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『覚悟』

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桜雅おうがの診察が終わり、彼の妊娠が確定した。


「おめでとうございます。」

医師が決まり文句のように、祝福の言葉を口にする。
桜雅は黙ってうつむいたまま何も言わないので、私の中の不安はどんどん大きくなっていくばかりだった。


子どもなんて、欲しくない。
そう言われたらどうしよう。

そんな不安が、頭の中をぐるぐると巡っている。

彼は私との子どもを、望んでいたわけではなかった。
胸がザワザワと、ひどく波立つ。


桜雅の優しさや、愛情にはいつも助けられてきた。
私のことをとても大切にしてくれている。

だからこそ、そんな彼が妊娠を喜んでいないとわかったら、私はひどく傷ついてしまうだろう。

一人で勝手に陰鬱いんうつな思考を巡らせ、身勝手な不安をつのらせていた。



「うっ・・・気持ち悪い・・・吐きそう・・・っ」

かえでより桜雅の方が、ずっとつわりが重いようだ。


顔色が悪く、苦しそうな彼の姿。
居ても立っても居られないけれど、私に出来ることといえば、彼の背中をさすることくらいだった。


「繭、そばにいてくれ。」

ようやく落ち着いた様子の彼が、ベッドに寝転んで私の手を握りながら、掠れた声でそう言った。


彼の弱っている姿は、見たことがなかった。
いつも強気で元気な彼が、初めて見せる表情。


「桜雅君、ずっとそばにいるよ。」

抱きしめてくれと言うように、私の方へ手を広げて、彼は私を見た。


まゆは・・・俺が妊娠して、嬉しいか?」

時々、彼は私の名前を呼び捨てにする。
真剣な瞳に、私の緊張は一気に高まった。


「うん。嬉しい。」

「そうかよ?なんかあんま嬉しそうじゃねぇなって、俺は思ったんだけど。」

怒っているような彼の冷たい声に、私は簡単に動揺してしまう。


「嬉しいけど、桜雅君はまだ妊娠したくなかったのかなって思って、不安になったの・・・」


「それで、ずっとそんな顔してたのかよ?」

桜雅は、眉間に皺を寄せてハァ、と深くため息を吐き出した。
明らかにイライラしている。


「確かに、俺は今のタイミングで妊娠なんて、するつもりなかった。お前が不安になるのも当然だな。悪ぃ。」

「私の方こそ・・ごめんなさい。私との子どもが出来たことを・・喜んでもらえてなかったらって思ったら・・・怖くなって・・・。」


夫との間でこんな風にギクシャクするのは、初めてだった。
綾人あやととのセックスレスで悩んだことはあったけれど、ここまで切羽詰まった悩みを抱えたことはない。


「なぁ、俺のこと見くびんなよ。」

ピシャリ、と言い放った彼の言葉。
キッとにらむように向けられている真剣な眼差しを直視するのが、怖かった。


「繭の夫になるって決めた日から、覚悟は出来てる。想定外ではあったけど、そんな中途半端な気持ちでお前の夫になってねぇから。」


寝転んだままの彼に、抱き寄せられる。
腕が私の背中に、ぎゅっと回った。


「お前も、俺らのガキも、絶対ぇ一生大切にすっから。お前は、俺のこといつでも信じてろ。」

(・・・わ、私の桜雅君・・・カッコ良すぎ・・・!)


桜雅の男らしさと、愛情の強さを見せつけられて、胸がじんと熱くなる。


「うん・・・大好き・・・桜雅君。」

私は溢れ出る涙を、止めることが出来なかった。




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