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赤いスカートの女(1)
しおりを挟む熱い
暴れ狂う憎しみが
身体の内側から私を燃やしている
漆黒の艶めきの中に、赤い月が不気味に浮かぶ
伸ばした手は、炭のように黒く
暗闇に飲まれるように、ボロボロと崩れ落ちた
耳障りな音が辺りに響いている
焼け焦げた肌と、雨に濡れた草の
擦れる音
ケモノの息遣い
苦しみから逃れようと
手を伸ばしても
炎はジリジリと燻り
身体を焼き続ける
赤い
熱い
痛い
熱い
♢♢♢♢♢♢♢♢
私の住んでいる街は、昭和の雰囲気が色濃く残っている。
駅から出ると、昔ながらの商店街が「おかえり」と優しく迎えてくれる。
慎ましい幸せと、朗らかな活気に包まれた、ホッとする街だ。
古き良き時代の、少し色褪せた、昔々の記憶を辿るような帰り道が、私は好きだった。
恋人と別れたばかりの私は、いつになく感傷的な気持ちで、
ふらりと誘われるように商店街の古びたアーケードへ足を向けた。
いつもは商店街を通らず、その横を通る脇道を抜けて、アパートへ帰る。
お腹が空いている時に商店街を通り抜けると、必要以上にあれこれ買ってしまう。
結婚に向けてお金を貯めていた私は、仕事帰りに商店街を通り抜けるのを避けるようになっていた。
彼と通った細い脇道を、一人でアパートに向かうのが憂鬱で、やるせない。
夕方の商店街は優しい活気に溢れている。
総菜を買い、家族の元へ急ぐ。
日常の幸せがたくさん詰まっていて、今の私にはひどく眩しい。
自転車のシートに小さな子どもを乗せて、家路を急ぐ主婦。
散歩がてらの買い物だろうか、仲良く手を繋いで歩く、老夫婦の姿。
足早に通り抜けようと、前に進む身体から力が抜けた。
彼と別れてから食事もロクにとっていなかったことを思い出す。
彼は、私の全てだった。
私の未来そのものであり、たった一つの生きる希望だった。
じわり、と目から熱いものが溢れ出てくるのを感じ、慌てて俯く。
今はただ無心に歩を進めようと、足元に広がる古びた石畳を踏み締める。
ふと、商店街の脇、電柱の影に、綺麗な赤色が浮かんでいるように見えた。
目に飛び込んできたその赤色は、あまりに鮮明で、私に何かを訴えているようだった。
意志を持って、私の目に飛び込んできた。そう感じたのだ。
それは、赤いスカートだった。
膝を隠す長さの赤色は、女の細く白い足を浮き立たせている。
綺麗だ。ぼんやりとそう思った。
なぜか私は、その女の全貌を見ることをせず、石畳に視線を戻した。
脳裏に色濃く残る、彼女の残像。
白く細い足が、女性らしさを強調している。
美しい女性なんだろう。
そう思ったことを記憶している。
彼がいつも連れて行ってくれる喫茶店が好きだった。
タバコが煙り、酸味の強いコーヒーの香りと心地よい喧騒。
年季の入った木の棚に並べられた、古い書籍の匂い。
装飾はきらびやかではないけれど小さなシャンデリアが輝き、ベロア調のソファと低めのテーブルが、いつも二人を引き止める。
あの日、一人で喫茶店に行ったりしなければ、彼はまだ私の隣に居てくれたのだろうか?
そんなバカなことを想像する。
彼は、赤いワンピースの女性と一緒に、いつもの席に居た。
私の前では吸わないタバコを慣れた仕草で蒸し、私には見せたことの無い笑顔を彼女に向けていた。
♢♢♢♢
雨の夜。
いつもの駅に着いた私は、自分の不運を呪いたい気持ちで呆然と立ち尽くしていた。
会社を出る時は降っていなかったのに、電車に揺られている間に外は土砂降りになっていた。
仕事で遅くなり、すっかりお腹も減っているけれど、商店街はすでにシャッターが下りている。
一人の部屋に居たくなくて、急ぎでもない仕事を一心不乱に片付けた。
最近の私はいつもそうだ。商店街の優しい活気が、まだ心に痛いせいもあった。
土砂降りの雨を避けるために、私は静まりかえった商店街に飛び込んだ。
アーチ型の屋根。ヒールの足音が不気味に響く。
人気のない夜の商店街は、どこか心細い気持ちになる。
一人だけ別の世界に迷い込んでしまったような気分だった。
駅から数十メートルの距離だというのに、私のコートはびっしょりと重く滲んでしまっている。
ハンカチで顔に滴る水分を拭き取りながら、石畳を急ぐ。
雨で濡れたパンプスは、時折石畳の上をズルリと滑るので、気が抜けない。
ふと、強烈な赤色が視界の隅に入り込んで、息が止まる。
赤いスカート。
いつかと同じ、赤いスカートの女だった。
石畳から視線だけを動かし、スカートの足元に目をやると、彼女の白く細い脚が雨に濡れて青ざめていた。
赤いスカートからは、ぽたり、ぽたりと水が落ちている。
見てはいけない、と、頭の中で何かが警告していた。
理屈ではない。本能的にそう感じたのだ。
どきどきと心臓がうるさいほどに脈打ち、自然と息があがる。
自分が呼吸しているということに、たった今気づいたようにハッとした。
呼吸の音が大きく迫る。
ひゅう、ひゅうと喉が鳴る。
彼女に気づかれないように、息を潜めた。
見てはいけない
見てはいけない
私は何度も頭の中で、そう自分に言い聞かせ、無心に足を進める。
私の住むアパートは木造二階建てで、階段は外にむき出しになっている古びた造りだ。
アーケードを抜けて、再び土砂降りの雨に打たれた私は、雨を避けることを諦めた。
錆び付いた鉄の階段を上る。
カン、カン、カン、という靴音と、
ザア、ザァと、いう雨の強弱がうるさく混じる。
雨に濡れたスカートが足にまとわりついて鬱陶しい。
ふと背後から、カン、、、カン、、、、と
階段を追ってくる音が耳に届く。
心臓を鷲掴みにされたように、身体がびくりと大きく震えた。
息を飲む。
階段の下、大きな水たまりが広がる、路面にそっと震える視線を落とす。
雨で反射する路面上に、不気味なほど鮮明に、赤が浮き上がっていた。
カン、、、カン、、、緩慢な赤色の動きを追いかけるように、
錆びた鉄が音を発する。
口から悲鳴に似た声が漏れた。
彼女だ。
彼女がついてきてしまった。
気づかないように、息を潜めて通り過ぎたのに、
彼女に気付かれてしまった。
見てはいけない
見てはいけない
呪いのようにそう繰り返しながら、
震える手で、ドアノブを握る。
指先が震えるせいで、鍵穴にうまく鍵が入らない。
ガチャガチャ
あぁ!もう早く・・・!!
気付いたら、私はびしょ濡れのまま、玄関に座り込んでいた。
不穏な雨は明け方まで降り続き、その不吉な音に気圧された私はベッドに深く潜り込み、雷を怖がる子どものように耳を塞いだ。
ふと、全身の毛を逆撫でされた様に悪寒が走り抜ける。
気持ち悪さと気持ち良さの境目のような、不気味な感覚が
肌をさぁぁっと走り抜け、突然無音の世界になった。
無音に包まれている。そう感じた。
ここは彼女の空間なのだ。
耳元に女の吐息を感じる。
次の瞬間、
「もう少しだったのに。」
低くしわがれた男のような声が脳に届いた。
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