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『ピアニスト』
しおりを挟む私の誕生日に、夫の雫がピアノの演奏をしてくれた。
ピアニストを辞めて以来、弾くことが怖いのだと告白してくれた彼が、滑らかな手つきでピアノを弾いている。
彼が奏でるピアノの音色はあまりに繊細で美しく、彼の優しさや穏やかさが内包されたものだった。
「繭・・・どうして泣いてるの?」
演奏を終えた彼は、私の顔を見て急に不安そうな表情になる。
「・・・雫さんのピアノ・・・素晴らしいです・・・弾くのが怖いって言っていたのに、私のために弾いてくれたって思ったら・・・嬉しくて・・・感動して・・・」
彼は泣きじゃくる私をそっと抱きしめて、「ありがとう」と小さく呟いた。
♢♢♢
私の誕生日当日、昨年はバタバタして個別に時間が取れず、全員でケーキを食べお祝いしてもらった。
今年は時間を細かく割り振って、それぞれ個別に誕生日を祝ってくれることになったらしい。
「俺のピアノを・・繭に聴いて欲しいって、ずっと思ってたんだ。」
ベッドの上で何度も愛し合った後、雫は私を抱きしめながらそう告白してくれた。
「怖いと思ってた気持ちが浄化されて、やっぱり俺はピアノが大好きなんだって、はっきりわかったよ。」
思い出しただけでまた涙が溢れてくる。
人を感動させる力、癒す力が彼のピアノにはあると思った。
「雫さんのピアノは・・・人を感動させる力があって・・優しくて穏やかで、なのに激しいところもあって・・・まるで雫さんの存在そのものみたい。」
「繭が居てくれなかったら、俺は一生ピアノを弾けなかったと思う。」
自分の夫が、選ばれた「天才」なのだということを、私は改めて実感した。
「雫さんは一生、天才ピアニストですよ。独り占めしたい気持ちが無いと言ったら嘘になるけど・・・世界中の人に聴いてもらうべきだって、私はそう思います。」
「俺は弱いから・・・また繭にたくさん心配かけちゃいそうだけど・・・」
「私はずっと雫さんをそばで支えます。雫さんを全力で守ります。」
勢いよく言葉を吐き出した私に、彼はふっと破顔した。
「新婚初夜を覚えてる?・・今夜は繭にプロポーズされてる気分だよ。」
あの夜、私を一生そばで守ると言ってくれた彼の言葉を思い出す。
私も同じ気持ちなのだと伝えると、雫は幸せそうに微笑んで、今までで一番優しいキスをくれた。
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