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『膨らんだお腹』
しおりを挟む新入りの大和の挑発的な態度に、リビングの雰囲気が重苦しい。
妻として何か言わなければと、焦るばかりで空回りしている私が立ち上がると、同時に爽やかな声が響いた。
「大和さん、初めまして。僕、楓といいます。」
桜雅と入れ違いに2階から降りてきた楓が、大和の前に立って手を差し出す。
まるで、デジャヴを見ているようだった。
私が初めてこの家に来た日。
彼がこうやって笑顔で迎えてくれたことを、まざまざと思い出す。
「大和だ。よろしく。・・・お前、妊娠してるのか?」
楓のとびきりの笑顔は、どんな人間の心も開いてしまうらしい。
大和は、ふっくらと膨らんだ楓のお腹に視線を移した。
「そうです。妊娠4ヶ月になりました。触ってみますか?」
「・・・ああ。」
少しの沈黙の後、大和が答えると、楓は彼の手をお腹へと導く。
予想に反して素直な大和の行動を、夫たちは静かに見守っていた。
「嘘だろ・・・」
「嘘みたいですよね。奇跡だって、僕は毎日とても幸せに思ってます!」
楓の幸せそうな笑顔を見て、大和は沈黙した。
「新しい命って、希望そのものだよな。」
「楓さんのお腹触ると、めちゃくちゃ幸せな気持ちになる!」
「生まれてくるのが、楽しみだよね。」
黙り込んでいた夫たちが、口々に話し始める。
にっこりと笑う楓の天使のような笑顔と、膨らんだお腹。
その場にいた全員の心が、温かくなっているのがわかった。
♢♢♢
「桜雅君、大丈夫?」
あたたかい飲み物を持って、桜雅の部屋に行くと先客がいた。
ベッドの中で上半身を起こした状態の彼は、すでにマグカップを握っている。
「繭、考えることは同じだね。」
ベッドサイドに座る雫が、優しく微笑んだ。
彼はいつも桜雅の体調を、気にかけてくれている。
「あいつ、楓の腹に触ったんだって?」
桜雅は、雫から楓と大和のやりとりを聞いたらしい。
「そうなの。リビングでまだみんなと話してるよ。」
「あいつはすげぇよな。誰の心でも開いちまう。」
楓に笑顔を向けられて、邪険に扱える人間はいないだろう。
「大和はちょっと気難しいところがあるから、楓君が和ませてくれて安心したよ。」
根は悪い奴じゃないんだけど、と雫が苦笑した。
「雫さんがあからさまにカチンと来たの見て、ちょっとウケた。」
「えぇ?ちょっと、桜雅君・・・」
拗ねたように桜雅を見る雫が可愛くて、思わずつられて笑ってしまった。
「繭まで、笑うかなぁ。」
「雫さんが感情剥き出しにするのって珍しいし、相当仲が良いんだなぁって思いました。」
「耀亮の奴、喧嘩っ早いからちゃんと見ててやんねぇと。」
耀亮と大和のやりとりも、雫から聞いたらしい。
桜雅が私の目をじっと見つめる。
この二人は仲が良いのか悪いのかと不思議に思っていたけれど、お互いのことを気にかけて思い合っているのが、今日はっきりとわかった。
(仲が良いんだよね、結局。ほっこりするなぁ・・・♡)
大和が引っ越してきたことで、家族の絆がまた深まりそうだ。
♢♢♢
「繭、今夜一緒に寝てもいいかな?」
桜雅の部屋から出て、マグカップを手にキッチンへ向かう。
雫がぎゅっと手を握ってきたので、私は驚いて逆側の手で持っているカップを落としそうになった。
「え・・?」
当て日じゃない日に、雫からアプローチなんて珍しい。
「繭、ごめん。キスしたい。」
階段の手前、雫が私の顔を覗き込んだと思ったら、唇が重なっていた。
数秒後、ゆっくりと離れていく彼が、あまりに美しくて見惚れてしまう。
スローモーションみたいだ。
(まつ毛、長・・っ!髪サラサラ・・・!雫さん、なんだか色っぽい・・・・)
白い肌、頬がほんのりと色づいている。
雫の瞳は熱っぽく、切ない色を浮かべて、私を捕らえた。
まるでファーストキスみたいにドキドキしながら、彼の手を握り返す。
余裕がない、彼の表情。
彼の身体の熱が伝わってきて、顔が火照る。
全身の血が急に勢いよく流れ出し、ドクドクと心臓がうるさい。
もう一度、彼の唇が重なった。
彼の吐息がハァハァと、荒んでいる。
時折、喘ぎ声のように唇から漏れる甘い声を聞きながら、舌を絡め合う。
「俺・・今夜は、我慢出来そうにない。繭が、欲しくてたまらないんだ・・・」
「雫さ・・ん・・・」
彼のこんな甘ったるい声、初めて聞いた。
背中がゾクゾクと、震える。
「めちゃくちゃに、抱いても良いかな・・?」
(いつもの穏やかな雫さんとは・・・別人みたい・・・・っ)
苦しそうな吐息が、彼の興奮を伝える。
私の耳元に唇を押し当てて、彼は甘く囁いた。
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