6 / 61
♡『告白』 (SIDE 渡里 優羽)
しおりを挟む「実家を出る?」
仁に呼ばれて彼の部屋に行ったら、実家から出ていくと告げられた。
「キーボードの蛍と、二人で暮らす。」
バンドのメンバーは、一度紹介してもらったことがあるので知っていた。
蛍君は、サラサラの金髪、大きな猫目が印象的な、無口な少年だった。
確かまだ10代だったはずだ。
他のバンドメンバーとはあまり私的な交流がなく、仁にだけは懐いていると言っていた。
仁がこの家を出て行くなんて。
そんな日がいつか来るのは当然だとわかってはいたけれど、あまり考えないようにしていた。
生まれた時からずっとそばにいたから。
仁は僕から離れていかないと、心のどこかで思っていた。
蛍君と2人で暮らす。そのことにショックを受けている自分がいる。
仁は面倒見が良いし、誰にでも優しい。
ご両親が海外にいる蛍君に一人暮らしをさせるのは、かわいそうだと思ったのかもしれない。
理解はできる。
それでも彼がこの家を出ていくことが、どうしようもなく寂しくて辛かった。
「近くのマンションで暮らすから、今まで通りいつでも会える。」
言い聞かせるように、仁がそう言った。
僕の感情だけで引き留めたりしたら、仁が困ってしまう。
仁の重荷になるのは嫌だった。精一杯何でもないふりをして笑顔で返す。
仁にはきっとわかってしまうだろうけれど。
それから数週間があっという間に過ぎて、
仁は実家を出て行った。
♢♢♢
「それって、ヤキモチじゃないですかぁ?」
昼休み。
いつも通り職場の休憩室で、後輩の雪人とランチタイム。
「ヤキモチ?」
仁が実家を出て行ったという話をしていたら、雪人が急にそんなことを言い出したので驚いた。
自分では思ってもいないことだったから。
「だって、仁さんが実家を出て、その子と暮らすのが面白くないわけですよね。」
「・・・僕そんなこと一言も言ってないよ。」
雪人の話が突飛な方向へ流れていくのはいつものことだった。
僕の話ちゃんと聞いてた?と苦笑すると、彼はこちらへ身を乗り出して主張を始めた。
「仁さんは優羽先輩の一番の理解者であり、困ってる時はいつもそばで支えてくれた。なのに、それが蛍君に取られちゃうなんて、耐えられない!!って、僕にはそう聞こえましたけど。」
「取られるなんて・・思ってないよ。」
「い~や、思ってますよ。優羽先輩、自分の気持ちに鈍感だから、気付いてないんです。僕は先輩のこと毎日見てるんですから、それくらいわかります。顔に寂しい!取られたくない!って書いてましたよ。」
「そんなこと・・・」
確かに僕は自分の気持ちに鈍感だという自覚はある。
仁のことを誰にも取られたくないと思ってる・・・?
「もしかして、仁さんのこと好きなんじゃないですか?優羽先輩。」
仁のことが、好き・・・・?
「仁のことは、もちろん好きだけど、」
「そうじゃなくて、LOVEの方ですよ。LOVE!」
「それはないよ。僕、他に好きな人がいたんだけど、振られたばかりだし、」
「え?!優羽先輩、好きな人いたんですか!!??」
余計なことを口走ってしまった。
雪人に知られたら、病院中に知れ渡るのも時間の問題だ。
「いや、あのね、雪人君、」
その時、バン!と勢いよく休憩室のドアが開いた。
「坂口、渡里、もう休憩時間終わるから早く準備しろ。」
院長が静かに言い放つ。
時計を見ると、午後の診療時間開始が3分後に迫っていた。
♢♢♢
カタカタカタ。
PCのキーボード音。
文字を打ち込む無機質な音が鳴り響く、静かな夜の整骨院。
気まずい。
院長と二人きり。
今日はミスの連発で、仕事を片付けるのに時間がかかった。
外はもう真っ暗だというのに、院長と二人きりという状況に緊張して、なかなか思うように手が進まない。
今日の院長は1日中機嫌が悪かった・・・気がする。
気のせいだろうか。ミスばかり連発していた自身の罪悪感から、そんな風に見えたのかもしれない。
ミスのフォローもしてくれたし、そのお咎めもなかった。
彼は厳しい人だけれど部下のフォローをしっかりするし、技術的にもたくさんの学びをくれる。最高の上司だと思う。
それなのに・・・彼の前だとどうしても緊張して硬くなってしまう。
ミーティング時に使う大きなテーブルの端と端に座って、お互い自分のPCに視線を落としているけれど、彼がキーボードを叩く音に意識が持っていかれる。
「沢渡 仁ってどんな男?」
唐突に院長が口を開いた。
キーボードを叩く音が止む。
顔を上げると、彼は真っ直ぐこちらを見つめていた。
瞬間的に、逃げ出したい気分になる。
「ええと・・・幼なじみで、頼りになる面倒見のいい奴で、」
「・・・ふうん。」
自分から聞いたくせに、興味のなさそうな気の無い返事が返ってきた。
一体何なんだ・・・
早く仕事を終わらせて、この状況から抜け出そう。
PCの入力画面を保存して、システムを終了する。
「渡里、」
「・・はい。」
再び画面から視線を上げると、彼と目があった。
真剣な視線に、思わずゴクリと息を飲む。
「俺がお前のこと好きだって、気付いてたか?」
「え?」
パタン、とノートPCを閉じて、彼が立ち上がる。
状況が飲み込めずに、近づいてくる彼を僕はただ呆然と見つめていた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる