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♢『純愛小説』(SIDE 南川 梓)
しおりを挟む鷲尾 遥。変わり者の小説家。
あの日・・・彼は俺を押し倒し、耳元で甘く囁いた。
不意打ちで俺を散々ドキドキさせたくせに、彼は結局何もせずデスクに向かい小説を書き始めたのだ。あれ以来、俺はずっと馬鹿みたいに悶々とした気持ちを抱えている。
「あ・・ッ・・・先生・・・そこ弱いです・・・ダメェ・・・」
出版ラッシュで忙しい彼のために課題を届けにやってきた俺は、わっしーの部屋から聞こえてくるいやらしい声に驚いて立ち尽くしていた。
屋敷教授の浮気を目撃したあの瞬間が、フラッシュバックする。
わっしーのプライバシーを尊重するべきだ、なんて心の中で何度も呪いみたいに呟いてみたけれど、次の瞬間俺は大きな音を立てて思い切り扉を開け放った。
「・・梓?どうした?」
わっしーは、いつも通りの青白いポーカーフェイスでこちらを見る。
彼の下にはスーツ姿の茶髪のイケメンが、あられもない姿で横たわっていた。
「な・・・何してんだよ・・・っ」
わっしーとは仲が良いけれど、特別な関係じゃない。
それなのに俺は裏切られたような気持ちになり、彼を睨みつけた。
まるで浮気でもされたみたいに、怒りと苦しさがぐるぐる巡る。
「せ、先生・・・僕はこれで失礼します・・・!」
この場の雰囲気に耐えられなくなったのか、スーツ姿の男性はむき出しになった下半身を急いで収納すると部屋を出ていった。
(わっしーの好みってこういう大人の男だったんだ、へぇ~・・・・)
イラついている自分に戸惑いながら、感情の出どころを探る。
掻き回されてぐちゃぐちゃになってしまった心を、なんとか鎮めようと深呼吸した。
「ってか、今の誰?」
浮気した恋人を問い詰めるような口調になる。
屋敷教授に浮気された時は何も言えなかったのに、わっしーの前では感情むき出しになる自分が不思議だった。
「わっしーって恋人いたの?」
怒りが言葉を急がせる。
「恋人じゃない。担当の編集者だ。」
「編集の人に、こんなことまで面倒見てもらってんのかよ。」
編集者に性欲処理させる小説家なんて、聞いたことがない。
「今書いている小説のために必要だったから、頼んだ。」
「はぁ?」
「恋人を性的に満たす、というシーンを書いている。俺には経験がないから、彼に頼んだ。」
淡々と説明するわっしーに、怒りが再燃する。
「なんで、彼に頼むんだよ・・・」
「梓?」
彼は空気を読めない男だと、よおく知っている。
彼の行動のほとんど全てが「小説のため」なのだということも。
「俺に頼めばいいじゃん・・・!!」
口から飛び出した言葉が信じられなくて、自分がわからなくなった。
彼といると、調子が狂ってばかりだ。
「梓はこういうこと・・・経験あるのか?」
じっと見つめる彼に、胸がざわつく。
顔色が悪くて生気のない彼の瞳。
俺はどうしてこんなにドキドキしているのだろう?
「ある・・と言えば、ある。」
屋敷教授に貫かれた快感が、体に蘇ってきて熱くなった。
「遥って奴と?」
「違う。遥はただの幼馴染で、」
「そうは聞こえなかったけど。」
いつの間にか形勢逆転。
今度は俺が浮気を問い詰められているような気分になる。
「遥とは、そんな関係じゃない。」
「俺はあの時・・生まれて初めて嫉妬した。」
「え・・?」
わっしーの独白に、息を飲む。
いつも感情が見えない彼の瞳に、熱が灯るのを見た気がした。
「遥ってやつの話ばかりするお前に、腹が立った。」
心臓がうるさいくらいにドキドキと音をたてる。
怖いのか、期待しているのか、わからない。
「梓のそれは、嫉妬じゃないのか?」
「・・・え・・・?」
「俺が梓じゃなく、彼に頼んだことを怒ってるんだろ?」
「嫉妬・・・なんかじゃ・・・・」
ない、と言い終わる前に、彼に身体を捉えられる。
腕を掴んで引き寄せる彼の力に、身を預けた。
「本当に?」
覗き込む彼の瞳があまりに甘くて、下半身がジンと痺れる。
たった一度の恋愛経験なんか、ゼロに等しい。
悔しいけれどうまく立ち回るなんてことは、出来そうになかった。
経験が無いなんて信じられないほどに、彼の瞳は甘く官能的だ。
「俺に経験させてくれるか?」
「な・・っ・・・」
耳の裏側を、彼の指先が優しく撫でる。
「純愛小説を、書きたいんだ。」
純愛小説。
こちらの気持ちを確かめるように視線を合わせながら、彼は生まれて初めてのキスを俺に捧げる。
彼の小説の大ファンである俺に、断るという選択肢はなかった。
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