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『失う痛み』

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夫から突然の離婚宣言。
放心状態の私は彼をどう引き止めたら良いのか分からず、ただ子どものように泣きじゃくるしかなかった。

「やっぱり泣かせちゃったね。」

「愛ちゃん・・っ・・・」

名前を呼ぶといつも彼は目を細めて優しく微笑みながら、私の頭を撫でてくれた。
仕方ないなぁと文句を言いながらも、私のわがままに付き合ってくれる優しい夫。

そんな姿しか知らない私は、目の前にいるはずの彼がひどく遠い存在に思えて、苦しくてたまらなかった。

彼はもう私の目をまっすぐに見ることさえしてくれない。
抱きしめてくれることも、ない。

触れることさえ出来ない存在になったのだと、彼の目を見て理解した。


「これからはもう、アンタが泣いてても助けてやれない。」

「愛ちゃん、やだ・・・っ」

「・・・ごめん。」



♢♢♢



愛との離婚については、折原おりはら家の最年長者である慶斗けいとが一旦預かるという形で落ち着いた。
政府関係者とのやりとりは、彼が我が家の窓口として交渉する役割を担ってくれている。


「慶斗さん・・・私、別れたくないんです。」

「わかってるよ。俺がちゃんと話つけるから、安心して。」

「え・・?」

「繭の気持ちも、愛の本当の気持ちも、ちゃんとわかってるつもりだよ。」

「慶斗さん・・・っ・・・」

「家族を守るのが、俺の務めだからね。」

優しく抱きしめてくれる彼の腕は、とても温かく頼もしかった。



♢♢♢



「珍しいな、あいつが帰省なんて。」

他の夫たちは、まだ何も知らない。
あいと仲が良い煌大こうだいでさえ、今回のことについては何も聞かされていないようだ。

「うん・・・」

愛は離婚手続きが終わるまでの数週間、実家に帰ると出て行った。
彼の家族は運良く全員が生き残り、彼のお姉さんは私と同じように家庭を築いているらしい。
お姉さんとのエピソードを彼はよく私に聞かせてくれた。


煌大は黙り込んでいる私を心配そうに覗き込み、優しく頭を撫でる。

「どうした?お前の様子がおかしいから、気になってた。愛もいつも以上に言葉がキツかったし・・・あいつとなんかあったのか?」

夫たちはいつでも私のことを気にかけてくれている。
変化に気付いてくれる。
夫の優しさ。

そっと抱きしめてくれる夫の腕の中で、これから失うものの大きさを私は痛感していた。



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