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♤『雨の夜の動揺』(SIDE 沢渡 仁)

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夜更けに降り出した雨は、いつの間にか大雨に変わっていた。


車が通り過ぎるたびに、バシャバシャと水の音が響く。


濡れた道路が、車のライトを反射して、足元が妙に明るい。


地面から雨が盛大に跳ね返って、デニムの裾を濡らした。





優羽の元に向かいながら、


頭の中は蛍のことでいっぱいだった。




雨が苦手な彼を、一人部屋に残してきたことが気がかりだった。



蛍と暮らすようになってから、自分の中でたくさんの変化があった。




彼はいつだって俺を頼りにしている。

心から信頼してくれているのがわかる。


そんな彼を愛おしいと思うようになった。




それなのに。



優羽のことが心配で、俺は蛍と暮らす部屋を飛び出してきた。





自分の気持ちがわからない。




蛍を愛おしく想う気持ちは、弟を想うような気持ちだ。


そう思っていた。


それでも、蛍の気持ちを真っ直ぐにぶつけられて、

動揺してしまった自分がいた。



俺にとっては蛍も、優羽も、大切な人であることは間違いない。



危なかしい優羽を放っておけないという気持ちは、何と名付けるべき感情なのだろう。






「仁・・・・・」



俺の顔を見るなり、優羽は抱きついてきた。



大雨の中、手に持っている傘も差さずに、


呆然と立ちすくんでいた優羽の姿を見て、


自分の腕の中でずっと守ってやりたいと思うこの感情も、やはり本物に思えた。





雨に濡れて泣いている優羽。


雨の夜が怖くて眠れない蛍。


どちらも助けたいと思うことは、きっと間違いなんだろう。





雨の音が不穏に身体を包み込み、


俺は激しく動揺している自分を、他人事のように傍観していた。









この駅は住宅街の真ん中にあり、

他に入れるところがなかったので、

俺と優羽は近くに見えたラブホテルに入った。



とにかくシャワーを浴びて体を温めないと、風邪をひいてしまう。



こんなタイミングで優羽とこんな場所に来るなんて。



びしょ濡れになった優羽の衣類をハンガーに干し、部屋の温度を上げる。




「仁・・・・ごめんね。」



バスローブ姿でバスルームから出てきた優羽は、

泣きはらした赤い目で謝罪の言葉を吐いた。



「優羽、大丈夫か?」



ソファに座らせようと、近づくと、突然抱きつかれて驚いた。



「仁・・・ごめんね。僕・・・、僕・・・、」



「優羽・・・大丈夫だから、落ち着け。」



震える手で抱きついてくる彼の身体をギュッと抱き締めると、


お風呂で暖まった彼の身体が温かくて、少し安心する。



彼の髪からふわりと甘い香りが漂って、俺は何故か後ろめたい気持ちになった。




彼に魅力を感じてしまう自分をどうにも抑えられない。



その事実に打ちのめされて、落胆している自分がいた。





離れれば、彼を諦められると思った。


彼に恋人が出来て、幸せそうな姿を見てそれで良いのだと、心から思ったはずだった。



それでも、

こうして夜中に優羽に呼び出され、泣いている姿を見ると、

彼を理解して幸せにしてやれるのは、自分だけだという根拠のない自負の気持ちが湧いてくる。




優羽は恋人を想って泣いているというのに、俺はバカだ。



この想いを断ち切らなければ、俺は誰一人として幸せにはできないのだろう。





「僕ってやっぱり・・魅力ないよね。・・・拓也さんは・・元恋人とヨリを戻したいみたいで・・・っ、僕に内緒で・・二人で会ってて・・・キス・・・っ」


涙が次から次へと溢れて止まらない。

途切れ途切れになりながら、一生懸命言葉を紡ぐ彼が健気でたまらない気持ちになった。




「優羽・・・お前以上に魅力のある奴なんか、いない・・・」



「仁・・・・・」



俺を呼ぶ、優羽の声が震えていた。




抱きしめる腕に力が篭る。


力いっぱい抱きしめていないと、衝動的に動いてしまいそうだった。



彼を慰めるためなのか、自分の雄としての欲望を押さえつけるためなのか、もはやわからなくなっていた。


この腕を解いてしまえば、後戻り出来ない行動をとってしまいそうな自分が怖かった。




「抱いて・・・」




一瞬言葉の意味がわからなかった。




優羽が発したとは思えない、


甘く、すがるような声が耳に届いて、


頭がフリーズしたように固まってしまった。




次の瞬間、

全てを捨ててでも、彼と繋がって、

自分のものにしてしまいたいという欲望が込み上げた。




一瞬でもそう思ってしまったことに、罪悪感がこみ上げる。





優羽を抱きたい。




それは紛れもなく、俺の本心だった。





大人ぶって言い訳をして、割り切ろうとしてきた。


優羽が自分のものじゃなくても、幸せでいてくれたらそれでいいと、逃げてきた。


目を背けてきた、本心が、本能が、むき出しになっていた。





ーーーー「俺は、仁じゃなきゃ嫌だ。」


蛍の言葉を思い出す。


真っ直ぐ自分の心をさらけ出す、彼の勇気。



俺には向き合う資格がない。そう思った。





一度だけ抱ければ、それでいいと思えるような、軽い気持ちじゃない。



今更肉欲だけで優羽を抱けるほど、俺の想いは軽くなかった。





「ごめん・・・・僕、何言ってるんだろ・・・」




優羽が俺の胸に顔を埋めたまま、小さな声でそう呟いた。






その後、優羽は自分の身に起きている出来事を、


整理するようにゆっくりと説明してくれた、




大切な人に裏切られるのは辛いことだ。




俺は自分の気持ちに蓋をして、向き合わずにここまで来てしまったけれど、


この気持ちに区切りをつけなければという、新たな課題にどう向き合うか決めかねていた。



大切にしたいと心から思えるものが、自分の目の前にあるとしたら。


何かを捨ててでも、それを守るべきなんだろう。





小さな頃から何度も彼と、同じような夜を過ごしてきた。




優羽を抱きしめたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。









翌日、落ち着きを取り戻した優羽と、

ホテルの外に出ると、昨夜の雨が嘘のように晴れ渡っていた。





「拓也さん・・・・・」


「優羽・・・・お前・・・」





声がして振り返ると、優羽が立ち止まり、誰かと対峙していた。






そこには、優羽の恋人



相原拓也が、立っていた。






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