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♤『兄様』

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咲羅としての生活を、何の躊躇もなく楽しめている自分が不思議だった。


俺はどんな世界だって、一人で生きていける。


そう証明できたようで気分が良い。



この世界のことをもっと知りたい。


咲羅を取り巻く、世界の全てを。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢





雨の夜。


窓にあたる雨の音が、先ほどよりかなり強くなってきた。


この部屋には、窓が5つあり、真ん中の窓はステンドグラスが嵌められている。


花や葉っぱ、星の形。

妙に懐かしく感じる、レトロな色合い。


全ての窓には、重くしっかりとしたベロアのカーテン。
ワインレッドが部屋に温かみを添えていた。




懐かしい。




この部屋にいると、以前ここに来たことがあるような、
懐かしさを感じる。


遠い昔に見た夢のような、おぼろげな記憶。


部屋の明かりを落として、ぼうっと雨の音に耳を澄ませる。



今日は長い一日だった。

この世界に来てまだ一日しか経っていないなんて、信じられなかった。





廊下に誰かの足音が聞こえる。


紫庵だ。彼の足音の特徴はすでに覚えた。




トントン、

トントン、




「はい。」


「咲羅お坊ちゃま、お休みのところ申し訳ありません。」


「起きてたからいいよ。何?」


「桜雅様が、お戻りになられました。」


「桜雅?」



「・・・・お兄様です。」




咲羅の兄貴・・・。

どんなやつだろう。





「・・・いつも桜雅様にお会いできるのを楽しみにされているので、すぐにでもお会いしたいかと・・・・お疲れのところ失礼いたしました。」



「ああ、待って。今行くよ。」



ツルツル生地のパジャマの上に、これまた光沢のある派手な生地感のガウンを羽織る。



この屋敷にあるものは、どれも豪華で派手なデザインだ。

落ち着かない。









「咲羅、会いたかったよ・・・」


そこに立っていたのは、艶々の黒髪を靡かせた、美しい男だった。

長い黒髪を後ろで結えている。


男と言われなければ、女性だと見間違えるような華奢な肩、すらりと伸びた手足。




咲羅が天使だとすれば、この男はまるで女神のようだと、流華は思った。




穏やかな笑顔は愛に溢れ、余裕のあるおっとりとした話し方は育ちの良さが滲み出ている。



男は嬉しそうに駆け寄って、

咲羅を下からすくい上げるように抱き締めると、ふわりとひとまわりして見せた。




この手のタイプは初めてだ。




「お兄様・・・」


「おや、咲羅、今日はいつもと様子が違うね。」


「え・・??そうですか?」


「僕が帰ってきたら、いつももっとはしゃいでキスをしてくれるのに。今日はどうしたんだい?」


「キ、キス・・??」




助けを求めるように紫庵を見ると、彼は神妙な顔で深く頷いた。



マジかよ・・・




向き直ると、嬉しそうにニコニコと顔を覗き込んでくる桜雅が、

弟からのキスを待っている。




このタイプは苦手だ。

直感で、俺はそう感じていた。




見つめると透き通った瞳の奥に吸い込まれてしまいそうだった。


何もかも見透かすような、余裕の表情。


どんな時も崩れない、勝利を確信した微笑み。




口付けると、彼は驚いたように身体を引いた。



「咲、羅・・・少し合わないうちに大人になったね、」



唇に手を当てたまま苦笑したその男は、俺の頭を撫でた。





目を細め、眩しそうに俺を見つめる。

愛おしいと、その視線から男の愛情が伝わってきた。




紫庵は、頬を指さすジェスチャーをこちらへ向けて必死に送っている。





あぁ、そうか頬か。

キスと言うと、唇だとばかり思ってしまった。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢





ベッドに戻り、眠りに落ちるまで、

男の美しい顔を思い浮かべた。



何度も反芻するように、彼の深い瞳の色を思い出す。



咲羅とはあまり似ていない。


彼の完璧な美しさに、違和感を覚える。



あれほど心が見えない男は初めてだ。




流華は彼の完璧さに、興味を持った。

どんな男なのか。より深く知りたい。




彼に抱き上げられた感触を思いながら、眠りについた。





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