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『愛の言葉』
しおりを挟む「繭、大丈夫・・?」
目を覚ますと、雫が私の手を握っていた。
ベッドまで誰かが運んでくれたらしい。
「よかった、目が覚めたか。今慶斗さん呼んでくる。」
雫の後ろに立っていた律が、医師の慶斗を呼びに部屋を出ていく。
「雫さん・・・私・・・」
「倒れたんだよ。覚えてない・・?」
「私・・・」
心配そうに覗き込む雫の顔が直視出来ずに、目から涙が溢れ出す。
夫婦だというのに、彼と正面からぶつかることを避けてきた自分が情けなくて、彼の気持ちが自分から離れてしまったことが悲しくて、感情が爆発してしまった。
「繭?どこか痛いの?具合悪い?」
私が泣き出したのを見て慌てて涙を拭う彼に、腹が立った。
「他の女性が好きなのに・・・どうして私に優しくするの・・・?」
「え・・・?」
「ピアノを教えてる女性のこと、、私知ってるんですよ?」
「・・・麻由ちゃんのこと・・・?」
「麻由ちゃんって言うんですね。私と同じ名前・・・っ」
(私のことは呼び捨てなのに彼女はチャン付け?!若くて可愛い子だし、そりゃそうだよね・・・!!)
全てが腹立たしく思えて、手当たり次第に怒りをぶつける。
「どうして私に黙ってたんですか?彼女と寝たこと・・・」
「え?・・・え?ちょっと繭、何言ってるの?」
私が不倫の事実を知っているとは夢にも思っていなかったのか、彼は困惑した様子を見せる。
(誤魔化せると思ってるの・・・・・!?)
私もベッドから起き上がり、応戦態勢に入った。
「麻由さんのこと好きなんですよね?身体の関係まであるなんて・・・っ」
怒りをぶつけるつもりが、雫の顔を見たら今までの良い思い出ばかりが浮かんできて涙が止まらない。
「ちょっと繭、落ち着いて。本当に何の話をしてるの?俺が、麻由ちゃんと、浮気してるって・・・そういうこと?」
妻に不倫がバレて慌てふためく夫・・・・には見えない。
雫は本気で困惑した様子で、私を見ている。
「だってさっき・・・桜雅君に・・配偶者以外の人を好きになったらどうするかって・・・」
「聞いてたの?・・そっか、ごめんね。それで勘違いしたんだね。」
「勘違い・・・・?」
「配偶者以外の人を好きになったのは俺じゃなくて、麻由ちゃんの方なんだ。」
(え・・・?麻由ちゃんの方って、、どういうこと・・?)
「彼女は結婚してて何人も夫がいるんだけど、他の女性の旦那さんを好きになってしまって、相手の男性も麻由ちゃんに本気らしくて・・・どうしたらいいかわからないって相談されたんだ。桜雅君と話してたのは、その件だよ。」
「で・・・でも、なんで私に黙ってたんですか?やましいことがないなら、彼女のこと、、ピアノを教えてるんだって、私に話してくれてもいいのに。」
まだ夫への疑いが拭いきれない。
私の怒りから彼女を庇うために嘘をついているのでは?とまた新たな不安が芽生えた。
「俺・・ピアニストとしてまたコンサートをやれるかどうか・・今、挑戦していて・・・その結果が来週わかるんだ。」
雫の表情が固くなる。彼が緊張しているのがわかった。
初めて私に過去を打ち明けてくれた時のような、真剣な顔。
「正直・・・全然自信なくて、、ちゃんと決まってから繭に話したいなって思ってた。仕事のこと、挑戦のこと、全部繭に話したかったんだけど・・失敗したらと思うと怖くて言えなくなっちゃったんだ。・・・カッコ悪いよね。」
「え・・・じゃあ・・・浮気も、、離婚も・・・無いってこと・・・?」
「離婚?そんなのするわけないよ。・・・繭、俺言ったよね、一生俺のそばにいて欲しいって。」
初めて彼に抱かれた夜を思い出す。
彼はまるでプロポーズのような素敵な言葉を私にくれた。
「その気持ちは全く変わってないよ。いや・・・むしろもっと強くなってる。」
「雫さん・・・」
証拠もないのに勝手に思い込んで彼を責めた自分の弱さ。
酷い自己嫌悪に、顔から火が出そうだ。ハァ・・・と深いため息を吐き出す。
「よかった・・私、雫さんが彼女のこと好きになっちゃったと思って・・・」
言葉にするとまた涙が溢れてくる。
「繭以外の女性を好きになるわけないよ。繭、ごめんね。勘違いさせるようなことして、本当にごめん。」
「雫さん・・・っ」
「繭、大好きだよ。」
彼からもらった久々の愛の言葉。
安堵と嬉しさで、胸がいっぱいに満たされる。
力一杯抱きしめてくれた雫の温かさに、私はいつまでも涙が止まらなかった。
「で・・・?俺は律に呼ばれて来たんだけど、いつまでここで抱き合う二人を傍観していればいいのかな?」
「け、慶斗さん・・っ・・すみません・・・!」
開きっぱなしになっていた部屋のドアをトントンとノックしながら、慶斗はやれやれという顔で私たち二人を見つめていた。
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