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♢『世界と世界の出会い』(SIDE 新咲 共平)
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♢新咲 共平(しんざき きょうへい) 45歳
屋敷、亜弥たちの小学校の同級生の一人。画家。現在は職業不定。グレーヘア。年齢不詳。
日本人だが、外人だと間違われることが多い。
全員個性派でまとまることを知らないバラバラな同級生組をまとめる唯一の常識人に見える。
おっとりのんびりしているように見えるが、仕事もでき、家事も完璧、非の打ち所がない完璧人間。
天才と言われた画家だが、絵に飽きてしまい、現在は株で生活している。
海外にしばらく行っていたが、日本に戻り、悠々自適な生活をしている。ミステリアスな部分が多い、捉え所のない男。世を捨てたような、浮世離れした雰囲気がある。
♢Shin 新咲のアーティスト仲間で、元恋人。最愛の人。海外で一緒に暮らしていたが、別れが訪れ、新咲は帰国。
♢山岸 桟(やまぎし さん)山岸 桟(えつり)の名で活躍する現代アーティスト。23歳。
絵画、彫刻、なんでもこなす現代アートの注目株。長身、黒髪、黒縁メガネ。いつも真っ白なシャツに、パンツ(奇抜な色の時もあれば、黒やシックなものの時も。)というスタイル。小学生の頃、新咲の個展に行き影響を受けアーティストになった。
~~~~~~~~~
♢『世界と世界の出会い』(SIDE 新咲 共平)
日本へ戻ってきてからあっという間に半年が過ぎた。
俺は恋人と別れたばかりで、何に対してもやる気が出ず、アーティストとして絵を描く生活にも飽きてしまった。
自暴自棄。人が見たらそう言うのだろう。
別れた恋人は人生を捧げても良いと思えるほどに愛していた相手だったので、今後の人生についての展望が全て崩れてしまった。
一から再出発、というには少し億劫で、歳を取りすぎている。
数年前に趣味で始めた株で生活できるほどになっていたので、本腰を入れて仕事をする必要がないのもまた自分にとって良いとは言えない状況だった。
食っていくために目の前にある仕事をする。
それは人間の根本を支える純粋な行為だ。
食うに困らなくなると、人は時間を持て余し良くないことを考え始める。
そんな時に考えるのは大抵がどうでもいいくだらないことだ。
人間は働いて目の前のことに追われているのが一番幸せなんだと思う。
一人で暮らすには大きすぎるこの家も、俺の孤独に拍車をかけていた。
両親が残した郊外の一軒家。西洋風のその建物は、使いもしない立派な暖炉があり、画廊を経営していた父が厳選したアートが多数飾ってある。
それを見ても何も感じない俺の心は、やはり疲れているのだろう。
出掛けた方が良い。亜弥や美那が散々連絡をしてきて誘ってくれるけれど、とてもそんな気持ちにはなれそうになかった。
インターホンが鳴る。
なんとなく気が向いて玄関のドアを開けると、そこには真っ白な長袖のシャツに、黒の細身のパンツ、黒の中折れ帽をかぶった眼鏡の男が立っていた。
シンプルな服を着ているからこそ、スタイルの良さが際立って見える。
黒縁のメガネをかけたその男は、よく通る低い声で「はじめまして」と呟いた。
男の声に、俺は彼を思い出した。
別れた恋人。遠くフランスでアーティストとして活躍している、彼のことを。
「あなたの弟子にしてもらえませんか。」
その男は、ひどく穏やかな声で、そう切り出した。
山岸桟と名乗った彼は、日本の若手ではかなり有名なアーティストらしい。
長く海外にいたので、日本人アーティストについてはあまり知らなかった。
帰国してからも、別れた恋人を思い出してしまうので、アート系のイベントや仕事は避けていたのだ。
「弟子はとらない主義なんだ。」
彼は俺の返事なんてまるで気にも留めていないという表情で、続ける。
「子どもの頃、あなたの個展に行きました。僕は別の職業に就く夢があったのに、あなたの絵を見て衝撃を受けた。そのせいで今の僕がある。」
その「おかげ」ではなく、「せい」というのは、自分の人生が思わぬ方向に進んでしまったことに満足していないのだろうか。
作品は見たことがないけれど、彼からは独特のオーラみたいなものを感じる。
空間に違和感を生み出すような存在感。背景と主人公がまるで合っていないチグハグな舞台みたいに、彼は違和感を持って俺の目の前に存在している。
「あなたには、僕の人生をすっかり変えてしまった責任がある。」
めちゃくちゃなことでも堂々と言うと、それなりの説得力を持つものだな。
俺は開いた口が塞がらなかった。
「あなたの個展に行った日・・僕の人生は急激に変わってしまった。あなたの絵は、暴力です。責任をとってください。」
彼は感情を全く乗せていない声で、穏やかに微笑みながら言って見せた。
♢♢♢♢♢♢
「えつり、っていうのは本名?」
久々に人間と話をした。それほど長い間、俺はこの家に籠っていたのだ。
亜弥や美那の言う通り、外に出て人と話をするべきだ。そう思った。
このタイミングで彼が家に来てくれなければ、自分はどこまでも堕ちていったのかもしれない。彼と話すうちにそんな気持ちが芽生えていた。
何でもいいから、何かしなければ。
そんな焦りのような前向きな感情が心の中に湧いてきた。
コーヒーを落とすと、部屋中に良い香りが広がって、頭が急激に冴え渡る。
彼は細くて長いけれど男らしい大きな手で、コーヒーカップを持ち上げて一口飲んだ。
カップをテーブルに戻すと、ゆっくりとこちらに視線を戻す。
「漢字は同じだけど、本名の読みは、さん。その読みが好きじゃないから、違う読みの`えつり`をアーティスト名にしたんです。」
彼は感情があまり見えない。独特な存在感を纏い、落ち着き払った低い声のトーン。
存在そのものがアートのように思えてくる。
年齢を聞いてさらに驚いた。
「23?・・・参ったな。そんなに若い子だったとは。」
「何歳に見えました?」
年上に見られることに慣れているのか、年齢という概念自体にそもそも興味がないのか、彼は終始余裕のある態度で、微笑んでいる。
何を言われても動じない。
自分の内側の世界と、外側の世界は完全に別物、という感覚で生きているのだ。
それだけ自分の内側の世界の完成度が高いのだろう。
若い頃は特に、自分の外側にある世界に翻弄されるものだ。
そこから抜け出して自分の世界を作り上げることで、アーティストとしてようやくスタートラインに立つことができる。
「30半ばかと。随分落ち着いてるね。」
「小学生の頃にはすでにこんな感じでしたよ。」
彼は悪戯に笑った。どこまでが冗談で、どこからが本気なのかわからない。
彼の独特な雰囲気に、世界観に飲み込まれそうになる。
自分より20以上年下の男相手に、翻弄されそうになっている自分が可笑しかった。
「新咲さん。僕を弟子にしてくれませんか。」
「・・・・それは、」
心が動いていた。
山岸桟というこの若い男に、自分の世界が巻き込まれていくのを見てみたいという、抗い難い欲求が生じていた。
彼の世界に身を投じてみたいという好奇心が、俺の心を誘惑した。
「あなたの世界の中で、僕の世界を表現してみたい。」
その言葉を聞いた瞬間、彼が自分と同じ気持ちなのだとわかった。
俺たちは互いの世界観にどうしようもなく惹かれている。
「そうだね・・・俺も、君の世界の中で自分がどう変わるのか見てみたい。」
どうせ捨てかけた人生だ。
俺は山岸桟という男に、キャンセルになった人生プランの一端を預けてみようと覚悟を決めた。
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