探偵トライアングル

aika

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episode.2 出会い 〜ルビーの場合〜

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あの夜のことは今でも鮮明に思い出すことができる。

なぜならあの夜は僕の人生を変えてしまった、運命の出会いがあったから。
僕にとっては人生で一番の特別な夜、と言っても過言ではない。

あの夜から、僕は彼女の虜になり、彼女のためなら喜んで死ねるというくらいに深く愛してしまったのだから。

彼女の名は、マナミ。
僕の運命の女性。



「連絡先、教えてもらえませんか。」

彼女の部屋で一夜を明かしたけれど、期待したようなことは何もなかった。
朝までグラスを傾けながら、お互いの身の上話をしただけ。

昔から女性には不自由したことがない僕だけれど、彼女に対しては何もかも全てが違っていた。
自分の身の上話を、出会ったばかりの女性にするなんて、僕らしくない。

彼女は僕に媚びることも、機嫌を伺うような仕草も見せず、ただ優しく頷いて僕の話を聞いてくれた。
彼女の中に、母性みたいなものを感じたのかもしれない。
小さな頃に両親を事故で亡くした僕は、母親の愛情というものを知らないから、歳が15近く離れている彼女に勝手に母性を見出したのかも。

「スマホは壊しちゃったから、連絡先と呼べるようなものは何もないの。」

彼女は男と別れて人生をリセットするために、スマホをめちゃくちゃに叩き割ったばかりだった。実際に壊れたスマホを拾い上げて彼女に手渡したのは僕だし、それが体のいい断り文句じゃないってことはわかっていたから、次の約束をどう取り付けたらいいのか僕は頭を抱えてしまった。
あまりしつこくして、変な男認定されてしまえば先はないしどうしたものか。

「じゃあ僕の連絡先を渡しますから、新しい連絡先が出来たら連絡してください。」

僕は彼女に電話番号とメールアドレスを書いて、手渡すことにした。

「わかったわ。ありがとう。」

彼女は素直に頷いて、僕の提案を一応は飲んでくれたように見えた。

住んでいた場所を引き払ってこの街に来た彼女は、出戻ることはしたくないと言っていたし、同じ街で暮らしていればまた会える機会だってきっとある。
そう信じて、彼女と分かれた。



それから一月、僕は彼女から連絡が来ることだけを願って新しい街での生活を送っていた。

「・・・違うか。」
スマホの着信音が鳴るたびに彼女からの連絡じゃあないかと、慌てて手に取り確認する。
会社からの業務連絡とわかるたび、ソファーにポンとスマホを捨て置く。
僕は友達が少ない。いや、少ないというのは語弊があって、正直なところ「友人」と胸を張って定義付けられるような人物は一人もいなかった。
したがって、スマホが鳴るということはイコール彼女からの連絡か、職場からの連絡か、その二択しかない。

彼女に再会できるのなら、僕はどんなことでもします。
神様仏様マリア様、お願いです。

どうして彼女にそんな感情を抱いたのかわからなかった。
僕は人間という生き物に執着しない方で、今まで友人さえ作ることができなかったというのに。
彼女にもう一度会って、その理由をきちんと確かめたい。
生まれて初めてそんな強い感情を抱いた。



この街に来たのは「探偵」として活躍したかったからで、
その夢を叶えてこの探偵事務所で働き始めたのに、僕はすっかり気力を失っていた。

リュクスブルグに越してきたその日に運命の女性に出会って、
その彼女を勝手に失ったような気になっていたからだ。

妙な喪失感に胸が痛い。
これが失恋というものなのだろうか?

まだ手に入れてもいないのに、早々に失うこと確定なんて酷すぎるじゃないか。

事務所の敷地内にバイクを停めて、始業時間ギリギリに職場の扉を開けると、
信じられない人物が立っていた。

自分の目を疑う。


「え・・・あの・・・あなた、ルビー?!」

探偵助手として事務所に新人が入る。
確かに先週、恭司さんからそう聞いていた。

「・・・・マナミさん?!」

この一月の間ずっと思い続けていた彼女が、僕の隣のデスクに座っていた。

出会った時はドレス姿だったから、随分印象が違う。
白いふわりとしたブラウスに、黒のタイトスカート。
髪を首の後ろで一本に結えている。

本当に驚いた時、人は脳の回路がめちゃくちゃになるということを、
僕はこの瞬間に初めて知った。

目の前で何が起きているのか、一瞬、というか数分にわたり理解できなかった。


「ルビーどうした?つか、二人は知り合いか?」

相棒の恭司さんが素っ頓狂な声をあげて、僕と彼女の顔を交互に見る。

「なにこれ・・・運命?」

彼女がお腹を抱えて心底おかしいといった表情で笑い出したので、僕はさらに事態の把握がワンテンポ遅れてしまう。

もし彼女に再会出来たとしたら、お互い泣き出してしまうくらいに運命的で壮大な瞬間になるだろうと確信していたから。

目の前の彼女は、文字通り笑い転げていたので、僕はただただ唖然とするしかなかった。


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