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♡『心の壁』(SIDE 音川 直佳)
しおりを挟む~~~~登場人物~~~~
♡音川 直佳(おとかわ なおか) 41歳
185センチの長身、細身。食べても太れない体質。食べることが好き。
真ん中で髪を分けているが、髪質がストレートでサラサラのため、すぐに落ちてきて目にかかるのがストレス。
内科医の欠員補充のため、愛治医療センターから引っ張ってきた道原院長の後輩医師。
週に2回だけ道原内科の外来を担当する臨時の内科医。
飄々としていて適当な冗談ばかり言うが、内科医としては優秀。
人の心理を読むことに長けていて、後輩をからかうのが好き。有明の大学の先輩。
♡有明 総司(ありあけ そうし) 34歳
サラサラのマッシュルームヘア。色素の薄い茶髪。クォーター。
童顔で30代には見えない優男。いつもニコニコしている。
道原整形外科・内科に勤める医師。
朗らかで柔らかい雰囲気の内科医。大人気の医師で外来はいつも混雑している。
元は愛治医療センターで働いていた。
~~~~~~~~~~~~~
♡『心の壁』(SIDE 音川 直佳)
有明総司はいつも朗らかでニコニコしている。
怒ったところを見たことがないし、落ち込んでいるところも見たことがない。
からかい甲斐のない奴もいるもんだなぁ。つまらん。
そんな風に思ったのを覚えている。
彼と出会ったのは、30代に入り医師としての仕事がようやく面白くなってきた頃のことだった。
俺が勤務している愛治医療センターに研修医として入ってきた彼は、妙に落ち着いていて達観していて、その他大勢の研修医たちと明らかに違う雰囲気を持っていた。
俺は他人の感情には敏感な方だと思っていたが、有明は感情に乏しい男で、顔色を見るだけじゃあちっとも理解できない難しい後輩だった。
それでも、彼が心に何か複雑な大きな問題を抱えているということだけは、はっきりとわかっていた。
理由はない、根拠もない。
ただ、はっきりと俺にはそうわかったのだ。
「なぁ、医療はチーム戦だ。内科医も外科医も、どの科でもな。」
「はい。」
「お前はもう少し、人に頼ることを覚えないとな。」
彼は、人と関わることを避けていた。
きっと無意識のうちにそうしてしまうんだろう。
いつも笑顔で人当たりも良い。
心の壁があることに気付かない人間の方が多いだろう。
人と関わること、人に頼ること、人に打ち明けること。
人に自分をさらけ出すことは、思った以上に難しい。
俺にもそんな経験があった。
歳を取るにつれ、色々な経験を積んで、立ち回りが上手くなる。
有明はいつもニコニコしていて、自分の気持ちに鈍感。
それが俺にはひどく危なかしく映っていた。
ある日、彼の様子がいつもと少し違っていた。
俺じゃなければ気付かないレベルの、小さな違い。
その日俺は遅くまで残って仕事を片付けていた。
翌日が休みだったので、仕事を残して帰りたくなかったのだ。
内科のロッカールームで着替えていたら、有明が部屋に入ってきた。
「こんな遅くまで残ってたのか?」
「お疲れ様です。」
「・・・なぁ。お前、熱でもあるんじゃないか?」
有明の歩く歩幅がいつもと少しずれている。
そんなことに気付いてしまうほど、俺はいつも彼を見ていた。
「大丈夫です。」
彼はいつもと変わらない笑顔で返す。
俺は彼のそういうところを見るたびに、たまらない気持ちになった。
たまらなく悲しかった。
笑顔でいることで、武装している。
彼が今まで生きてきた世界には、それしか方法がなかったのだろう。
「ちょっとこっち来い。」
彼の腕を掴んで、額に手を当てる。
少し触れただけで、高熱があると分かった。
「う・・・っ、」
口元を押さえた有明は、洗面台に駆け寄り苦しそうにゲホゲホと咳き込む。
「お前な、そんな高熱でこんな時間まで残ってたのかよ。」
彼の背中をさすりながら、吐き気がおさまるまでずっとそばについていた。
「治療してやるから、こっちに来い。」
「帰ります。帰って寝ます。」
