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『門前払い』
しおりを挟む「ごめん、今日はちょっと仕事で疲れててさ。」
まただ。
夫の綾人は、一度も私を部屋に入れてくれたことがない。
今日は彼とベッドインする予定の日だったけれど、枕を持って彼の部屋へ出向いたら門前払いされた。
(はぁ・・・やっぱりダメかぁ・・・)
無理強いなんてする気は毛頭ないけれど、断られるとやっぱり少し寂しい。
こんなことになるんじゃないかと思っていた。
(もしかして私とシたくないとか・・・?隣で眠るだけでも、良いんだけどなぁ・・・)
綾人は、元スナイパーで特殊組織に所属していたという、異例の経歴を持つ人物だ。
リビングで一緒に過ごすことも滅多に無いし、食事の時間も不規則。
夫たちと仲良く話したり年下の面倒を見たりする、一種の社交性は持ち合わせているけれど、私との距離はなかなか縮まらないのが現状だった。
♢♢♢
「どうしたの?もしかして・・夜のお誘いかな?」
慶斗の部屋を訪ねる。
枕を持参している私を見て、滅多に表情を変えない彼が驚いているのがわかった。
こうやって毎日少しずつ、夫たちのことを知っていく。
驚いた時の顔、嬉しい時の表情、どんな悩みを抱えているのか。
夫のことは何でも知りたい。
私たちは、家族なのだから。
「あぁ、あいつの仕事は確かに忙しい部署だよ。それでも、この制度で夫やってるからには、きちんと家に帰れるように優遇はされているけどね。」
慶斗は、綾人と同じ研究所に勤めている。
「じゃあ、綾人さんが自分の意思で、私を避けてるってことですよね・・・・。」
他の夫たちが皆惜しみない愛を注いでくれるせいか、彼の態度がとても冷たく感じてしまう自分がいた。
「そんな大袈裟なことじゃないと思うよ。あいつは人見知りだし、まだ妻がいる生活に馴染めてないだけじゃないかな。」
「そうでしょうか・・・。」
「特殊な仕事をしていた男だし、少し変わった奴だから、一筋縄ではいかないかもね。俺がそれとなく聞いておくよ。繭は、そんなに思い詰めないで。」
「はい・・・・。」
彼が私の両手を優しく握って、にっこりと笑った。
「相談してくれてありがとう。俺は君の夫なんだから、不安は共有して一緒に解決しよう。」
「慶斗さん・・・、ありがとうございます。」
彼は、本当に頼りになる。
穏やかな彼の声を聞いているだけで、とても心が楽になった。
「今夜は・・・一緒に寝て、いいですか?」
「もちろんいいよ。」
抱きしめてほしい。そう思った。
今の私には、嬉しいことも悲しいことも、なんでも一緒に分かち合ってくれる夫がいる。
「ん・・っ・・・慶斗、さん・・・っ」
キスをすると、身体が勝手に熱くなる。
彼の舌が気持ち良く絡まって、頭がクラクラした。
「俺が欲しくなっちゃった?」
悪戯に笑う、イケメンすぎる夫。
「今夜は、どんな風に愛されたい?俺の、お姫様。」
普段、他の夫たちの前では見せない、慶斗の甘い表情。
私にしか見せない彼の特別な顔を見て、私の心は深く満たされていった。
♢♢♢
「ずるくね?慶斗さん、昨日繭ちゃんとヤったんだ?」
「桜雅、君は朝から鋭いね。」
洗面所で、ばったり桜雅に出会した。
なんとなく恥ずかしくて、慶斗さんの影に隠れる。
朝のこの時間帯は、洗面所に人が集中する。
洗面台の数はたくさんあるけれど、タイミングによっては全部埋まっていることもあった。
「昨日は、綾人さんの当て日だろ?良いよなぁ、慶斗さんはいつも美味しいとこ持ってく。」
「桜雅、日頃の行いってやつだよ。」
「綾人さん最近帰ってくんの遅いよな。この前なんか、日付変わってから帰ってきてたぜ。」
夫たちはそれぞれお互いを気遣いあっていて、家族としての纏まりがある。
そう実感するたびに、私はなんだか嬉しかった。
綾人には、もう少ししつこく話しかけてみよう。
夫の悩みや大変さを理解できる妻になりたいという気持ちが、私の中で芽生えつつあった。
応援ありがとうございます!
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