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『終わりの始まり』(SIDE 雫)
しおりを挟む『今夜は実家に泊まる。』
22時過ぎ。巧からそっけないメールが来た瞬間、ああやっぱりと諦めの中に身を置いた。
予想していたのに、涙が溢れるのは何故なんだろう。
彼は今夜、梓先生と食事に出かけた。
全て知っていたのに、俺は巧を引き止めなかった。
「わかったよ。気をつけてね。」
実際に声を発しながら、短い文章を打ち込み送信する。
諦めの積み重ね。こうやって少しずつ折り合いをつけていく。
結果はもう決まっているのに、もしかしてと立ち止まっては振り返る。
20年以上側に居て、もはや自分の半身のようになってしまっている彼と、どう別れたらいいのだろう。
離れないで欲しい、変わらないで欲しい、俺のそばにいて欲しい。
叶わない願いで胸はこんなに苦しいのに、本気でなんとかしようとはまるで思っていないのだ。
一人冷たい布団に入る。
隣に巧がいない。それだけのことなのに。
「一人で眠るのって・・・こんなに寂しかったっけ・・・」
言葉にすると、また涙が溢れてきた。
好きだから泣いてるんじゃない。巧と一生一緒にいるのだとそう信じ込んでいたあの日の自分を、裏切るのが苦しいだけだ。そんな風に自分に言い聞かせている。
矛盾だらけの感情は、嘘で塗り固めてきた日常の結果だった。
「雫さん・・?もう寝た?」
トントン、と扉を叩く音に、慌てて身を起こす。
「巧さん帰ってきてなくね?今日どっか行ってんの?」
泰莉君が来てくれたことが嬉しくて、すぐに扉を開ける。
いつの間にか0時を過ぎていた。戸締り当番の泰莉君が心配そうに、空っぽの部屋をチラリと覗く。
「今日は実家に泊まるんだって。さっき連絡があったから、戸締りして大丈夫だよ。」
「泣いてんの?」
俺の言葉に被せて、彼が低い声でそう言った。
怒っているような声色に、ドクンと胸が鳴る。
「・・・泣いてないよ?」
こうやっていつも誤魔化してきた。
自分の感情に嘘をついて、相手の問いかけをうまく躱して。
泰莉君は俺の手首を掴むと、ぐいっと顔を覗き込んだ。
「泣いてんじゃん。」
「・・ッ・・・泣いて・・・ない・・」
どこまで意地を張るつもりなんだろう。
強がって否定の言葉を口にしたくせに、涙が溢れて床に落ちる。
「・・・泣いてるって。自覚しろよ。」
彼の胸に抱き寄せられて、大きな手のひらに頭を抱えられた瞬間、一気に感情が溢れ出す。
「俺・・っ・・・なんで・・・何でこうなっちゃったんだろ・・っ・・・・」
涙で視界が歪んで、何も見えない。
彼の香りと体温を感じたら、俺はもう自分に嘘がつけなくなった。
巧との関係は、もうどうにもならない。
俺はその事実に傷ついて、子どもみたいに泣いている。
嗚咽する俺を優しく抱きしめた彼は、そっと後ろ手に部屋の扉を閉めた。
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