有明はこうと決めたらいつも譲らなかった。
人に決定権を委ねてしまったら、今にも自分を保てなくなるというくらい、
彼は追い詰められていたのかもしれない。
大丈夫、と自分に言い聞かせるように笑顔を見せた彼に、俺はたまらなくなり、
気付いたら力一杯抱きしめていた。
俺の腕の中におさまっている彼の身体が熱い。
高熱で倒れそうな時でさえ人に頼ることができないこの男の頑なさが、俺の胸を苦しくさせていた。
「送ってやるから、着替えろ。拒絶は認めねぇ。俺はお前の指導医だ。わかったか。」
彼はゆっくりと白衣を脱ぎ、黙って俺に従った。
彼が暮らすマンションの客人用駐車場に車を停めて、高熱のせいでおぼつかない足どりの彼を支えながら歩く。
俺の上着をギュッと握って歩く彼を、愛おしいと思った。
こいつを守ってやりたい。
俺は一人勝手に心の中でそう呟く。
初めて彼への気持ちに名前がついた瞬間だった。
有明の部屋は、信じられないほど殺風景で生活感がない。
ベッドと、ソファ、テーブルが一つ。
それ以外は何もなかった。
小さなクローゼットの中に収まるだけの荷物。積み上げられた医学書や薬学書。
自分がいつこの世を去っても誰にも迷惑をかけないように生活している。
そんな風に思えてならなかった。
ベッドに腰を下ろした彼は俺を見上げる。
「すみません、迷惑・・かけてしまって、」
「アホか。俺は医者だぞ。具合が悪い人間を診るのが仕事だ。」
「体調管理が出来ていませんでした。」
「あのな、体調管理に気を使ってたって病気になる時はなる。人間なんだから当たり前だ。」
彼はぼんやりと俺の顔を見つめていた。熱でボーッとしているのかもしれない。
彼の顔がひどく幼く見えて、俺の庇護欲を煽る。
「点滴するぞ。横になれ。」
「自分で出来ます。」
「お前さぁ、ほんっとに強情だな。そんなに俺に頼るのが嫌か?」
「嫌です・・・。」
冗談を言う元気があるなら大丈夫だな、そう言おうと視線を移した俺は、言葉を飲み込んだ。
彼が潤んだ目で俺を睨みつけていたから。
「嫌なんです・・お願いだから・・これ以上俺に・・踏み込んでこないでください。」
彼の人間らしい部分を初めて見た。
なんだ、感情があるんじゃないか。俺は急激に安心してしまった。
彼が「俺」と言うのを初めて聞いた。
彼の素顔を見せてくれたようで、嬉しくなる。
「嫌だね。俺はお前の指導医だ。指導するのは医療技術だけじゃない。」
彼は目を見開いて、俺を見ていた。
高熱のせいか、心境の変化なのかわからないが、大人しくベッドに横になる。
腕に点滴の針を挿れると、彼は痛みに一瞬顔を歪めた。
熱で苦しいのだろう。はぁ、はぁ、と肩で息をしている。
病気の人間に必要なのは、点滴や飲み薬だけじゃない。
人の温かさ。人の優しさ。人の愛情。
何よりも、人が一番必要なんだ。
「苦しいか。」
「大丈夫・・・っ、」
彼の綺麗な瞳から涙が溢れる。
「俺の前では素直になれよ。」
「・・・っ、苦しい・・・・」
「俺がついてる。安心しろ。すぐに良くなる。」
頭を撫でると、彼はゆっくりと目を閉じた。
俺は彼の手を握ったまま、眠ってしまったらしい。
目を覚ました時には、窓の外が明るくなっていた。
「なお先輩」
有明は俺のことをそう呼んだ。
担当の研修医に何と呼ばれたいか、と談話室で指導医たちと雑談していた時に、
冗談で俺が言った呼び名だった。
「治るまで、俺のそばに・・・いてください。」
彼は子どものような顔でそう言った。
「言われなくてもそうするよ。」
それから俺と有明は、研修医と指導医という枠を出ないギリギリのところで
お互いの仲を深めていった。
彼は人に頼ったり、甘えたりできるようになるという俺の出した課題に、前向きに取り組んでいた。彼の心にある鉄壁が、少しずつ崩れていくのがわかる。
「なお先輩、」
親しみを込めて彼が俺をそう呼ぶたびに、複雑な気持ちになった。
ただの可愛い後輩から、いつしか彼は特別な存在になっていた。
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