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♤『優しいキス』(SIDE 水松 夏)

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~~~~登場人物~~~~


♤水松 夏(すいしょう なつ) 21歳 

ロックバンド「ジュネス」のギタリスト。
アシンメトリーな前髪、赤毛、猫目が特徴のツンデレ男子。
群れず、愛想がないので、生意気に見られがち。ツンツンしている印象だが実は寂しがり屋。
同じバンドで、ルームメイトの文都にずっと想いを寄せているが、セフレ扱いを受けて離れる決意をする。


♤早川 亮(はやかわ あきら) 23歳 

ロックバンドSAWのギタリスト。
黒髪に白メッシュ。タレ目だが目力のあるイケメン。
いつも仏頂面で、眉間にシワを寄せている。愛煙家。
雷の一番の理解者で、弟のように可愛がっている。
口数が少なく不器用だが、優しい。



♤江野 文都(えの ふみと)23歳 

ロックバンド「ジュネス」のベーシスト。
茶髪のフワフワヘア。タレ目にぽってり唇のフェロモン系男。
色気の塊のような男。
女も男もお構いなしの人たらし。来るもの拒まず、去るもの追わずの精神で、部屋にはいつも違う女や男を連れ込んでいる。
セックス中毒。




~~~~~~~~~~


♤『優しいキス』(SIDE 水松 夏)





恋っていうのは苦しいものだ。


少なくとも、俺の人生初めての恋は、そうだった。


文都に対しての、胸が焼け焦げてしまうほどの激しい感情、嫉妬。

切羽詰まった苦しさが、いつも胸の大半を占めていた。




亮と居ると、安心する。


顔も、声も、素っ気ない態度も、男っぽい不器用な優しさも、全部好きだ。



彼の部屋で一緒に過ごす時間が長くなって、毎日のように同じベッドで寝起きを共にして、
日に日に彼の存在が大きくなっている。


亮への感情。初めての感覚。


何と名前を付けるべきなのか、わからなかった。




俺にとって恋はイコール苦しいもので、それ以外の恋愛は知らない。

亮への感情は苦しさとはかけ離れていたので、「恋」と呼んでいいものか、俺は戸惑っていた。




亮がギターを弾く。

それをぼうっと眺めている時間が好きだ。


ギターのテクニックとか、腕とか、そういうのはもちろん間違い無いんだけど、

そうじゃなくて、

彼の気怠そうな雰囲気や、ギターを弾いている時の彼が発する空気みたいなものに、俺は惹かれていた。



何時間見つめていても飽きない。

ずっとこんな時間が続けばいいのに、と心の中でそっと祈った。





