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『代理出産』
しおりを挟む「はじめまして。慶斗さんの元同僚の、神崎譲です。」
夫の職場近くの喫茶店。
慶斗の元同僚と名乗る男性が、こちらに向けて手を差し出した。
人見知りなのか困ったような顔をしている彼は、聞いていた年齢よりずっと若く見える。
「はじめまして。慶斗の妻の繭と申します。」
(これが言ってみたかったのよね・・・♡今更だけど、私本当に人妻になったんだなぁ・・・♡)
今更すぎる喜びを噛み締めながら握手をすると、彼はやはり困ったような顔で笑った。
テーブルを挟んで立ち上がり挨拶を交わした私たちは、タイミングを見てお互いゆっくりと腰を下ろす。
同席するはずの慶斗は、急な仕事で10分ほど遅れてくると連絡があった。
気まずい空気が流れる中、彼がなんとかこの場を繋ごうと言葉をかけてくれる。
「俺は、慶斗さんの後輩で、昔は医者だったんです。」
「お医者様だったんですね。お辞めになったんですか?」
「はい。今は小説家で、医療系の小説ばかり書いています。」
「小説家の先生なんですか?すごいですね!」
医者を辞めて、小説家になるなんて、すごい経歴の持ち主だ。
私は驚いたのと、彼への興味が急激に湧いてきて、前のめりになる。
「すごくなんてないです。慶斗さんから代理出産の話を聞いて、小説書くのは妊娠していても出来るし、俺は元医者だから身体のことも色々わかるし、適任なんじゃないかって、そう思ったんです。」
男性であっても、妊娠出産は命懸けだ。
申し出てくれるなんて、彼は一体どんな人間なのだろう?
私は、神崎譲という目の前の男に興味津々だった。
夫たちに負けず劣らず、彼はとてもイケメンで、気を抜くとポーッと見惚れてしまいそうになる。
下がり気味の眉に、控えめな喋り方。
困ったように笑う彼は、とても魅力的だった。
スラリとした手足、背が高くしなやかな身体。
真ん中分けの茶髪、薄い唇。
「あの俺・・・、慶斗さんと繭さんの子どもを産みます。それで・・・出産が終わったら、俺もあなたとの子どもが欲しいんです。」
「え・・・・?」
彼が何を言っているのか、一瞬わからなかった。
初対面の男性に、子どもが欲しいと熱望される日が来るなんて、夢にも思っていなかったから。
「代理出産制度で俺が出産したら、あなたの夫になる権利を得られるんです。」
初耳だった。
出産を推奨している政府が、色々な制度をどんどん新しく作っている。
人類存続のため、出生率を上げることに躍起になっているのだ。
「そ・・そうなんですか・・?」
「はい。俺も、あなたとの子どもが欲しい。」
真剣な眼差しで私を見つめる目の前のイケメン。
私は夫の後輩であるこの男性に、ドキドキしてしまった。
困ったような表情を浮かべていた彼とは、まるで別人のようにまっすぐで男らしい瞳。
「神崎、俺の妻を口説くのは、辞めてもらえないかな。」
いつの間にか目の前に立っている慶斗は、不敵な笑みを浮かべながら私たち二人を見下ろしていた。
「す、すみません、そんなつもりじゃ・・・」
「冗談だよ。遅くなって悪かった。」
慶斗は私の隣に座ると、腰に手を回して引き寄せる。
言葉とは裏腹に、彼が嫉妬しているのだとわかってドキドキした。
代理出産のために、彼は来週から私たちの家で一緒に暮らすことになった。
荷物は今週末に届くよう、すでに手配しているらしい。
代理出産制度で一人出産すると、夫として結婚する権利を得られる。
出産が終わった時点で、神崎 譲は正式に私の夫になる。
「繭さん、来週からよろしくお願いします。」
困ったような表情で微笑んだ彼は、まさに「色男」と呼ぶにふさわしい魅力的な男性だった。
夫の前だというのに、私は思わず赤面してしまう。
早くなる鼓動をなんとか抑えようと、私は二人に気づかれないように深呼吸を繰り返した。
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