレースも付けた。もちろんスタンフィルのためではなく、アデルに褒められたいがために。
大きく開いた胸元には、重ねづけしたペンダントが輝いている。
中心には、母の形見のエメラルド。それを静かに守るように、金のチェーンにダイヤを散りばめたネックレスが、取り囲んでいる。
このネックレスは、昨日の晩、出先から戻った父がくれたものだ。決して豪華とは言えないシンプルなものだったが、伯爵家の経済事情ではこれが精いっぱいなのを、エレイナは知っている。その親心と深い愛を知り、つけた瞬間に涙が溢れた。
今、ふたつの首飾りは互いを引き立て合って、とても豪華に胸元で輝いている。
かつての両親はきっと、こんな風に支え合っていたのだろう。ぼんやりとしか母の記憶を持たないエレイナにとって、父は何よりも嬉しいプレゼントをくれた。
しばらくして、豪華に着飾ったアデルが階段を降りてきた。いつものように襟の詰まった、鮮やかなブルーのドレスに身を包み、白い鳥の羽でできた扇を持っている。
思わずエレイナは、感動のため息を吐いた。
――なんて美しいの……。
「こんにちは。アデル様」
エレイナはドレスを摘み、フロアに下り立ったアデルにお辞儀をした。
「ごきげんよう、エレイナ。そのドレスとても素敵よ。特に襟元のレースが華やかだわ」
「ありがとうございます。アデル様こそ、鮮やかなブルーがとてもお似合いです」
苦労してつけたレースを褒められて、エレイナは天にも昇る気持ちだ。人手の足りないクロナージュ家のこと、わざわざメイドの手を煩わせるくらいなら、と自分で頑張った甲斐があった。
アデルに手を取られて、玄関ホールから外へ出る。
ポーチの階段を降りる際、普通はドレスを着た女性をお付きの男性がエスコートするが、アデルはそうしなかった。
繋いでいない方の手でドレスのスカートを摘み、そのままエレイナをエスコートして階段を下りる。そのしぐさは、見た目に反して男性そのものだ。もちろんいつもの彼女と同じで、王族としての品位は保っているのだが、なんというか、顔つきが違う気がする。見上げてくる青の眼差しが、熱く、どぎまぎしてしまうほど色っぽくて――。
大勢の使用人に見守られるなか、ふたりは王室所有の馬車に乗り込んだ。
「出発してちょうだい」
アデルの掛け声で、御者が馬に鞭をくれる。ほどなくキャビンが大きく揺れて、馬車が前進を始めた。
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