~~~~~~~~~~




亮のバンドと同じスタジオで収録する日があって、

俺は収録中、亮と会えるかもとソワソワしている自分に気がついた。


朝同じ家を出たのに、馬鹿みたいだ。


中学生の恋愛じゃあるまいし、なんて思ったけれど、

このソワソワ、ワクワクした感じは、簡単におさまりそうになかった。


獅が相変わらず雷にゾッコンで、SAWの収録に乱入したりで大変だったけれど、

獅の気持ちが少しだけわかった気がする。



亮の部屋に入り浸りになっていることは、メンバーには内緒にしていた。

ああだこうだと騒がれるのが嫌だった。


文都に何か言われるのが怖い。

でもそれ以上に、文都が何も言わなかったら、と思うと怖くて言い出せなかった。




俺はまだ文都に振り回されている。



俺に興味が無いのだと、文都から決定的な言葉を聞くのが怖くてたまらなかった。





休憩中、ロビーに出ると喫煙室に入っていく亮と目があった。


嬉しい。


同じ建物に居て、目が合うだけでこんなに嬉しいなんて、馬鹿みたいだ。




「喫煙コーナーに入ってくるなよ、身体に悪い。」



嬉しくて駆け寄った俺に対して、亮はいつものしかめ面で言った。



「身体に悪いもん吸いまくってんのは、どこのどいつだよ。」



「俺はいいの。」



しっしっ、と手で払うようにして、部屋の外へ出ろと促す。


身体に悪くても、何でもいいから、俺は亮の隣に居たかった。



「手、切れてる。」



亮の指先から血が出ていることに気付いて、彼の手を取る。


「あ?ああ、弦でよくやるんだよ。」


「皮膚、薄いんじゃね?」


片手で煙草を吸いながら、商売道具の大事な指を無防備に俺に触らせる。

亮が好きだ、と思った。



人と馴れ合わず、無口で無愛想な彼が、自分をテリトリー内に入れてくれること。

心を許してくれていることがわかって、浮かれてしまう。

こんな気持ちは初めてだった。



収録終わり、亮と待ち合わせて一緒に帰ることにした。


スタジオの外で、見覚えのある顔を見つける。

文都が家に連れ込んでいた、アイドルの子だ。


「先に車まで行ってて。裏から出よう。」


文都が彼女に耳打ちするのが聞こえた。

わざと俺に聞こえるように言ったのだろう。


文都は俺を傷つけて縛り付けるのが上手かった。



彼女に嫉妬して、俺が対抗心を燃やす。

それがわかっていて、わざとやっている。

そうやって俺を操るのが彼の手だった。




「お疲れ。」と一言だけ言って、文都の横を素通りする。



文都に腕を掴まれた。


あの夜のことがフラッシュバックする。

俺の腕を掴んだ、彼の大きな手のひら。

激しく乱されて、快楽に溺れたあの夜の記憶。



「何か用?」


「夏、彼と付き合ってるの?」


「は?」


「亮君。」


「別に、そんなんじゃねえし。」


「珍しいね、夏が他人とあんなに距離詰めるなんて。」




見られていたのだと悟った。

嬉しくてつい亮のそばに行ってしまった自分。


文都に知られたくないと思っていたのに、抑えられなかった。




「仲良いんだよ、悪いか。」


「妬けるなぁ。」



心にもないことを平気で言う文都。


そんなこと、少しも思っていないくせに。



「夏は、俺のでしょ?」



甘い声。
見なくてもわかる。文都の表情。


顔を見たらぐらついてしまうとわかる。

彼の魅力に抗えなくなってしまう。




「俺のってなんだよ・・!」




唇に、文都のそれが重なった。



彼の唇。

厚くて魅力的な柔らかい、唇。


俺はその甘さを知っている。


貪り合ったあの夜の記憶が、身体を熱くする。



唇から毒が全身に回る。


動けない。



ゆっくりと離れていく彼の唇に、

離れないでと願ってしまいそうになる自分は相当な中毒患者だ。




「亮君、」



文都の目に、優越感が浮かんでいるのが見えた。

自分の魅力に絶対的な自信がある、彼の挑発的な瞳。



驚いて振り返ると、そこに亮が立っていた。



見られてしまった。

文都とキスしているところを。



全身の血が逆流したみたいに、カッと熱くなって、その後すぐに血の気が引いていくのを感じた。




文都は俺のことなんか好きじゃない。

自分のおもちゃを他人に取られるのが、面白くないだけなんだ。



「じゃあね、夏。」



親密な仕草で俺に耳打ちすると、文都は手を振ってその場を去っていった。






「行くか。」


「え?あ、うん・・・」



亮は何も聞かなかった。



文都とキスしているところを目撃したのに、何も感じないのか?

俺の心は理不尽な感情でいっぱいになっていた。



亮にどうして欲しかったのだろう?



俺たちは付き合っているわけじゃない。

俺が誰とキスしていたって、亮はどうでもいいんだ。



どうして俺は、文都を拒まなかったんだろう。
どうしていつも、文都に振り回されてばかりいるんだろう。


頭も心もぐちゃぐちゃだった。








亮の部屋に戻ってからも、何をしていても文都のことが頭から離れない。

呪いみたいに、俺を縛り付けて、いつまでも自由にしてくれない。

暴れ回る感情の手懐け方を、俺は知らなかった。



文都は本当にひどい男だ。

俺の中をぐちゃぐちゃにかき回しておいて、自分はすっかりそんなことを忘れて、

彼女と楽しんでいるのだろう。




「亮、」


「何?」



夜、ベッドに入っても、全く寝付けそうになかった。

心がざわついたままで、息が苦しい。



亮は何も聞いてこないけれど、自分で話しておきたいと思った。



「昼間のことだけど、」



「言いたくなかったら、無理に言わなくていい。」



こちらに背を向けたまま、遮るように亮が言った。


拒絶されたようでショックを受ける。

次の言葉が出てこない。




苦しいのは慣れている。


文都に与えられてきたショックに比べたら、これくらい拒絶のうちには入らない。




「文都とは、何もないから。」



「何もって?」



亮の背中に手を伸ばす。触れたいけれど、触れられない。

俺と、亮との距離はここが精一杯だ。


「文都はめちゃくちゃ意地悪な奴で・・・俺と亮が仲良くしているのを見て面白くなくて、あんなことしたんだと思う・・」



「そうか。」


「そうか、ってそれだけかよ?!」




こんなの子どもじみている。

亮が俺に興味を示さないのがたまらなく悔しくて、寂しい。




「夏、」


不意に彼が振り返った。


寝返りを打って、こちらに向き直った亮の顔が近くてドキドキする。




青白い月明かりに照らされた亮の顔。

彼の目。


真剣な瞳に捕らえられて、身動きできなかった。




「俺も、意地悪していいか?」




真面目なのかふざけているのか、まるでわからない亮の言葉。



彼の手が俺の頭に触れる。


弦を弾く彼の綺麗な指が、俺の耳に触れ、グッと後頭部を引き寄せた。




触れるだけの、優しいキス。





亮のキスが優しすぎて、俺はどうしていいかわからず、ピクリとも動けなかった。




目から涙が溢れ出す。


ポロポロと次から次へ溢れてきて、止まらない。



こんなに優しいキスをされたのは、初めてだった。





「やっぱりお前、泣き虫だよな。」





頬を拭うのは、いつの間にか大好きになってしまった無口なギタリストの長い指。


煙草の香りがする。





「泣き虫じゃねぇし。」




恥ずかしいのを隠したくて、キッと睨み付けると、仏頂面の彼は優しく苦笑した。






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