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『楓の出産』
しおりを挟む「もう少しですよ、頑張ってください。」
医師の言葉が、頭の奥にぐわんぐわん響く。
突然、目の前に現実が戻ってきた。
夫の楓の、出産立ち会い。
私はめまいで座り込んでしまったらしい。
慶斗が椅子に私を座らせて、脈を確認している。
私の背後には、律が立っていて、身体を支えてくれていた。
「私・・・、」
「繭、急に動くと危ないから、もう少し座ってて。」
慶斗に制止され、椅子に座ったまま、お産の真っ只中にいる楓を見る。
「楓さん、頑張れ~!!もう少しだよ!」
最年少の夫、樹が楓の手を握って声をかけていた。
反対側の手は、泉がしっかりと握っている。
年下の夫たちの頼もしい一面を見て、ほっこりしている場合じゃない。
今まさに夫の楓が息んでいて、誕生まであと少しという正念場だった。
「私も、楓君のそばに行きたい・・・!!」
絞り出すように、声を出した。
夫が頑張っている時に、妻の私がへばっているわけにはいかない。
「繭、俺が支えるよ。」
律が、私の腰を抱き抱えるように、立ち上がらせてくれた。
慶斗も、手を引いてくれる。
「楓さん!繭もここにいるよ。」
そばに寄った私の手を、泉が引いて楓と繋いでくれた。
苦しそうに喘ぎながら、それでも確かに私を見て安心したように笑った楓が、たまらなく愛おしい。
「楓、もう少しで新しい家族に会えるよ。」
「赤ちゃん!みんな待ってるよ・・!出ておいで!」
夫たちみんなが、楓と赤ちゃんに声を掛ける。
「僕も・・・っ・・・会いたいです・・・!う~~~っ!!!」
楓が渾身の力を込めて息んだ瞬間、スルリと勢いよく、新しい生命が押し出された。
元気な声で泣き始めた彼に、その場にいた全員が、同じ感動を共有する。
「元気な男の子ですよ。」
取り上げてくれた医師の言葉。
まるでドラマのような、出産シーン。
「楓さん!すげー!!やった~!!!!」
「お疲れ様。楓、よく頑張ったね。」
わぁ、っと新しい生命の誕生に感動し、歓喜し、その瞬間を祝福する。
楓が、赤ちゃんと私の顔を、交互に見た。
「楓君・・っ・・・ありがとう・・・」
出産がこんなに感動的だとは、思わなかった。
苦しくて、血がたくさん出る出産に、私は長い間ずっと恐怖を抱いてきたから。
涙が次から次に溢れてきて、私は気の利いた言葉の一つも吐き出せないまま、子どものようにただ泣きじゃくっていた。
「繭さん、僕たちの赤ちゃん・・元気に泣いてますね。」
楓が、すうっと涙を流して、微笑む。
これほど綺麗な涙を、私は見たことがなかった。
楓は本当に幸せそうな顔で、私の手を優しく握る。
彼の胸の上に乗せられた、私たちの赤ちゃん。
この世界に生まれてきたのが嬉しいのか、元気な泣き声をみんなに披露している。
「赤ちゃん、すげー泣いてる!!めちゃくちゃ元気じゃん!!」
「楓さん、お疲れ様。赤ちゃんも。」
「楓にも、繭にも似てるなぁ。」
みな口々に、赤ちゃんに話しかける。
「「「ようこそ、我が家へ。」」」
声を揃えて赤ちゃんに話しかける私たちは、紛れもなく理想の家族そのものだった。
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